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アプリケーションラボ(APL)

APLコラム

森岡優志

森岡優志
気候変動予測情報創生グループ 研究員

高知県宿毛湾の漁獲量と黒潮の変動の関係を明らかに
―海況予測を用いたスマート漁業への応用可能性―

ポイント

高知県宿毛湾のまき網漁による単位努力量あたりの漁獲量が多い年には、宿毛湾沖で時計回りの海洋循環を伴う中規模渦(大きさ約100km)が発達し、水深150m付近の海水温が平年に比べて高い傾向にあった。
海洋再解析プロダクトによる解析の結果、海水温の上昇をもたらす中規模渦は約1年前に北西太平洋(北緯30度、東経160度付近)で高気圧の風の変動を受けて形成され、ゆっくり西進して九州南岸に到着した後、黒潮の影響を受けて宿毛湾沖まで至ることがわかった。
本成果は、宿毛湾の漁獲量と黒潮の関係を明らかにするだけでなく、黒潮を含む日本沿岸の海況予測を用いた漁獲量予測への展開が期待される。

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是)付加価値情報創生部門アプリケーションラボの森岡 優志研究員らは、JFすくも湾漁業協同組合および宿毛漁業指導所より提供された高知県宿毛湾の漁獲データとアプリケーションラボが開発した海洋再解析プロダクト(JCOPE2; 注1)を用いて解析を行い、冬季の宿毛湾における単位努力量あたりの漁獲量(CPUE; 注2)が宿毛湾沖の水深150m付近における海水温の変動と有意に関係しており、海水温の変動には北西太平洋から西進する海洋の中規模渦(大きさ約100km;注3)が関わっていることを明らかにしました。

高知県南西部に位置する宿毛湾は豊後水道に面しており、沖合いを流れる暖かい黒潮の影響を受けて、豊かな漁場が形成されています。アプリケーションラボは2014年より、宿毛市、大月町および笹川平和財団海洋政策研究所と協力して、宿毛湾の海洋環境の保全と持続可能な利用・開発を目的とした「宿毛湾沿岸域総合管理」に参画してきました。その中で、宿毛湾の海洋環境の実態が明らかになりましたが、宿毛湾の漁獲量と海洋環境の関係は十分に理解されておりませんでした(http://www.jamstec.go.jp/aplinfo/kowatch/?p=4548)。

本研究で宿毛湾の漁獲量と黒潮の変動の関係を調べたところ、冬季にCPUEが多い年は、平年よりも黒潮が宿毛湾沖に近づいており、水深150m付近の水温が平年より高く、好漁の条件となっていることがわかりました。また、水深150m付近の水温上昇は時計回りの海洋循環をもつ中規模渦(大きさ約100km)に起因すること、さらに、中規模渦は約1年前に北西太平洋(東経160度、北緯30度付近)で風の変動を受けて形成され、ゆっくり西進して九州南岸に到着した後、黒潮の影響を受けて宿毛湾沖まで達することが明らかになりました。

これらの成果は、宿毛湾の漁獲量と黒潮の関係を明らかにするだけでなく、黒潮を含む日本沿岸の海況予測を通して、漁獲量の予測に応用することが可能です。また、漁獲量の予測を通して、漁業の効率化や水産資源の管理にも貢献することが期待されます。

本成果は、「Scientific Reports」に11月29日(日本時間17:00)に掲載されました。

タイトル:Role of Kuroshio Current in fish resource variability off southwest Japan
著者:森岡優志1、Sergey Varlamov1、宮澤泰正1
1. 海洋研究開発機構 付加価値情報創生部門 アプリケーションラボ

2.背景

高知県南西部に位置する宿毛湾は豊後水道に面しており、沖合いを流れる暖かい黒潮の影響を受けて、湾内ではクロマグロやブリ、ハマチなどの養殖が、沖合ではウルメイワシやアジ、サバ、キビナゴなどのまき網漁が盛んです。また、ダイビングや釣り、だるま夕日など、海を利用した観光業も発達しており、宿毛湾に面する宿毛市と大月町では海を活かしたまちづくりが行われています。

アプリケーションラボは2014年より、宿毛市、大月町および笹川平和財団海洋政策研究所と協力して、宿毛湾の海洋環境の保全と持続可能な利用・開発を目的とした「宿毛湾沿岸域総合管理」に参画しております。その中で、宿毛湾の海洋環境の実態が明らかになりましたが、宿毛湾の漁獲量と海洋環境との関係はあまりよくわかっておりません。

