Chikyu Report
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京都・北山の姿を想いながら2012年09月16日

ロギングスペシャリストとして乗船中の山田です。と言われても何の担当だか分かりませんよね?ちょっとややこしい係なので、その話は後で・・。

私が「ちきゅう」に乗るのは今回が2回目です。前回は「ちきゅう」の最初の研究航海のとき(2007年)でした。このときは船の人たちにも私たち研究者にも経験したことのないことがいろいろと起こりました。今回乗船してみますと、船の人たちは皆さんすでにベテランそのものでして、言葉通り「大船に乗った」気持ちです。実際「ちきゅう」は6万トンもある大きな船ですからね。前回「ちきゅう」に乗ったときに台風が直撃したのですが、実験室にいた私はそれに気がつかなかったくらいなのです。もちろん船ですから、いつもゆらゆら揺れますが、まるでゆりかごの中にいるようで毎晩ぐっすり眠れます。ご飯もおいしいし、船上生活は快適そのものです。

さてさて、実は私は大学を普通に4年間で卒業してからずっと会社員生活を送っていました。大学では地球科学を学んだのですが、学生だった私には大学で学んだことが社会でどう役に立っているのか分からなかったのですね。そこで石油会社に入って、油田・ガス田を探すという仕事に就きました。そこで初めて「おお地球科学ってこんなに世の中の役に立っているのだなあ」と分かりました。資源とかエネルギーって元々はほとんど地下にあって、それを探すために地球科学が役立っていることを皆さん知っていました?会社には優秀な方々がたくさんいて、私はいろいろなことを教えてもらいました。そうしてもっと地球科学を知りたい、それを使ってもっといろいろなことがしたい、と思うようになり、今の私がいるのです。大学や会社で学んだことを、今は研究室の学生たちと一緒にもっと磨きをかけて、新しいことを見つけ、それを使って何かの役に立てようということに取り組んでいます。この船に乗って海底に井戸を掘り、最先端科学に貢献することも、これまで私を応援してくれた多くの方々への大切な恩返しと思っています。

そろそろロギングのこともお話しないといけませんね。ロギングの元々の意味はログ(記録)をとることなのですが、この航海でのログとはデータのことです。今回掘った井戸の中に特殊な計測器を入れて、地下の地層に関するいろいろなデータや地下水を取ってくるということをしました。それをロギングと呼んでいます。私の担当は、このデータを使って今回掘った地層について詳しく調査することです。このロギングという調査の方法は、地下エネルギー資源を探すために普通に使われていますので、私は会社員時代の経験をここで役立てていることになります。


ロギングデータ観測ユニットにて。12時間連続計測が無事終了してほっと一息


今回の航海では、ロギングで海底の地層から地下水を取ってくるということを行いましたが、さすがに数千万年前の地層は百戦錬磨。そう簡単には水を取らせてくれません。ロギングのデータを解析して水を取らせてくれそうな地層に目星をつけておいてから、採水装置を井戸の中に入れて狙った地層から吸い出そうとしたのです。しかし海底下2000mの地層は予想していたよりもずっと柔らかく、吸い出そうとすると崩れて採水装置が詰まってしまうのです。そこで、地層を装置で押したり引いたり・・。皆さんは私たちが太平洋上で海底地層を相手にこんな駆け引きをしていたなんて想像できますか?私たちの粘り強い努力に折れたのか、最後には地層は水を取らせてくれました。この水を分析することで、これまで知られていなかった地球の姿がまたひとつ明らかになりそうです。


ロギングデータ解析中のスタッフサイエンティストの素敵な面々
(真田さん、中村さん、Moeさん:左から)と私(右端)


ロギングのログには「丸太」という意味もあります。ログハウス(丸太の家)って聞いたことありますよね。私は京都に住んでいるのですが、京都御所の南側に丸太町通りという名前の大通りがあります。この通りが鴨川を渡る橋の上から眺める北山の姿は、私の好きなもののひとつなのですが、その光景を思い出して頭の中をリフレッシュしながら、データが語る数千万年前の物語に耳を傾けています。


