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HPCI戦略プログラム分野3

熱帯域におけるマッデン・ジュリアン振動の1ヵ月予測が実現可能であることを実証

  ~スーパーコンピュータ「京」× 次世代型超精密気象モデル~

  研究概要
熱帯域における主要な大気変動であり全球に影響を及ぼすマッデン・ジュリアン振動(MJO)について、スーパーコンピュータ「京」を利用して、地球全体で雲の生成・消滅を詳細に計算できる全球雲システム解像モデル「NICAM」による数値実験を実施し、約1ヵ月先まで有効な予測が可能であることを実証しました。
MJOは熱帯地方の日々の天気に大きく影響を与えるほか、エルニーニョの発生・終息や、熱帯低気圧発生にも関係があると考えられています。本成果によりNICAMの優れたMJO予測精度が初めて実証されたことから、地球規模の大気変動の様子を早期に把握できるようになり、日本付近の季節予報や台風発生予測の精度向上にも貢献することが見込まれます。また、未だ解明されていないMJOのメカニズムについても、観測では捉えきれない部分を本シミュレーションデータが補完することにより、その本格解明に向けて大きく寄与することが期待されます。

  実験の概要
今回、共同研究チームは、全球雲システム解像モデルNICAMを「京」上で動作させて、過去10年の冬季に発生したMJO事例すべてについて予測実験を行い、予測の有効持続期間を計測しました。該当期間には19のMJO事例が含まれており、それぞれについて一部例外を除きMJO中心の初期位置が異なる3つの予測開始日を設定することで、合計54本の予測実験を実施しました。なお、NICAMについては継続してJAMSTEC・東京大学・理化学研究所の共同チームによる開発・修正が続いており、2007年に地球シミュレータで用いたものと比較して大気と海洋の相互作用の効果や雲粒子の計算方法などが精緻化されています。

  実験結果
54本の予測実験結果を実際の観測データと照合、解析したところ、NICAMによるMJOの有効予測可能日数(信頼性のある予測が可能である日数)は27日間と推定され、代表的な現業予報モデルに比べ世界最高水準の性能を有することが示されました(図1)。 予測開始時のMJOの位置(phase)によってばらつきも見られますが、予測可能日数はいずれの場合も26-28日であり、世界最高水準の性能を示しています。また、一般に気象モデルは局地性の高い降水の再現を苦手としており、風速場などの力学的な構造と比べると再現精度が劣りますが、NICAMはMJOに伴って起こる降水の増加/減少の水平分布の特徴もよく再現できています(図2)。
 また、2週間を超える気象予報の実現の鍵と見られているMJOのメカニズム解明を目指して、2011年に過去最大規模の国際観測プロジェクトCINDY2011がJAMSTEC主導で実施され、現在世界中の研究者がその観測データの解析に取り組んでいます。本研究のシミュレーションにおいてこのCINDY2011で捉えられたMJOを再現したところ、降水域が東進する様子を高い精度で再現しました(図3)。
MJOに伴う水蒸気偏差の時間発展の様子も高層ゾンデによる直接観測データとよく一致しています(図4)。このように、限られた観測点では捉えきれない部分についてNICAMを用いたシミュレーションデータが補完することにより、今後MJOのメカニズムの本格解明が期待されます。

  今後の展望
本研究は、雲の生成・消滅を表現できる次世代型の全球気象モデルを用いることでMJOの動向の1ヵ月近い予測が可能であることを実証しました。この結果は、世界最高水準の熱帯の天気予報が可能であることを示すとともに、今後本研究成果をもとに気象庁などの予報現業機関によるノウハウを活かした調整が加わることになれば、日本付近の季節予報や台風発生予測の精度向上が見込まれます。また、精度の良いシミュレーション結果が多数得られているため、MJOにとって本質的な性質/大気構造と事例ごとの特徴との切り分けが可能になり、未だ謎とされているMJOのメカニズム解明を大幅に前進させることが見込まれます。さらに、温暖化した世界での台風や熱帯降水の変化についても、MJOによる影響がより精度よく計算されることで、予測の信頼性向上につながります。雲の効果を精密に計算する気象モデルは将来予測において重要や役割を果たすとの認識から、文部科学省による気候変動リスク情報創生プログラムにおいても重要な研究開発課題と位置づけられています。
将来、気象庁などの予報現業機関の気象予報スーパーコンピュータの増強が進み、「京」の1/4~1/2程度の計算性能に達すれば、ある日時の予報を少しずつ異なる初期値を用いて30~50本程度行う「アンサンブル予報」の実施が可能となり、一層の精度向上および予報信頼度についての情報提供が可能になります。

本成果はネイチャー・コミュニケーションズ誌(5月6日付)にハイライト論文として掲載されました。


図1.全球雲システム解像モデルNICAMによるMJO予測性能評価結果。予測可能日数(Score > 0.6)は54本のシミュレーション全体で27日(青線)。点線は予測開始日のMJOの位置(phase)別に計算したスコア。代表的な現業予報モデルの予測可能日数はGottschalck et al. 2013 (AMS MJO Symposium) より引用したものであり、評価に用いられている予測開始日のサンプルは本研究のものとは異なる。


図2.54本の実験におけるMJOの位置(phase)別の降水偏差の合成図。観測データはGlobal Precipitation Climatology Projectより。Phase 3(予測開始日から平均で16日後)に正の降水偏差がインド洋を覆っている。Phase 7(予測開始から平均で28日後)では正の降水偏差が太平洋西部まで東進している。


図3.2011年11月-12月のMJO事例に伴って降水が東進する様子。観測データは熱帯降雨観測衛星TRMMより。白地図に赤枠で示した範囲の降水量マップを2日おきに連ねて表示している(データ)を描画する際に南北方向は縮小してある。赤い星マークは図4の高層ゾンデ観測点(Gan島)。


図4.2011年11月-12月のMJO事例時におけるGan島(図3参照)の水蒸気偏差の時系列。MJOによる降水域の接近とともに大気が湿潤化し、通過と共に乾燥化している。12月には次の湿潤化が起きている。観測データはCINDY2011より。




本件問い合わせ先
海洋研究開発機構 大気海洋相互作用研究分野
 宮川 知己()
東京大学 大気海洋研究所
 佐藤 正樹()
東京大学 理学系研究科・理学部
 三浦 裕亮()
理化学研究所 計算科学研究機構
 富田 浩文()

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