特に、宿毛湾のまき網漁は県内のまき網漁による水揚げ量の大半を占めており、漁獲量の変動は県内の水揚げ量に大きく影響します。また、漁獲量の変動は、水産物の価格の変動を通して食生活にも影響を及ぼすため、漁獲量の変動を理解することは社会経済にとって重要です。そこで本研究では、宿毛湾のまき網漁による漁獲量の変動がどのように生じているのか、海水温や海流との関係から明らかにすることを目的としました。

3.成果

図1aは、2006年から2018年まで月ごとに、宿毛湾のまき網漁による単位努力量あたりの漁獲量(CPUE)を示します。長期に渡って有意なトレンドは見られませんが、2007年の後半や2015年の後半など、CPUEが多い年も見られ、年々変動が大きいことがわかります。より詳しく見るために、月ごとに平均したCPUEと標準偏差(年々変動の散らばり具合)を図1bに示します。CPUEの月平均値は冬季(11月-1月)に多く、また、その標準偏差も大きいことがわかります。

そこで、冬季のCPUEの変動に着目して、海水温や海流との関係を調べました。図2aは、2006年から2018年までの冬季で平均した、水深150m付近の海水温を示します。宿毛湾の南側を、南西から北東に向かって黒潮が流れており、黒潮付近で水温が高くなっています。図2bは、冬季のCPUEと水深150m付近の海水温の相関係数を示します。相関係数は、宿毛湾の南西部から南東部にかけて0.5以上と高く、有意な関係が見られます。これは、CPUEが平年より多い年には、海水温が平年より高くなる傾向を表しています。

また、海水温の変動と海流の関係を調べるために、より長期の海洋再解析プロダクトを用いて、1993年から2017年までの冬季で平均した、宿毛湾沖における水深150m付近の海水温と海面高度の偏差を計算しました(図3)。海水温が平年より高い年は海面高度が平年より高く、海水温と海面高度の変動が同期していることがわかります。海面高度が平年より高くなると、北半球では時計回りの海洋循環が強まり、深さ方向には下向きの流れが強まります。これにより、深層から冷たい海水の湧き上がりが抑えられるため、水深150m付近の海水温が上昇していることが示唆されます。

次に、海水温が平年より高くなった7つの年(1994、1996、1999、2005、2007、2015、2016年)の冬季に着目して、海水温の上昇をもたらす海面高度の上昇がどのように生じているか、解析を行いました。図4aは、7つの年の冬季で平均した海面高度の絶対値をコンター(等値線)で、偏差をカラーで示します。コンターを見ると、黒潮が九州南岸から宿毛湾沖に向かって流れています。また、カラーを見ると、宿毛湾沖で見られた正の海面高度の偏差は九州東岸まで約100kmの幅をもって広がっていることがわかります。空間的な大きさから、時計回りの海洋循環をもつ中規模渦と考えられ、黒潮が平年より強まり、宿毛湾沖に近づいていることが示唆されます。

海洋の中規模渦の起源を調べるため、図4aの矢印に沿って時間を遡り、海面高度の偏差を調べました。図4bを見ると、宿毛湾沖の海面高度の偏差は、約12ヶ月前に北西太平洋(東経160度、北緯30度付近)で生じ、約10ヶ月かけてゆっくり西方に伝播して九州南岸に到着した後、約2ヶ月かけて九州南岸から宿毛湾沖まで黒潮に沿って北上していることがわかりました。西方に伝播する速度が約10cm s-1であることから、地球自転の影響を受けて西進する海洋ロスビー波(注4)が背景の西向きの海流によって加速されて伝播していると考えられます。

北西太平洋で生じる海洋の中規模渦は、大気の風の変動と関係しています。図5は、約12ヶ月前の冬季における海面気圧の偏差を示します。北西太平洋で海面気圧が平年より高く、時計回りの風の循環が生じています。北半球では地球自転の影響を受けて風の進行方向の右向きに海流が生じるため、高気圧の風の下では海面高度が高くなる、時計回りの海洋の中規模渦が生じます。こうして、大気の変動が約1年前に海洋の変動に寄与していることがわかりました。

4.今後の展望

本研究により、宿毛湾の漁獲量に黒潮の変動に伴う海水温の変動が関わっていることが明らかになりました。しかし、海水温の変動がどのようにして魚の分布や個体数などに影響しているのか、生物・化学的な仕組みはわかっておりません。宿毛湾沖で魚の餌となる栄養塩の情報は時空間的に限られており、生物・化学過程に関する観測やシミュレーション研究が欠かせません。こうした分野横断的な海洋研究が今後期待されます。