ロギング計測器の一つが井戸の中に入れられ、これからデータを取るところです

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健康がなにより2012年09月14日

「ちきゅう」で充実した研究生活を送るためには、健康であることがなにより大切です。船といえば「船酔い」を思い浮かべる人がいるかもしれませんが、この「ちきゅう」はほとんど揺れないため、船酔いで体調を崩す人はあまりいません。例外として顕微鏡観察を続けていると船酔いしやすいらしいのですが(実際、研究者のドリスは船酔いしたと言っていたなあ)、私は船酔いしていません。

それでも、二ヵ月間も船内で生活していると、体調を崩してしまうことがあります。ある研究者は、乗船直後から口内炎が発症して、食事や会話に非常に不自由していました。また、ちらほら体調不良を訴える人がいるようです。私も乗船当初はすこぶる健康だったのですが、乗船10日目あたりから、おなかの調子が悪くなってきました。しばらく様子を見ていたのですが、結局症状は改善されず、最後の砦である、「病院」=「Hospital」に駆け込むことにしました。

病院に入ると、何やら一人の看護師さんが急いだ様子で電話をしていました。ちょっと、場違いなところに来てしまったかも。電話が終わるのを待っていると、一枚のシートを渡されました。あっ、普段の健康状態と症状を記入するのですね。すらすらっと書き終わると、「どうしました?」と看護師さん。「あのー、ちょっと○○気味で××なんです」。と症状を表現可能な範囲で詳細に説明しました。数秒の解析ののち、彼女がはじき出した結果は「ちょっと食事を控えてみましょうか?」「ん、食べ過ぎってことですか?」「まあ、そんなところ!」あいや~。3日分の薬を出してくれて終了。ちなみに費用は無料でした。


病院で乗船研究者の井尻さんが相談中


さて、この病院は、あの懐かしき日本の小学校の「保健室」を思い起こさせます。保健室の奥には、救急用のお風呂があり、隣には入院患者用の部屋として3つベッドが並べられているだけの簡素な空間があります。また、いつでも救急対応できるように看護師さんの部屋は「保健室」のとなりにあります。そして、保健室は「健康」にまさにうってつけの、「ちきゅう」一等地である最前列中央部に位置しています。「ちきゅう」で勤務する看護師さんは一人です(*補足:近海の場合)。一日12時間勤務で土日祝日休みなし、二人の看護師さんが一か月交代制で、つまり一年のうち計6か月「ちきゅう」で皆さんの健康を管理しているということです。いや~、大変ですねえ。ちなみに、保健室に駆け込んでくる人の症状のベストワンは「風邪」だということです(看護師さんの印象統計にもとづく)。

健康管理という意味では常に清潔を保つことも大切です。では、下着衣類の洗濯はどうしているのかというと、ここには大規模ラウンドリーが完備されています。システムはこうです。各人に洗濯用衣類を入れるバッグが渡されます。洗濯したくなったら、バックの中に衣類を入れて、自分の居室の扉の前(通路側)においていきます。数時間後、元の場所にアイロンがけされて綺麗に折りたたまれた衣類が重ねられて戻ってくるのです。なんて素敵なシステムでしょう!


廊下に並べられた洗濯前(または後)の衣類


さて、ある日のこと、私が愛用しているボールペンがなくっていることに気づきました(某取材のお礼でいただいた高級ボールペン)。研究室のどこを探しても見つかりません。あいや~!はっ、そうだ、ジャージのポケットにいれていたかも?たしかジャージは20分ほど前に洗濯に出したばかり。急いで居室に戻ってみたが、時すでに遅し。・・・数時間後に返却された衣類の中にも残念ながらボールペンはなく、途方に暮れて、あきらめかけていたところに、洗濯係のお兄さんが目の前に!とっさに「ポケット、ペン、インサイド!」と必死で説明すると・・・「!!ブルー?」・・・「イエス!」お兄さん、ペンに心当たりがあったみたいで、「部屋に後で届けてあげるよ!」と。数時間後、居室の扉の前に、いとしのボールペンとの感動の再会!

