JAMSTEC > HPCI 戦略プログラム分野3 > 研究成果 > 研究成果詳細

HPCI戦略プログラム分野3

台風発生の2週間予測が実現可能であることを実証
―台風発生予測の実用化に向けた第一歩―

  研究概要
  2004年8月に発生した8つの台風について、地球全体の雲の生成・消滅を詳細に計算できる全球雲システム解像モデル「NICAM」をスーパーコンピュータ「京」で実行することで多数のシミュレーションを実施し、約2週間先の台風発生予測が可能であることを実証しました。

  また2004年8月28日に発生した台風18号発生時の大気循環の様子を解析したところ、モンスーントラフと呼ばれる領域が中部太平洋まで大きく張り出していたことがわかりました。NICAMによるシミュレーションは、このモンスーントラフの張り出しを台風18号発生2週間前から高い精度で予測できており、その結果、台風発生も高い精度で予測できていたと考えられます。
  モンスーントラフの張り出し具合は、北半球夏季季節内振動(BSISO)と呼ばれる大気の変動で左右されることが知られています。BSISOと台風発生とに関係があることは、観測データを用いた解析によってこれまでも指摘されていましたが、本成果は雲システムを解像できる全球モデルNICAMが、BSISOを高い精度で予測でき、その結果台風発生も高い精度で予測可能となることを世界に先駆けて実証したもので、台風発生予測実用化への扉を開くものです。

  背景
  台風は北西太平洋域の熱帯で発生します。暴風や大雨、高潮など被害を引き起こすような現象を伴うだけでなく、水資源をもたらすため、その予測は社会的に大きなインパクトがあります。特に熱帯地方では、台風発生から台風接近までの時間が短く、その間に急激に発達することもしばしばおこるため、台風発生の予測が可能となれば防災に大きく役立つと考えられます。日本の気象庁をはじめ、いくつかの台風予報センターは1日~5日後の台風発生の予測を行っていますが、精度が十分でなかったり、予測期間が短かったりという問題があります。

  台風の発生は、熱帯域で北半球冬季(12月~4月)におこるマッデン・ジュリアン振動(MJO)や、北半球夏季(5月~11月)におこる北半球夏季季節内振動(BSISO)と関連があることが指摘されています。したがって、MJOやBSISOを高い精度で予測できれば、台風の発生も高い精度で予測できる可能性があります。MJOは約30-60日の周期で、主にインド洋で発生した、水平方向の大きさが数千kmにも及ぶ巨大な積乱雲群が赤道に沿って東に進む大気変動です。一方BSISOは、インド洋や北西太平洋で発生した、水平方向の大きさが数千kmにも及ぶ巨大な積乱雲群が約30-60日の周期で北進する大気変動です。いずれも雲を伴っているため、高い精度で予測するためには、雲の効果を気象シミュレーションプログラムに適切に取り入れることが非常に重要です。一方で、気象庁をはじめとする世界各国の予報センターで天気予報に用いられている気象シミュレーションプログラムでは、雲の効果はある仮定の下、経験的に取り入れられており、物理法則に従った厳密なものではありません。

  JAMSTECの中野満寿男特任研究員と東京大学大気海洋研究所の佐藤正樹教授らの共同研究チームは、これまでに雲の生成・消滅や、雲の中での雨や雪の生成・落下を物理法則に従って直接計算できる気象シミュレーションプログラムNICAMを開発し、それを「京」で動かすことで、MJOをきわめて高い精度で予測できることを示しました(平成26年5月7日既報「熱帯域におけるマッデン・ジュリアン振動の1ヵ月予測が実現可能であることを実証~スーパーコンピュータ「京」× 次世代型超精密気象モデル~」)。しかしながら、BSISOの予測精度やBSISOと台風発生の予測精度の関係については未解明のままでした。

  2004年は6月から10月にかけてBSISOが顕著に見られ、フィリピンの東で対流活動が強かった6月と8月には、平年(1981-2010年の30年平均)よりも多い、それぞれ5個(平年値:1.7個)と8個(平年値5.9個)の台風が発生しました。そこで研究チームは「京」上でNICAMを用い、2004年8月1日から31日までシミュレーション開始日を1日ずつずらしながら、31本の30日予測実験を行い、BSISOと台風発生がどの程度精度よく予測できるのか検証しました。

