更新日:2021/01/23

冬に活発な海の小さな現象の年々から十年規模の変動

海では黒潮,メキシコ湾流などの強い海流の周りに,百キロメートル程度の大きさの渦が頻繁に観測されています。 例えば,気象庁の静止気象衛星ひまわりが観測した2020年11月26日の海面水温分布図(図1)では, 日本の東方海域146°E,38.5°N付近に周囲より高い水温の暖水渦が捉えられています。 その暖水渦を注意深く見ると,その渦の北の縁から南西方向に筋状の数キロメートルから 数十キロメートル幅の高水温域が延びている様子が見えます。これまでの研究から, このような小さな現象は強い上下流を伴うため,大気と海の熱交換を促進すること, また富栄養の海水を海面付近に上昇させて植物プランクトンの増殖を引き起こすことが知られています。 この日本近海の海面水温分布図に散見される小さな現象は,世界中のさまざまな海域で観測されています。

図1:静止気象衛星ひまわりの2020年11月26日の海面水温画像。 (気象庁ホームページより取得:https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/data/db/kaikyo/daily/himawarisst.html

近年の研究から,海の生態系や海と大気との熱交換に影響を及ぼす数キロメートルから数十キロメートル規模の小さな海の現象は, 冬に海が冷やされて活発になること,小さな現象が合体して大きな現象になり百キロメートル程度の渦や海流に影響を及ぼすことが 明らかになっています。しかし,この小さな現象を捉えた観測は限られ,広範囲で長期間の観測データが存在しないために, 年によって小さな現象が活発で数多いか,また穏やかで数少ないか,明らかにされていませんでした。 そこで,海洋研究開発機構のスーパーコンピューター「地球シミュレータ」を用いて, 北太平洋の領域で海流,渦,小さな現象の全ての海の流れを一緒に再現できる水平の解像度が約三キロメートルの 海のシミュレーションを,過去の大気の状態を海面に与えて実施し,過去の海の循環を再現しました。その再現された海で, 小さな現象の年々の変動が大きい北西太平洋の亜熱帯域に注目すると,小さな現象は2003年の晩冬は数多く活発でしたが, 2010年の晩冬は少なく穏やかでした(図2)。

図2:海の過去再現シミュレーションの 北西太平洋亜熱帯域における流れの回転の強さ(相対渦度/コリオリパラメータ)。青は時計回り,赤は反時計回り。 海の小さな現象は,2003年3月は活発(上図)で,2010年3月は穏やか(下図)である。

このように年によって変化する海の小さな現象の活動の指標として流れの回転の強さ(赤線)と百キロメートル以下の規模の 小さな現象の運動量(青線)を,図2の四角で囲んだ領域で空間平均して,その値の時間変化を見てみました(図3)。 その変化は,冬に大きくなる季節の変動に加えて,冬のピークが大きい年と小さな年があることがわかります。 特に図2で示した2003年晩冬は,回転が強く,小さな現象の運動量も大きいですが, 2010年晩冬は回転が弱く, 運動量は小さくなっています。

図3:海の過去再現シミュレーションの 流れの回転の強さ(赤線)と小さな(百キロメートル以下の大きさ)現象の運動エネルギーの減少量(青線)の 北西太平洋亜熱帯域(図1の四角内)の空間平均値の時間変化。

それでは,なぜ海の小さな現象は活発になったり,穏やかになったりするのでしょうか?これまでの研究から, 冬の冷たい空気の強い風に海の表面がさらされると,海面下に冷たく良く混ざった 数十メートルから数百メートルの深さの混合層ができ,そこで小さな現象が活発になることが分かっています。 また,特に小さな現象が活発な海域は,軽い暖かい海と重い冷たい海が出会っている場所です。 ここで,この小さな現象が活発になるメカニズムを理解するために,単純化したモデルを考えてみます。 水槽に良く混合した温かい水と冷たい水を鉛直の仕切りで分けた初期の状態から,その仕切りを外し十分に時間が経つと, 軽く暖かい水が上,重く冷たい水が下の状態になります。この状態の変化の過程で, 位置エネルギーが大きい状態から小さい状態になり,その減少した位置エネルギーは運動エネルギーに変換されて流れができますが, 地球のように水槽が回転すると渦ができます。この回転する水槽に模した渦は, 実際の海では海の水深から比べると相対的に浅い数十メートルから数百メートルの混合層で発生するので, 渦はあまり大きくならず数キロメートルから数十キロメートルの小さな現象になります。このようなメカニズムで, 海の小さな現象は軽く暖かい海と重く冷たい海が出会っている海域で,冷たい大気に冷やされる冬に 海面下の良く混ざった冷たい混合層で活発になります。

年によって活発になったり穏やかになったりする海の小さな現象の活動の年々の変化は, この冬に海の小さな現象が活発になるメカニズムで説明できるでしょうか。図3は小さな現象の運動エネルギー(青線)と, 混合層の厚さの二乗と暖かく軽い海水と冷たく重い海水の水平方向の密度の差の強さの二乗の積(黒線)で推定した 位置エネルギーの減少量の冬季の年々変動を示しています。小さな現象の運動エネルギーが大きい1996年,2003年,2015年の冬季は, 位置エネルギーの減少量が大きくなっています。したがって,平年より混合層が厚く, 軽い水と重い水の水平方向の差の強さが大きいと,平年より位置エネルギーの減少量が大きくなって 小さな現象の運動エネルギーが大きくなること,つまり小さな現象は平年より活発になることがわかりました。 反対に,平年より混合層が薄く,暖かく軽い水と冷たく重い水の水平方向の差の強さが弱く, 位置エネルギーの減少量が小さい1999年,2009年,2010年,2016年の冬季は,小さな現象は平年より穏やかでした。