さて、今日返却された洗濯物を確認してみると、あれ、見慣れないミッキーマウスのTシャツが一枚。そのTシャツの下に重ねられて自分のミッキーマウスTシャツが一枚。ミッキーが双子に!よくわからないけれど、とにかく、ありがとうラウンドリー兄さん!いやいや、持ち主に返さなければ。さてどうしたことか。

「ちきゅう」には、このように普段我々の目の届かないところで数多くの縁の下の力持ちさんに支えられて、海洋掘削研究が進行しているのです。航海は続く。


ありがとう!ラウンドリー兄さんとランドリー室

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オリンピックと「ちきゅう」に共通するもの2012年09月07日

オリンピックと「ちきゅう」の科学掘削研究に共通するもの ― その答えは、「世界記録」ではないでしょうか。

私を含む世界中の多くの人々が、この夏のロンドンオリンピックを観戦しました。オリンピックは、人間がもつ能力の限界に挑み、時に世界記録を破り、新たな記録が生まれる、ワールドクラスのアスリートが集う特別なスポーツイベントです。オリンピック競技を見ていると、私は陸上、水泳、跳躍などのアスリートが、そのスピードや技術を絶えず磨き続け、数ミリメートルもしくは百分の一秒ほど世界記録を更新し続けるのに驚かされます。

オリンピックの閉会式の数日後に、私は下北八戸沖掘削航海に参加し、太平洋の海底下深部に埋もれた石炭層に生息する微生物を研究するために来日しました。私たちが乗っているこの船 ―荘厳たる地球深部探査船「ちきゅう」― は、これまでに科学研究を目的として造られた掘削船の中で最大のものです。私はこれまでジョイデスレゾリューション号という掘削船に2回乗船し、非常に楽しかった思い出があります。しかし、この「ちきゅう」は全くちがうクラスです。単にサイズ、快適さ、実験室の規模のみならず、様々な分野の最先端の研究を行う能力において、世界記録を打ち立てる究極のポテンシャルを持っています。

そして今、まさしく我々は、「海洋科学掘削の歴史における世界最深の掘削孔」を調査しています。昨夜、私たちは1993年にエクアドル沖でジョイデスレゾリューション号が達成した、海底下掘削深度記録2,111mを更新しました。


「コア・オン・デッキ!」世界記録のコアが回収され、
研究者が待つコアカッティングエリアに運ばれていきます。photo: Luc Riolon


9月6日の午前3時頃、海底下2,120mに到達する記録的なコアをドリルフロアから受け取った感動の瞬間でした。未だかつて人類が到達していないような地球内部から採取された科学的サンプルを見て、我々は皆歓喜すると同時に、そのサンプルが、いかに科学にとって貴重で代え難いものであるかについて考えさせられ、そしてそれを調査できる経験を誇りに思いました。仮に「ちきゅう」がドライシップ(禁酒船)でなければ、私たちは間違いなくシャンパンを開けて祝福していたことでしょう。


下北八戸沖石炭層掘削調査航海Expedition 337の共同首席研究者の稲垣史生氏が最深度記録を更新する最初のコアをみてグッドサインを出した瞬間。photo: Luc Riolon


オリンピックのトップアスリート達は、自らのパフォーマンスを少しずつ向上させていきます。しかし、「ちきゅう」は、これまでに(科学目的に)海洋で掘削された最深度記録をすんなりと抜き去ったような感じがします。この探査船は、地球科学に立ちはだかる様々な壁をドラマチックに乗り越えていくに違いありません。近い将来、私たちは「ちきゅう」によって、さらに多くの記録が生まれる瞬間を目にすることでしょう。ここで言う記録は、単に掘削深度の伸長だけではありません ―この探査船は、私たちの暮らす惑星「地球」の理解に必要な、様々な分野の科学におけるブレークスルーに応えることのできる能力を持っています。それらは、海洋科学掘削に携わる多くの国際的な科学者の想像力を刺激し、切望させるものなのです。

私たちは、まだまだ世界記録を更新中です。この「下北八戸沖石炭層生命圏掘削調査(Expedition 337)」では、深海底のさらに奥深く、最も深い海底下に生息する生命を発見するチャンスが残されています。しかし、私たちの科学掘削における世界記録は短命かもしれません ―次の「ちきゅう」の数ヶ月にわたる南海トラフでの調査航海では、実に海底下3.6キロメートルの深度がターゲットなのです。


海底面からのコアサンプル採取深度がホワイトボードにメートル表示されるphoto: Luc Riolon



共同首席研究者の稲垣史生氏(左)とKai-Uwe Hinrichs氏(右)が、
世界記録がマークされたコアを指差しているところ。photo: Luc Riolon



