地球発見 まだまだ知らない「ちきゅう」がある。

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特集:海底下の森への再々チャレンジ!石炭層は地下生物圏にどんな影響を与えるか?

 オホーツク海から南シナ海にかけて、ユーラシアの西太平洋沿いには石炭層が広く分布している。それらの石炭は地下深く埋もれた陸上や浅海の植物に由来するもので、いわば海底下の森だ。植物の組織は純度の高い石炭に変化していく過程で、色々な有機物を放出するが、海底下深部にはこうした有機物を食べて生活する微生物たちがいるらしい。海底下の森と微生物たちはどんな関わりを持っているのか? 地球そのものが持つ物質循環の姿を理解すれば、将来の地球環境や持続的なエネルギー循環システムが見えてくるかもしれない。
(2012年9月掲載)

取材協力
稲垣 史生
海洋研究開発機構
高知コア研究所
地下生命圏研究グループ
グループリーダー

石炭が供給する有機化合物

 西太平洋の大陸縁辺部の地下には、豊富な石炭が埋まっている。北海道南部から青森県八戸市沖合も同様で、海底下2,000mよりも深い地層に厚い石炭層が眠っている。石炭は陸上植物が地下深くに埋没した後、地下の圧力や熱によって熟成して出来るものだ。品質の良い石炭ならほとんど炭素の塊になっている。生物の体はおおまかに言えば炭素と窒素、水素、酸素などから出来ている。つまり石炭になるとは、生物の体から主に水素と酸素などの元素がはずれ、炭素が残ることなのだ。太古に埋没した有機物は、さまざまな低分子化合物を放出しながら石炭になっていく。
 木材は多くの生き物にはとても食べられない。しかし単純な有機物や無機化合物になってくれるのなら話は別だ。地下深く、堆積物や岩石の小さな隙間にすむ微生物たちにとって、今まさに熟成段階にある石炭は食料供給源になりうるだろう。今回、2012年7月25日から9月30日の間、実施している「下北八戸沖石炭層生命圏掘削」は、まさにこの様子を調べるためのものだ。
 すでに2006年、「ちきゅう」は八戸沖合で完成後の慣熟試験航海を行っており、水深1,180mの海底から深さ350mに至るまで、膨大な数の微生物がいることが確認されている。今回2012年の調査を、共同首席研究者として率いる稲垣史生上席研究員によると、通常の大陸沿岸の海底堆積物に比べて100倍以上も多い微生物がいるのだそうだ。「微生物が多い理由は、堆積速度が速く含水率の高い珪藻土と地下にある石炭層から栄養を供給されているためでしょう」稲垣上席研究員はそう説明する。

掘削地点

掘削地点

 海底表面から石炭層まで2,000m。八戸沖合にあるこの堆積物は、海水表層に生息する珪藻などの光合成生物がマリンスノーとして沈降し、海底下深くに堆積して出来たもの、いわゆる珪藻土である。堆積する速度が速ければ、地下深くても堆積物はまだ比較的新しく、過去の生物の組織など、利用できる有機物が多いままだろう。それに珪藻は珪酸の殻を持つ植物プランクトンだ。その殻が堆積して出来た珪藻土は小さな殻が集まってできているから隙間が多い。七輪は珪藻土から作られるが、それを思い浮かべればイメージしやすいだろう。「隙間が多いということは、そこを通って水が移動しやすいということです。だとすれば、海底下への影響供給は海水から沈降したり、しみ込んだりする上から下への供給だけではなく、地下深部の石炭層から出た栄養が深部から表層にむけて供給されるシステムがあるのかもしれません。」稲垣上席研究員の考えによれば、海底下2,000mより深くの石炭層から海底表面まで、有機物が供給されるダイナミックな世界が八戸沖合にあることになる。