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HPCI戦略プログラム分野3

気象庁非静力学モデルを用いた京コンピュータによる1000メンバーアンサンブルカルマンフィルタの実行

  研究概要
 集中豪雨や竜巻などの顕著現象を高精度に予測するためには、数値予報モデルの改善とともに、現実の大気の状態に近い数値予報モデルの初期値を用意する必要があります。数値予報モデルの初期値は主に、数値予報モデルと観測データのもつ情報から最適な大気の状態を推定する「データ同化」プロセスによって作成されます。データ同化には様々な手法がありますが、将来の数値天気予報に応用されるべく研究が進められている手法のひとつに、「アンサンブルカルマンフィルタ」と呼ばれる手法があります。

 アンサンブルカルマンフィルタは、有限のアンサンブルメンバーによりカルマンフィルタを近似する手法で、数値予報モデルの誤差情報を定量的に見積もることができるというと特長があります。一方で、アンサンブルメンバー数が十分でないと、サンプリング誤差の影響により精度が落ちてしまうという欠点もあります。もちろん、十分なアンサンブルメンバーを確保するに越したことはありませんが、アンサンブルメンバー数を増やすと必要な計算量も増加するため、アンサンブルカルマンフィルタを現実的な数値予報モデルに応用する際は、高々100程度のアンサンブルメンバーが用いられることがほとんどでした。

 気象研究所では、データ同化手法の改善を通じた顕著現象の予測改善を目指し、京コンピュータを用いて1000メンバーによるアンサンブルカルマンフィルタを実行しました。これは高解像度数値予報モデルを用いたアンサンブルカルマンフィルタ実験では他に類を見ないほどの大規模実験で、京コンピュータの利用によって初めてもたらされる、データ同化研究のブレークスルーとなり得る研究です。図1は、アンサンブルカルマンフィルタで見積もられる誤差共分散の一例です。通常、中心点(図中の×)から離れたところでは誤差共分散は小さくなりますが、50メンバーによる実験結果(図1左)だと中心点から離れたところの値も比較的大きいままで、サンプリング誤差の影響が大きいことを示しています。結果に悪影響を与えるサンプリング誤差は一般的に、中心から離れた地点で誤差共分散の大きさを小さくする「局所化」と呼ばれる手法で取り除かれます(図1中)。局所化は効果的にノイズを取り除くことができる一方、重要なシグナルをも除去してしまうことがあり、その利用には一長一短があります。これに対し1000メンバーによる実験(図1右)では、局所化を使用せずとも非常に滑らかな誤差共分散の分布が得られることが分かります。図2は、図1の中心点を通る東西断面における、局所化を施さない場合の誤差共分散とアンサンブルメンバー数の関係を示したものです。こちらも本来は中心から離れるにつれて0に近くなるべきものですが、10や20といった少数のアンサンブルメンバーによる実験では結果に大きなノイズが含まれていることが分かります。一方で、500や1000といった多数のアンサンブルメンバーを用いた実験では、ほぼ理想的な結果が得られています。

 京コンピュータを用いた大規模アンサンブルデータ同化としては、理研のグループが10,240個のアンサンブルメンバーでの実験に成功していますが、低解像度かつ単純化したモデル(SPEEDYモデル)と人工的な入力データを用いたものでした。今回の実験は、気象庁での日々の天気予報に用いられているフルスペックの非静力学数値予報モデルを用いて多数の実観測データを同化したもので、この点ではアンサンブルデータ同化におけるメンバー数の効果を世界で初めて数値予報モデルによる大規模実験で調べたものであると言えます。ここでの成果は、今後の集中豪雨や竜巻などの顕著現象の予測精度向上に向けたデータ同化研究の発展に十分に寄与するものです。

本研究の結果は、AICS国際データ同化ワークショップなどの国際学会で発表されたほか、日本気象学会の専門誌 ”Journal of the Meteorological Society of Japan”に科学論文として掲載されています。

Kunii, M., 2014: The 1000-member ensemble Kalman filtering with the JMA nonhydrostatic mesoscale model on the K computer. J. Meteor. Soc. Japan, 92, http://dx.doi.org/10.2151/jmsj.2014-607.


図1.アンサンブルカルマンフィルタで見積もられる500hPa(高度約5.5km)における東西風の誤差共分散分布。左)50メンバーの結果、中)50メンバーの結果に局所化を施したもの、右)1000メンバーの結果。


図2.ある地点を基準とした500hPa(高度約5.5km)における東西風の東西方向の自己相関分布。アンサンブルメンバー数が増えるほど滑らかになることが分かる。
(Kunii 2014より。)




本件問い合わせ先:
気象研究所   国井 勝()
気象研究所/海洋研究開発機構   斉藤 和雄()