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アプリケーションラボ(APL)

APLコラム

尾形友道
気候変動予測応用グループ 研究員

エルニーニョ予測のバラつきと中緯度大気の関係

1.季節予測と熱帯海洋の関わり

「今年の夏はどうなるの?」「今年の冬はどうなるの?」・・・季節の変わり目になると、毎年のようにこのような話題がニュースのトピックを飾ります。このような「季節のおおよその気候が平年と比べてどうなるか?」を予測するのを季節予測と呼びます。

熱帯域の海水温の平年値からのずれは、その直上で降水活動の異常を引き起こします。この熱帯域の降水活動の異常は「池に投げた石とその波紋」のように、北米やアジア、ヨーロッパなどの世界各地で大気循環の異常を引き起こします(図1)。例えば、赤道東太平洋で海水温が上昇するエルニーニョ時には、日本域では冷夏・暖冬になりやすいことが知られています。この「海水温→降水→大気循環」というストーリーから、熱帯域の海水温を正しく予測することが季節予測のテーマの一つとなっています。ちなみにJAMSTECの季節予測モデルでは、次の冬(2018/19)のエルニーニョを予測しています。詳しくは季節ウォッチをご覧ください。予測結果はVirtual Earthで気軽に描画できます。

図1:JAMSTECの季節予測モデル(SINTEX-F)で予測された、2018/19年の冬の(左)地上気温/海面水温、(右)海面気圧の平年値からのずれ

2.アンサンブル予測 〜平均とそのバラつき〜

さて、エルニーニョやインド洋ダイポールモード現象(IOD)と呼ばれる「海が主役となる」季節予測において、JAMSTECのアプリケーションラボでは観測やシミュレーションの不確かさを考慮した「アンサンブル予測(※1)」というものを実施しています(図2)。

図2:JAMSTECの季節予測モデル(SINTEX-F2)で予測された、(a)1997/98及び(b)2009/10のエルニーニョ

まず予報として注目されるのは、「アンサンブル平均」と呼ばれる太線の値です。1997/98及び2009/10のエルニーニョともに、太線のアンサンブル平均は(大きさを過小評価するものの)赤道東太平洋が暖かくなる・・・というエルニーニョの傾向を捉えていることがわかります。

一方、アンサンブル予測は1つのシミュレーションからではなく、(現実の不確かさを考慮した)複数のシミュレーションからできています。平均する前の1つ1つは細線で示されています。結構バラついていることがわかります。エルニーニョを再現していないケースもあれば、大きなエルニーニョを再現しているケースもあるのです。よく見てみると、このバラつきは4月あたり(図2の緑線)から急に大きくなっているようにも見えます。通常は「各々がバラついている→信用できない」と考えがちですが、今回は「何か理由があって、各々がバラついているのではないか?」と考え、エルニーニョ予測における各々のバラつきの前兆を調べました。

3.エルニーニョ予測は何故バラつくのか?

「次の冬のエルニーニョ予測(13か月後の予報)における、バラつきの前兆のシグナル」を、ラグ回帰と呼ばれる統計的な手法(※2)で抽出しました(図3)。

図3:JAMSTECの季節予測モデル(SINTEX-F2)で予測された、次の冬のエルニーニョ予測(13か月後の予報)における、バラつきの前兆のシグナル(色は海面水温、矢印は海上風):(a)0か月前(=同年冬)、(b)3か月前(=前年秋)、(c)6か月前(=前年夏)、(d)9か月前(=前年春)、(e)12か月前(=前年冬)

始まりは熱帯ではなく、前冬の北太平洋にありました。前冬の北太平洋で低気圧性(反時計回り)の流れが平年値に重なると(図3e)、その3か月後の春にハワイの南に海水温の高い領域(※3)ができます(図3d)。その海水温に対して大気が応答し、暖かい海水温域に吹き込むような南西風が生じます。この南西風は赤道太平洋西部域にも及びます。この赤道での(南)西風が暖かい赤道域の水を西から東へ動かし、エルニーニョ域に海水温の高い領域を生みます(図3a-c)。

図3は(図2の太線で示された)アンサンブル平均でなく、(図2の各々の細線で示された)バラつきの振れ幅に対応する事に注意して下さい。例えば、「北太平洋での低気圧性の流れのバラつき→アンサンブル平均よりも強いエルニーニョの出現」、逆に「北太平洋での高気圧性の流れのバラつき→アンサンブル平均よりも弱いエルニーニョ」となります。

この事は「前冬の北太平洋での大気循環の不確かさ」が、「13か月後のエルニーニョ予測のバラつき」を生んでいる事を示唆します。不確かさを減らすように北太平洋の大気循環の観測情報を適切に取り込む事で、今後のエルニーニョの予測精度が向上することが期待されます。

※この結果はClimate Dynamics誌に受理された論文:
Ogata, T., Doi, T., Morioka, Y., & Behera, S. (2018). Mid-latitude source of the ENSO-spread in SINTEX-F ensemble predictions. Climate Dynamics, 1-18.
https://link.springer.com/article/10.1007/s00382-018-4280-6
の主要部を抜粋したものです。
また、本研究は住友財団研究助成(2017年度環境研究助成:助成番号173070)の支援を受けました。

※1 アンサンブル予測:観測やシミュレーションの不確かさを考慮し、(1つのシミュレーションからではなく)複数のシミュレーションを行います。複数のシミュレーションの平均を取ると(不確かさが消え)最もらしい結果が得られ、各々のシミュレーションの振れ幅は不確かさを示しています。

※2 ラグ回帰:今回は前年冬から13ヵ月後の冬(1月)のエルニーニョ予測のバラつき(赤道東部太平洋での海水温の平年値かつアンサンブル平均からのずれ)をターゲットとし、その前(1~13ヵ月後)の海面水温と海上風において、関連性の強い場所を統計的手法で抽出しました。「主役(=エルニーニョ予測のバラつき)」を操っている「黒幕(=関連性の強い海面水温と海上風)」をあぶり出すために、良く用いられる手法です。

※3 風-蒸発-海面水温(WES)フィードバック:ハワイのあたりは貿易風と呼ばれる東風が吹いている事が知られています。この東風に西風成分が重なると、東風を打ち消し海上風速が弱まります。風速の弱まりは海面からの蒸発冷却を弱め、結果として海面水温が暖かくなります。「コーヒーを冷ますために息を吹きかける」のと同じ働きが地球規模でも起こっています。