Very happy!(共同首席研究者の稲垣氏とHinrichs氏)photo: Luc Riolon


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コアと旗と日の出2012年09月03日

みなさん、おはようございます。今は午前0時30分、今日から9月です。時間が過ぎるのは本当に早いですね。乗船してもう36日目になります。

私は、堆積学グループの一員として航海に参加しています。私の勤務シフトは深夜0時に始まりお昼の12時に終わります。毎日、「さぁ、今夜はどんなコア試料に出会えるかな?」とワクワクしながら仕事を始めます。昨夜はゆっくり休めたのでとても気持ちがいい「夜」を迎えています。

さて、私はインドネシア出身ですが、今はオーストラリアのクイーンズランド大学で研究をしています。大学のある都市ブリスベンと日本との時差は1時間しかありません。でも「ちきゅう」船上では夜シフト勤務なので「船内時差」になれる必要がありました。いまでは、新鮮な空気と美しい日の出を楽しめるので、このシフトを楽しんでいます。




船上では、堆積学グループの3人(昼)+3人(夜)の仲間と一緒に研究をしています。採取されたコア試料やカッティングスがどんな岩石で、どんな地層を形作っているか観察し、調査地点の地質学的な歴史を調べています。

乗船研究チームの一員としての分析に加えて、私個人の科学的関心として、インドネシアやオーストラリア、日本における新~古第三紀(約6500万年前から約180万年前の地質時代)の石炭層での微生物活動と、天然ガスの再生過程について比較研究したいと考えています。

さて、海底下深くから採取されたコア試料は、私たちが研究室のテーブルで観察する前に3~4時間の「旅」をしてきます。船上に回収されると、1.5mの長さにカットされ、X線CTスキャンで非破壊検査を受け、微生物分析と間隙水の化学分析のために筒状のままサンプルが切り分けられていきます。

これらの処理と分析が終わると、1.5mの長さに切られたコア試料は、大きなカッターのある部屋に連れて行かれて、ラボテクニシャンが分析用と保管用とに試料を半裁します。

コア試料が保管用に半裁されると、ようやく私たち堆積学グループが観察するコアラボに運ばれてきます。キュレーターは、分析用の試料が研究計画に基づいて取り分けられているか監督します。私たちは、試料が一度に8本も並べられる、2mほどの大きなテーブル(目盛と照明もついています)を囲んで観察を始めます。




堆積学グループの主な役割は、地層ごとの堆積物の観察です。まずは試料全体の色や堆積構造などをざっと観察し、記録用紙に書き込んでいきます。

その後に、細かい部分を丁寧に観察していきます。砂や泥などが海底に降り積もった厚さ、角度、積もる順番、それに掘削によってどのくらい地層が乱されているかをひとつずつ観察していきます。時には顕微鏡で詳細に観察します。

堆積学グループは、船上や陸上にいる各研究者の研究計画に基づいて試料を配分するキュレーターのお手伝いもしています。サンプルの周りは「旗」がいっぱいです。これから分析するサンプルの横に目印の旗を立て、試料の観察を終えたらまた旗を立て、そしてサンプルを採りだした後にも旗を立てます。

旗と言っても、そんなに大きな旗ではありません。つまようじに紙を張り付けたかわいい旗です。担当する研究者の顔写真もちいさく貼ってあります。私はこの小さな旗がとても気に入ったので、「ちきゅう」で一緒に研究した思い出にチームメンバーの旗も家に持って帰ろうと思っています。




研究室で数時間働いた後の休憩は、また格別です。特に、日の出の時間になると、ヘリデッキに向かい、新鮮な朝の空気をいっぱい吸い込みます。本当に素晴らしいひとときです。

この航海が終わり、いつもの陸の生活に戻った時に、「コアと旗と日の出」を必ず思い出すことでしょう。これがわたしの「ちきゅう」での楽しい生活のひとコマです。

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思慮にふけり、測定にふける2012年09月01日

こんにちは、皆さん。本航海IODP Expedition337も後半にさしかかりました。研究者たちは皆「ちきゅう」が掘り出した堆積物試料の処理に忙しく追われています。私もその一人で、毎日の夜シフトの12時間、淡々と測定を続けています。左で測ったものを右へ、右で測ったものをまた左へ。時には、試料を成型したら、あちらで測ったものをまたこちらで測ります。何を測定しているかは次の機会でもあればお話しするとして、私はこの「ちきゅう」による下北半島沖掘削航海に参加することをとても楽しみにしていました。それは、この調査海域が研究対象としてとても興味深いところだからです。