  成果
  シミュレーションの結果、BSISOに伴い、フィリピン東海上で8月に対流活動が活発になり北進していたことと、9月に対流活動が不活発になることがおおむね再現されました(図1)。また、8月に発生した8個の台風について再現できていたかを解析したところ、最盛期の中心気圧が990hPa(ヘクトパスカル)よりも高く、寿命が3日未満と(弱くて短寿命)だった台風11号と14号の再現は難しかったものの、他の6つの台風発生はよく再現できており、特に8月後半に発生した台風15-18号は約2週間前から台風発生が再現できました(表1)。
  8月に発生した8個の台風のうち5個はモンスーントラフに伴うシアーライン付近で発生していました。これらの中でも8月28日に発生した台風18号は最も東で発生しており、BSISOによってモンスーントラフが東へと張り出しシアーラインが東まで延びていたことが発生に寄与していたと考えられます(図2a-c)。
台風18号が発生する3週間前から始めたシミュレーションでは、8月中旬のシアーラインの東への延びを再現していますが、8月下旬はシアーラインがあまり延びていません(図2d-e)。一方で発生2週間前から始めたシミュレーションでは8月下旬のシアーラインの延びをよく再現できています(図2f)。従って、NICAMが2週間前からシアーラインを精度よく再現できたことが、台風18号を2週間前から再現できたことに寄与していたと考えられます。
  更に台風18号発生直前の3日間のモンスーントラフの張り出しは、シミュレーション開始日が台風発生日に近づくほど精度よく再現できていました。それに伴って、台風の発生が予測されるようになっただけでなく、そのタイミングや発生位置も観測事実に近づいていることがわかりました(図3)。
  これらのことから、雲の効果を直接計算するNICAMを用いてBSISOを精度よく再現することで台風発生を2週間前から予測できることを世界に先駆けて実証することができました。

  今後の展望
  今回の研究成果は、2004年というBSISOが顕著に見られた年について、台風発生予測が2週間前から可能であることを示したもので、BSISOが顕著ではない年でも同様に2週間前から予測が可能であるのか、そうである(ない)としたらその理由は何かを今後検証していく必要があります。また、発生後の進路や強度の予測も防災には重要であり、今後検証していく必要があります。
  今回のシミュレーションでは、実際の発生を予測できないケースだけでなく、実際には発生していない台風を誤って発生させてしまうケースもいくつか見られました。今後、モデルの解像度を上げたり、より精緻な雲の計算手法などを取り入れたりすることで、これらの誤った予測を減らしていける可能性があります。
  更に、今回の研究では1日に1つの初期値からしかシミュレーションを行っていません。初期値には様々な理由で誤差があり、その誤差はシミュレーションの時間が長くなるにつれて大きくなっていきます。人工衛星による「観測ビッグデータ」をNICAMになじむ形で取り入れ初期値の精度を高めるだけでなく、初期値が微妙に異なる多数のシミュレーション(アンサンブル予報)を行うことで、より精度の高い予測が可能となるとともに、予測結果のばらつきから、予測の信頼度を評価することが可能となります。
  但し、このためにはこれまで以上に莫大な計算量が必要となることから、現在計画されている次世代のスーパーコンピュータ、ポスト「京」の完成が待ち望まれており、これが実現されれば、台風発生予測研究がさらに発展することが期待されます。
  また、地球温暖化に伴い台風の発生数や強度がどうなるのかも大きな関心が寄せられています。従来の気候モデルでは雲の効果を経験的に取り入れており、このことが予測の不確実性をもたらす要因として問題視されています。今回、NICAMで雲の効果を直接計算することで、実際の台風の発生が高い精度で予測できることが示されたことから、NICAMを用いることで地球温暖化時の台風の発生数などもより精度よく求めることができるようになると期待されます。

  本成果は、米国の地球物理学専門雑誌「Geophysical Research Letters」オンライン版に1月20日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:Intraseasonal variability and tropical cyclogenesis in the western North Pacific simulated by a global nonhydrostatic atmospheric model
著者:中野満寿男¹、沢田雅洋²、那須野智江¹、佐藤正樹²,¹
1.海洋研究開発機構、2.東京大学大気海洋研究所
(沢田雅洋氏は現在気象庁気象研究所所属)



  11号12号13号14号15号16号17号18号
観測値寿命
(日/時間)
0/214/184/122/184/311/186/611/0
最低気圧
(hPa)
996960950990970910955925
最大風速
(m/s)
2035402330554045
的中率直前3日前
 
01001000100100100100
1週間前
 
---100754386717186
2週間前
 
------------80435757
3週間前
 
---------------------29

表1.台風発生直前3日間(シミュレーション数:3)と発生約1、2、3週間前(それぞれシミュレーション数:7、ただし、台風13号発生1週間前は4、台風15号発生2週間前は5)に開始したシミュレーションにおける台風発生予測の的中率(%)。台風15-18号は2週間前から40%以上の確率で発生を予測できている。


図1.観測(左)と8/15開始のシミュレーション(右)でのフィリピン東方海上(東経120-150度)の対流活動の時系列。


図2.8月1日~10日(上段)、11日~20日(中段)、21日~30日(下段)の高度約1500mにおける東西風(色)と台風発生位置(xマーク、数字は台風番号)。破線はシアーラインの位置を示す。左から観測、8月5-~11日初期値(18号発生約3週間前)、8月12~18日初期値(18号発生約2週間前)の平均。


図3.台風18号発生直前3日間(8月25日~27日)で平均した、高度約1500mで観測された西風領域(黒実線)と発生約3週間前(上段)、約2週間前(中段)、約1週間前(下段)を初期値とする7本のシミュレーションのうち、西風を予測したものの数(色)。Oは観測された台風18号の発生位置。H、E、Lはシミュレーションで発生した台風18号の位置とタイミング(それぞれ誤差1日以内、1-5日早い、1-5日遅い)を示す。




本件問い合わせ先
海洋研究開発機構 シームレス環境予測研究分野
 中野 満寿男()
東京大学 大気海洋研究所
 佐藤 正樹()

⇒プレスリリース詳細はこちら