一方で、宿毛湾沖の海水温の変動を予測することで、宿毛湾の漁獲量を事前に予測できるかもしれません。アプリケーションラボでは、北西太平洋を含む日本沿岸の海流や海水温の予測を数ヶ月先まで行っており、本研究で導かれた宿毛湾の漁獲量と海水温の統計的な関係を利用することで、数ヶ月先の宿毛湾の漁獲量を予測する研究が期待されます。

こうした予測情報は、漁業の効率化だけでなく、水産資源の管理や持続可能な利用などに活かされます。宿毛湾では宿毛市と大月町が中心となって、2012年より沿岸域総合管理を行っています。海洋予測を通した水産資源の予測を通して、宿毛湾の豊かな海洋環境の保全と持続可能な利用・開発に貢献していくことが期待されます。

※1 海洋再解析プロダクト:海洋シミュレーションに海洋観測データを取り入れて、過去の海流や海水温など海洋環境を時空間的に細かく復元したものを言う。本研究では、アプリケーションラボが開発を行なっている日本沿海予測可能性実験(JCOPE2)の結果を用いた。水平の空間分解能は、1/12度である。

※2 単位努力量あたりの漁獲量:CPUE(Catch Per Unit Effort)とも呼ばれ、水産物の資源量を表す。本研究では、漁獲量を水揚げした日数と隻数で割った値を用いた。

※3 中規模渦:海洋には数10kmから数100kmの空間スケールをもつ、時計回りまたは反時計回りの渦が数多く存在しており、大気の変動や海洋の流れの不安定などによって生じる。海洋の中規模渦が生じると、数週間から数ヶ月に渡って存在するため、海流や海水温、栄養塩など海洋環境に大きな影響を及ぼす。

※4 海洋ロスビー波:地球自転の影響が緯度とともに大きくなるため、海洋で時計回りまたは反時計回りの中規模渦が生じると、西向きに海洋ロスビー波として伝播する性質がある。伝播速度は中緯度の海洋で数cm s-1である。

図1

図1. (a)2006年1月から2018年12月まで、月ごとの単位努力量あたりの漁獲量(CPUE; 単位はkg)。CPUEは、漁獲量を水揚げした日数と隻数で割った値で、資源量の推定値として扱われる。(b) 2006年から2018年まで、月ごとに平均したCPUEと標準偏差(単位はkg)。標準偏差とは、CPUEの年々変動の散らばり具合を表す。

図2

図2. (a)2006年から2018年までの冬季(11月-1月)で平均した水深150mの海水温(単位はºC)。(b) 2006年から2018年までの冬季における、CPUEと水深150mの海水温との相関係数(単位はなし)。図の網掛けは相関係数が90%の信頼区間で統計的に有意な海域を、図の黒四角は本研究で対象とする宿毛湾沖(北緯32-32.5度、東経132-132.5度)を示す。相関係数の値が1(-1)に近いほど、CPUEが平年より多くなると、海水温が平年より高く(低く)なる傾向が強いことを表す。

図3

図3. 1993年から2017年までの冬季(11月-1月)の宿毛湾沖(図2bの黒四角)で平均した、水深150mの海水温(単位はºC)と海面高度の偏差(単位はcm)。偏差とは、各年の値から全期間の平均値と長期傾向を除いたものである。赤(青)点線は海水温の1(−1)標準偏差を示し、赤(青)丸は海水温の偏差が1(−1)標準偏差を超えた年を表す。

図4

図4.(a)宿毛湾沖(図2bの黒四角)で海水温が高い年の冬季(11月-1月)に平均した、海面高度の偏差(単位はcm)。コンターは海面高度の絶対値を、カラーは海面高度の偏差で90%の信頼区間で有意なものを表す。海面高度の偏差が正となると、時計回りの海洋循環を伴い、亜表層の海水温が高くなる傾向にある。(b)東経132度における海面高度の偏差の緯度-時間断面図(左図)と北緯30度における経度-時間断面図(右図)。12ヶ月前に東経160度、北緯30度で生じた正の海面高度の偏差が東経132度までゆっくり西進した後、北緯32度まで黒潮の流軸に沿って北進している。

図5

図5. 宿毛湾沖(図2bの黒四角)で海水温が高い年の前年の冬季(11月-1月)で平均した、海面気圧の偏差(単位はhPa)。コンターは海面気圧の偏差を、カラーは90%の信頼区間で有意な偏差を表す。正の海面気圧の偏差は、高気圧の風の循環を示しており、時計回りの海洋循環を伴う中規模渦を生じるように働く。