この数年間、私はこの下北半島沖海域の地下構造を調べています。そして、この海域では数100万年前から、大規模な海底地すべりが繰り返し発生してきたことが分かってきました。それはとても不思議なことなのです。なぜなら、海底はとても平坦で、傾斜が1°もない、ほとんど水平な海底が広がっているからです。一見しただけでは、巨大地すべりが起こりそうなところにはまったく見えません。

海底地すべりは、最新の弾性波探査によって世界の各海域で発見が続いています。それにしたがって、津波や海底ケーブルの切断などの原因になることも明らかになってきて、近年とても注目されています。でも、地すべりのパターンは様々で、海底地盤が不安定になる原因はあまりわかっていないのが現状です。陸上だと豪雨のあとに地下水の高さが変わります。そして、それが原因となって地盤の状態が不安定になり、斜面などで地すべりが起こります。しかし、いつも水に満たされている海底の地盤だとどうでしょう?同じ原因を直接当てはめるのが難しいってことは、皆さんにも分かっていただけるでしょう。おまけに、この場所の海底は、ほぼ水平なわけですから。


調査海域の地層について研究チームに解説中


さて、地すべりを研究するのに、なぜこの「海底下深部生命圏と炭素循環システム」の掘削航海に参加しているかって?それはこの海域の地層の特徴がそのカギを握っているからです。

弾性波を使った海底下の構造解析を進めると、海底地すべりにつながる地盤の不安定化の原因には、本掘削調査のテーマの一つでもある「天然ガス」が関わっていることが分かってきたのです。今のところ、資源につながるほどのガスの量は想定されていません。そして、私たち人間が生きている時代は、海底地すべりの起こりやすい時期からは外れているようです。

ここでの研究の一つとして、私は地層中の温度情報を過去にわたって追究しようとしています。ガスや水の状態、また微生物の活動にとっても、温度はとても重要なパラメータです。微生物学の研究によると、この海域の地層では、非常に多くの微生物が活動をしている可能性があります。天然ガスがつくられるには微生物活動が関わっていることも多いので、このような非凡な特徴をもった環境が、海底地すべりにつながる海底地盤の動きと何らかの関係をもっているのかもしれませんね。そんなことを考えながら、今夜もやはり淡々とラボで測定を続けるのです。


マルチセンサーコアロガーという分析装置を前にラボテクニシャンの鈴木さんと。


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「ちきゅう」船上卓球大会2012年08月27日

「倫敦奥林匹克国際運動会」(ロンドン五輪)が終わり、世間様の体育(スポーツ)熱も冷めはじめた今日頃、みなさまいかがお過ごしでしょうか?
噴出防止装置(BOP)の設置成功、待ちわびた掘削試料の到着、掘削試料の分析による数々の発見の連続、そんな嬉嬉たる出来事の連続に驚嘆しっぱなしの毎日です。

そんな中でも、もっとも嬉嬉たる催しは、「EXP337第一回世界卓球是選手権大会」が、「ちきゅう」船内で行われていることです。




この大会は、8月12日から9月5日の期間に「ちきゅう」船上で行われます。乗船研究者からエントリーした世界8カ国23名の研究者・研究支援スタッフが、「ちきゅう」ナンバーワンをかけて真剣卓球勝負に挑みます。

さてさて、それでは、この選手権の詳細について紹介するよ。「一に興じて、二に勝負!」、この大綱に従えばあとは普通の卓球のルールと同じ。試合はトーナメント方式。昼シフトグループで勝ち上がった一位、夜シフトグループの一位、そして敗者復活で勝ち上がった一名の三名による三つ巴戦を制した人がチャンピオンです。ルールは、1ゲーム11ポイント制で、3ゲーム、もしくは5ゲーム先取でゲームセット。




この大会は老若男女問わず、誰でも参加できるところに醍醐味があります。二人の首席研究者(稲垣博士とHinrichs博士)、研究支援統括(久保さん)を含め、ほとんどの乗船研究者が参加しています。私のような玄人から(なんたって48才あるから・・・)、これまで卓球のラケットを握ったことのない「新星」まで、いろんな卓歴のもちぬしが集まっています。

