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アプリケーションラボ(APL)

APLコラム

土井威志
気候変動予測応用グループ 研究員

~“沿岸ニーニョ現象”が切り開く季節予測の新展開~

本コラムでは“季節予測”の基礎的な理解と、その新たな展開といえる“沿岸ニーニョ現象の予測研究”について紹介します。

季節予測って何?

季節的な異常(例えば冷夏、猛暑、暖冬、厳冬など)を数ヶ月前から事前に予測することを“季節予測”と呼びます。日々の“天気”(晴れ、雨、日最高気温など。英訳weather)を予測する天気予報と大きく違う点は、天気の集合体(あるいは統計量)である“気候”(英訳climate)が予測の対象であることです。

例えば、

天気予報の例:3日後に、都内で雨が降るか?
季節予測の例:3ヶ月後に、都内の月平均降水量が平年より多いか?

といった違いがあります。

季節予測を高精度に実現できれば、豊かな社会応用可能性があります。作物の豊凶予測、熱中症などの健康被害対策、水管理、レジャー、アイスクリームやビールの生産管理にまで、季節予測情報は幅広く応用できます。

季節予測って可能なの?

現在の科学技術では、天気予報が実用的に利用されるのはせいぜい1週間程度先までです。それなのに、季節予測は可能なのでしょうか?その鍵を握るのが海です。海は大気よりも大きな熱容量をもち、ゆっくりと変動します。冬に利用する湯たんぽを想像してもらえれば、水が冷めにくいことが容易に想像できるかと思います。海の水温異常が、季節的な異常を引き起こしているならば、それを数ヶ月先から予測することが可能です。

どうやって季節予測しているの?

まず、現在の大気・海洋・陸面の状況を観測システムから知る必要があります。前述の通り、熱容量の大きい海洋の水温異常の情報は特に重要です。それらの観測情報が将来どのように時間発展するのかを計算するのが気候モデルです。気候モデルとは、大気-海洋-陸面の物理に関する微分方程式群で構成されており、地球を3次元的な格子状に分割し、それぞれの格子に対して方程式を時間方向に数値積分する計算アルゴリズムです。現在の観測情報を気候モデルに取り込み、スーパーコンピューターで計算することで、季節の異常性(平年からのズレ)を数ヶ月前から予測することが可能となります。

海洋研究開発機構では、海洋観測網の発展に尽力していると共に、世界有数のスーパーコンピューター「地球シミュレータ」を有します。観測と数値計算を両輪として、自然災害をもたらす現象の高精度な事前予測を実現させ、皆さんの安全・安心に資するために、海洋研究の中核機関として海洋研究開発機構が推進している重要な課題の一つが季節予測研究と言えるでしょう。

特にアプリケーションラボでは、日欧協力によって開発された大気海洋結合大循環モデルSINTEX-Fを基にした全球規模のリアルタイム-アンサンブル季節予測システム”SINTEX-F季節予測システム”を開発し、2005年から準リアルタイムで季節予測情報を配信してきました。(最新の予測情報

季節予測研究の新展開って?

従来は、海洋と大気が結合して発達する気候変動現象は主に熱帯の海で発見されてきました。代表的なものは太平洋のエルニーニョ現象やインド洋のダイポールモード現象と呼ばれるものです。これらの現象が発生すると、大気を介して遠隔影響(テレコネクションと呼ばれる)し、我が国を含む全世界の異常気象・極端現象発生の母胎となります。そのため、1)熱帯域の気候変動現象の発生予測と2)その中緯度域への遠隔影響予測の2点が季節予測研究の主たる課題だったと言えます。

たくさんの画期的な研究が成されたものの、我が国を含む中緯度域の季節予測は未だチャレンジングな段階であると言えるでしょう。中緯度域では、一般的に大気の内部変動が大きく、大気海洋相互作用が弱いことが知られています。海洋起源ではなく、大気起源の変動が多いため季節予測が潜在的に難しい地域なのです。

しかし、近年、中緯度域において新たな季節予測可能性の根源になりうる現象が発見されました。それが沿岸ニーニョ現象と呼ばれる現象です。沿岸ニーニョ現象とは、大陸の西岸沖合で、東西100kmスケールで発生する気候変動現象です。大気海洋相互作用を伴い発達するため、近隣国の気候や海洋生態系に多大な影響を与えます。特にアプリケーションラボでは、オーストラリア西岸沖のニンガルーニーニョ/ニーニャカリフォルニア沖合のカリフォルニアニーニョ/ニーニャの季節予測可能性を発見し、周辺国の季節予測の向上に資する可能性を指摘しました(Doi et al. 2013; Doi et al 2015a; Doi et al. 2015b)。これらが近年のオーストラリア西部の猛暑や、カリフォルニア州の記録的な干ばつの鍵になっている可能性があります。

季節予測精度の向上のため、上記1)、2 )の研究を進めていくことはもちろんですが、中緯度域の季節予測研究の新たなパラダイムとして、3)沿岸ニーニョ現象の予測研究が加わったことで、季節予測研究に新しい展開が見え始めました。

参考文献:

謝辞:

本研究は環境研究総合推進費(2-1405:"最近頻発し始めた新しい自然気候変動現象の予測とその社会応用")の補助を受けています。

海洋研究開発機構
アプリケーションラボ研究員
土井威志
takeshi.doi”at”jamstec.go.jp