図4:海の過去再現シミュレーションの冬季の小さな現象の 運動エネルギー(青線,2月から4月の平均値)と位置エネルギーの減少量(黒線,1月と2月の平均値)の 北西太平洋亜熱帯域(図1の四角内)の空間平均値の年々変動。

ところで,北西太平洋の亜熱帯域の冬の小さな現象の活動は年々変動しますが, その現象が活発な年と穏やかな年の北太平洋の海面水温の分布の特徴はどのようになっているのでしょうか。 冬の小さな現象が活発な年の冬の海面水温の平均値を平年値と比較すると(図5左図), 水温が高い領域が東太平洋の亜寒帯域から亜熱帯域までの沿岸域,さらに北緯10度から20度の間の亜熱帯域を 西方に弱くなりながら広がり,その高い水温の領域の内側に低い水温の領域が広がっています。 一方,冬の小さな現象が穏やかな年の冬の海面水温の平均値の平年値との差は,およそ反対の分布となっています(図5右図)。 これらの海面水温の平年値との差の分布は,よく知られている太平洋域全体の海面水温に見られる 十年から数十年規模の変動(太平洋十年規模変動:気象庁による説明:https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/data/db/climate/knowledge/pac/pacific_decadal.html)の分布とよく似ています。 そこで,図4の冬季の小さな現象の運動エネルギーの年々変動を,5年のスケールで滑らかすることで十年規模の変動を抽出し, 海面水温の観測値を用いた太平洋十年規模変動の指標と比べたところ, 両者はおよそ十年の周期でほぼ一緒に変動していました(図6)。したがって,北西太平洋亜熱帯域の小さなスケールの現象は, 年によって活発になったり穏やかになったり年々に変動しますが,太平洋十年規模変動という太平洋の全体の変動と連動して およそ十年のスケールでも変動していることがわかりました。ここで,図5の海面水温の平年値との差の分布で, 北西太平洋亜熱帯域の四角の領域に注目すると,小さな現象が活発な年は北のほうが低温, 反対に小さな現象が穏やかな年は北のほうが高温になっています。北太平洋の海面水温は高温の熱帯域から 亜寒帯域に向かって北のほうが低温となっています。図5左図では,この水温の北に向かう勾配がさらに強化, つまり暖かく軽い海水と冷たく重い海水の水平方向の差の強さが大きくなり, 小さな現象がより活発になる海の環境であったことがわかりました。

図5:海の過去再現シミュレーションで 冬季の小さな現象が活発な1996年,2003年,2015年の冬季(1月から2月)の海面水温(℃)の平均値を平年値から引いた差(左図)。 右図は小さな現象が穏やかな1999年,2009年,2010年,2016年の冬季の海面水温の平均値を平年値から引いた差。

図6:海の過去再現シミュレーションから得られた 北西太平洋亜熱帯域(図1の四角内)における小さな現象の運動エネルギーの晩冬の値(青線,2月から4月の平均値)と 観測値を用いた冬季(1月から2月の平均値)の太平洋十年規模変動の強さの指標の年々変動。 ただし,両者ともに5年の時間スケールで滑らかにした変動。

この研究から,北西太平洋亜熱帯域の海の数キロから数十キロメートルの大きさの冬季に活発な小さな現象は, 平年より混合層が深く,水平の海水の水温の違いによる密度の南北方向の勾配が強いと平年より活発になり, 年々から十年スケールで変動することがわかりました。ここで注目した北西太平洋亜熱帯域に限らず, 海の小さな現象は世界中のいたる海域で観測されていますので,それぞれの海域で小さな現象は異なるタイミングで 変動していると考えられます。また,地球温暖化が進むと大気は暖かくなるので, 冬に海はあまり冷たくならず海面下の冷たく良く混ざった混合層は薄くなり,海の小さな現象が弱くなるかもしれません。 海の小さな現象は,大気と海との熱交換や海の生態系に影響を及ぼしうることが,これまでの研究で示唆されていますので, その変化についてはさらに理解を深めていく必要があります。 この研究では,過去の大気の状態を用いて過去の海を再現したシミュレーションデータを用いましたが, 海流,渦,小さな現象を広範囲に高精度で長期間にわたって観測することで(例えば,2022年から観測開始予定の米国NASA, フランスCNESによるSWOT衛星ミッションhttps://swot.jpl.nasa.gov/), 数キロメートルから数十キロメートルの大きさの小さな現象を含む現実の海の循環像が, いっそう明確になることが期待されています。


この研究の詳細は以下の論文をご覧ください: Sasaki H, Qiu B, Klein P, Sasai Y and Nonaka M (2020): Interannual to decadal variations of submesoscale motions around the North Pacific Subtropical Countercurrent. Fluids, 5 (3), 116. http://dx.doi.org/10.3390/fluids5030116