参加者の一人、Snyder教授(ライス大学)は、「実を隠そう、これまでに一度も卓球で負けたことがないのだよ。」(あいや~)!しばし呆然としていると、彼はさらにこう付け加えたよ。「だって、卓球したことないからねっ。」あいや~!もちろん、その個人記録は後日破られたのはいうまでもなく・・・。おあとがよろしいようで。

おっと、分析試料が届いたから、わたし、そろそろいくあるよ。「EXP337第一回世界卓球是選手権大会」、成功するね、必ず!誰がチャンピオンになろうとも、わたしたち全員がナンバーワン!なぜかって?私たちは、これまで一度も開催されたことのない、世界初の海底下深部石炭層掘削という「ちきゅう」国際大会に参加しているからね!

(和訳:谷川亘 物理特性スペシャリスト・海洋研究開発機構)

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メタンと微生物、そして火星2012年08月24日

現在の地球の大気にはメタンは高濃度で存在していません。しかし、10億年以上も昔は太陽の光が今よりも弱く、メタンのおかげで地球が凍らずにすんでいた時期もありました。現在は、太陽の光が強いため、大気中のメタンが温暖化物質として問題になっています。

今回の航海での私の研究は、海底下でメタンを食べる微生物を探すことです。微生物は光や酸素がなく、栄養源(食べ物)が著しく欠乏している環境でも生きられるように適応した特殊な能力を有しています。例えば、私が研究しているバクテリアとアーキアという微生物たちは、それぞれが人間と微生物くらい違った生き物であるにもかかわらず、お互いが協力することで生活をしています。しかも彼らは単細胞生物なのに!


「ちきゅう」の微生物ラボに設置されている嫌気グローブボックス。
この中には酸素が存在しないため、海底下深部の微生物にとって好ましい状態で作業が出来ます。


今までの研究から、これらの微生物たちは、一緒に生活して役割を分担することで、メタンを栄養源として生きられるように進化したことが分かっています。しかし、どのように彼らがそれを実行しているのかは、未だ大きな謎に包まれています。

私は、今回の航海で、メタンを好む微生物が存在していると考えられる地層から試料を採取したいと思っています。その試料を研究室に持ち帰り、微生物たちが好みそうな温度、食べ物を与え、ペットのように大事に育ててメタンを食べる微生物を探します。

微生物はとても小さく、食べ物となるメタンも目に見えないので、メタンを食べた微生物を探すために、追跡可能な特別なメタンを使います。この特別なメタンが微生物に食べられて、細胞の一部として取り込まれたら、細胞を構成する原子を少しずつ剥がして、どこにそれが取り込まれたのかを探します(NanoSIMSという装置を使います)。

これら微生物たちは、非常に栄養に乏しい環境に住んでいます。研究室でも、とてもゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと育ちます。ということは、実験がうまくいっているか、それが分かるようになるまで、数か月、ひょっとしたら数年かかってしまうかもしれません。

酸素が無く、栄養源も乏しい環境で、どうやって微生物がメタンを食べるのか。この疑問は地球外の生命を研究している科学者も注目しています。私たち乗船研究者も火星探査車キュリオシティによる調査の進展にも注目しています。キュリオシティによる探査の大きな目的は、火星に生命が存在していた(もしかしたら今も存在しているかも!!)痕跡を探すことです。私の所属しているカリフォルニア工科大学のたくさんの友達や同僚がこのミッションに関わっていて、探査車が火星へ無事に着陸し、地球に送られてきた映像を見て、とても感動しました。

私たちが海底下で生命存在の限界を探すことは、地球外の惑星で、どんな生命の可能性があるのかを推測するのにも役立ちます。この航海でどんなものが見つかるのか、どんな結果をお見せできるのか、とても楽しみにしています。


夜シフト勤務の昼ごはん前に見た美しい日の出


(和訳:諸野祐樹 微生物学者・海洋研究開発機構)

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泥の中のちいさいヤツラ2012年08月20日

現在、朝の4時です。先のMarcella Purkeyさんのレポートにも少し触れられていましたが、「ちきゅう」船内は24時間活動中で、私たち研究者も0~12時、12~24時と一日二交替制で働いています。ナイトシフト(0~12時)の僕は、しばらく前までは時差ボケ状態でしたが、段々慣れてきて、シフト時間中に眠たくなることも少なくなってきました。

