更新日:2020/08/07

大西洋の数十年規模の海面水温振動における新しいメカニズムの発見

北大西洋の海面温度は、55年から90年というとてもゆっくりとした周期で変動していることで知られています(図1a)。 このゆっくりとした変動は大西洋数十年規模振動(AMOまたはAMV)と呼ばれ、図1bのような馬蹄形の海面温度をとる という特徴があります。AMOは、ヨーロッパの気候、サヘル地域の干ばつ、夏のアジアモンスーン、大西洋のハリケーン、 海氷、大西洋のジェット気流や低気圧の活動度といった、北半球の様々な気候の変動に影響を及ぼすことが 数々の研究の中でわかってきました。しかし、このAMOがどうして起こるのかはよくわかっていません。 過去の多くの研究では、AMOは大西洋子午面循環(AMOC)と呼ばれる北への熱および塩分の輸送による熱が 蓄積することによってできるとされてきました。しかし最近の研究で、こうした海洋の輸送がない気候モデルによっても、 大気のランダムな動きによって、AMOの馬蹄形のような海面温度を再現することができることがわかりました。

図1:(a) AMOの時系列および(b)AMOが正と負である時の海面温度偏差

本研究では現実的な海洋と大気の最先端の気候モデルを使って、AMOの起源に迫りました。解析の結果、過去の研究で 示されて来たように水平方向の熱輸送によって海は温まる一方、深さ方向の混合によって海は冷やされ、全体としては 海は上層の温度を冷やす役割をしているという結果が得られました。一方の大気も海から熱を奪うことによって、 海の上層の温度を冷やしていることがわかりました。モデルの中でその代わりに主に海を温めているのは、 混合層の深さの変動でした。混合層というのは海の表面近くにあり、活発な混合のために水温・塩分などの変化がほぼ一様で、 その上の大気とやり取りをする熱を蓄えている層です。AMOの温かい時期にこの混合層が深くなることによって貯熱量が 増える結果大気による冷却の効果を感じにくくなり、その結果比較的海の表層が温まるということがわかりました(図2)。 さらに、この混合層が深くなるのは、ゆっくりとした風の変動によって駆動される強い塩分輸送によって起こるということが わかりました。過去の研究では混合層の厚さは一定の深さで固定されていたため、こういった混合層の厚さのAMOへの 効果というものは考えられて来ませんでした。したがって本研究では新たに、大気と海洋によって駆動される 混合層の厚さの変化がAMOの発生において大事なメカニズムであることを提唱しました。

図2:AMOが正と負である時の混合層の厚さの違い

最近の気候のシミュレーションを使った将来実験において、地球温暖化によって海洋の熱および塩分輸送が弱まる ということがわかって来ました。もしここで述べた本研究の結果が実際の海で起こっていると仮定すると、 この海の熱と塩の輸送の弱まりは、混合層の形成、AMOの発生およびAMOの様々な気候変動への影響にも 将来的に左右することが考えられます。このため、AMOの発生におけるメカニズムがどう将来的に変化していくのかを探るため、 今後本研究の結果を他の気候のシミュレーションの予測実験を使って調べていく必要があると考えています。


この研究の詳細は以下の論文をご覧ください: Yamamoto, A., H. Tatebe, and M. Nonaka: On the emergence of the Atlantic multidecadal SST signal: A key role of the mixed layer depth variability driven by North Atlantic Oscillation, Journal of Climate, https://doi.org/10.1175/JCLI-D-19-0283.1