さて、今日のレポートは海底下の微生物についてです。

皆さんは「微生物」というとどんなものを思い浮かべるでしょうか?
ダニ、ミジンコ、ゾウリムシ?・・・この辺りのサイズは0.01ミリメートルから0.1ミリメートルくらい、僕ら微生物学者からするとまだまだ「大きい」生物です。

これくらい「大きい」サイズの生物は、化石以外では海底下からはあまり見つかりません。納豆菌、大腸菌、乳酸菌。彼らのサイズは0.001ミリメートル位で、僕らが研究の対象としている「微生物」達です。

「微生物」というと物が腐ったり、病気をもたらしたり、いわゆる「バイキン」というあまり良くないイメージがありますが、ヨーグルトを作ったり、病院で処方される抗生物質を作ってくれるのも、僕ら人間の腸の中で働いてくれているのも微生物です。微生物なしには、この地球は成り立たないと言っても過言ではありません。


海底下の微生物、緑色に光る点一つ一つが微生物です。
顕微鏡をのぞくと満天の星空のような光景が広がります。


実は海底下というのは、地球上で唯一ともいえる微生物が独占している世界です。最近、「京」というコンピューターが話題になりましたが、1立方センチメートルの中に、数字の桁の京(1兆の1万倍)のさらに100兆倍、10の後ろに29個ゼロが続く数の微生物が、海底下には存在すると考えられています。

1,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000!

(8/23追記:1立方センチメートル当たり1000~10億細胞程度の微生物の存在が確認されています。地球全体の海底下に拡大すると1京の100兆倍の細胞が存在しているという推算結果が出ています。Whitman, W. B., Coleman, D. C. & Wiebe, W. J. Prokaryotes: The unseen majority. Proc Natl Acad Sci USA 95, 6578-6583, doi:10.1073/pnas.95.12.6578 (1998))

今回の航海では、これまで科学目的の掘削では得られたことのない、海底下2200mの試料の中の微生物を数えることが僕のミッションの一つです。

そんなに深いところにも微生物は居るのか、実は世界中の誰も知りません。NASAの火星探査機キュリオシティが生命の痕跡を見つけようとミッションをスタートしたように、僕らは地球の中へ向かって生命を探索しようとしています。

微生物は1ミリメートルの1000分の1のサイズしかないので、肉眼で見ることは出来ず、顕微鏡を使わないと見ることが出来ません。これまでは、10年くらい前までの紅白歌合戦のように、左手にカウンターを持ってカチカチと数えていました。目薬が不可欠な重労働です。これだと疲れてきたら小さな微生物を見逃してしまったり、休憩が必要だったり、なかなか正確なデータを続けてとるのは難しいので、僕らはコンピューターにその代りを務めてもらうことにしました。


僕らの強い味方、微生物細胞自動検出&計数装置、ダイス君です


上の写真が、僕らの頼もしい相棒、微生物細胞自動検出計数装置、「DiCE(ダイス)」君です。彼は文句ひとつ言わず、黙々と微生物を探し、見つけたら数を教えてくれます。しかも全部写真を残してくれるので、何か変なものがあれば後で写真判定もできます。海底下に積もっている泥の粒子と微生物の区別も自分でやってくれ、プロも真っ青の正確なデータがどんどん出てきます。

海底下にはどんな種類の微生物がいて、何をしているのか、どれくらい過酷な環境にまで微生物は耐えることが出来るのか?微生物を見つけてその数を数えること。地味な仕事ですが「千里の道も一歩から」です。

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細かいことですが・・・2012年08月18日

皆さんは、「ちきゅう」の素晴らしさと巨大な設備が、この掘削調査で使われていることは、これまでの記事で読まれていることと思います。実際に、船上には最先端の機器がたくさんあって、本当に息を飲むようです。でも、ちきゅうでは大きい物だけに最先端のテクノロジーが使われているのではありません。小さく、細かいものにも、日常の生活では使わないような、高度なテクノロジーが使われているのです。今回は、天秤についてお話しようと思います(僕の星座も天秤座だし)。

今日は、この航海で使う数百個の小さいガラス瓶の重さを測りました。「ちきゅう」のラボにある天秤の前で何時間も過ごしたので、天秤と相性のよい友達になったような気分です。

おそらく皆さんは、重さを量る作業だなんて退屈だと思っているでしょう。しかーし!船の上の天秤は最先端のテクノロジーなんです!

ゆれる船の上で、普通の天秤を使ってモノの重さを量ることって、意外に難しいのです。「なに?天秤に測る物をのせて、目盛りが止まるのを待って、重さを読めば良いだけでしょ。」と思うかも知れません。ただ、目盛りが止まらなかったら・・・?

地面やまわりの物が、船みたいにずっとゆらゆらと動いていると、ある瞬間は重くなり、そして次の瞬間には軽くなってしまいます。そのような状況でどうやって小さい物の重さを正確に量ることができるのでしょうか?

答えは、実はとても単純です。天秤を2つ使えばいいんです。 すると、コンピューターのソフトが二つを同期してくれます。一つの天秤には「基準となる」おもりを置き、もう片方の天秤に量りたいものを置きます。つぎに、ソフトのスタートボタンを押すと計測が始まり、船の揺れによる重さの時間変化を1分間記録してくれます。二つの天秤のこの記録をコンピューターが自動的にしばらく計測して、ソフトが重さのばらつきを補正してくれます。測定が終わると、画面に高度に正確で精密な値が現れるのです。この方法は、普段の生活ではおそらく考えもつきませんが、「重さを測る」という単純な問題に対する目からウロコの解決法だと思います。

船の上と陸上では様々な事が違い、特別な解決策が必要です。今回の例はその一つにすぎません。細かいことですが・・・「ちきゅう」に不可欠なノウハウなのです。


気流の影響を防ぐためにガラスケースの中にある二つの電子天秤。
天秤のヨコのモニターの前にあるのは、計量待ちのガラス瓶。


(和訳:星野辰彦 微生物学者・海洋研究開発機構)

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「ちきゅう」のセイフティードリル2012年08月15日

毎週日曜日の午前10時前になると、個人保護具PPE(つなぎ、ヘルメット、安全ゴーグル、手袋、安全靴)とライフジャケットで完全装備した研究者たちが集まってきます。
船の上で"drill"と呼ばれる避難訓練の時間です。


万全の態勢で避難訓練に臨む研究者たち(真ん中が私)


非常ベルが鳴り、各人が事前に割り振られた救命ボートへ向かいます。救命ボートの近くには、「T-card muster station」が設置されており、そこに入っている自分カードを裏返した後、床に描いてあるドットの上に整列します。こうすることにより、人数を容易に確認できると同時に、不在者を特定することができます。不在者がいる場合は、船内の捜索が始まります。ちなみに、非常時に取り残されるのを防ぐために、居室の鍵をかけてはいけないことになっています。


非常ベルのなり方によってどのような事態が起きたか分かるようになっています。
モールス信号みたいですね。


救命ボートは、自分の寝室によって左舷右舷の近い方に割り振られ、左右に各3艘配備されています。定員は、75人乗りが2艘、50人乗りが1艘なので、両側で計400人が避難できるようになっています。「ちきゅう」の定員が200名なので、かなり多めですよね。なぜだかわかりますか?

これは、船が傾いた場合には、片側からの避難を余儀なくされるからです。「ちきゅう」の船上で生活をしていると海の上にいることを忘れがちですが、このような規則や訓練が非常に大事です。


避難場所についたら、この箱の中に入っている自分のカードをひっくり返します。



Tカードをひっくり返したら丸の上に整列。
かわいい水玉模様ですが、大事な役割を担っています。


出航を4日後に控えた昨年の3月11日、私は「ちきゅう」船上で研究機器のセットアップに追われていました。大きな揺れを感じてからしばらくして、津波が堤防を乗り越えて来るのが見えました。非常ベルが鳴り響き、緊急避難の放送が流れました。海上に脱出できる状況ではなかったため甲板の一部屋に避難しました。全員が速やかに避難したため1人の負傷者も出ませんでしたが、後から聞くと、「ちきゅう」は狭い港のなかで津波に押されて回転し、船体も一部を損傷するという危険な状況にあったということです。

我々が毎週行なう"ドリル”が非常時における迅速かつ冷静な行動に繋がっているのです。

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