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HPCI戦略プログラム分野3

京コンピュータによるサイクロン「ナルギス」のアンサンブルカルマンフィルタデータ同化と高潮の再現実験

  研究概要
 サイクロン「ナルギス」は、2008年5月2日にミャンマー南部に上陸し、10万人を超える死者を出す同国では未曾有とも言える高潮災害を引き起こしました。この今世紀最大の気象災害を受け、日本気象学会は2008年の秋季大会でスペシャルセッション「ミャンマーサイクロン」を持ち、2010年に学術論文誌「気象集誌」にナルギス関連研究論文の特集号を刊行しています。事前の避難を可能とするようなリードタイムを持って警報を出すことが可能だったのか、という観点で、高解像度領域モデルや変分法データ同化を用いたいくつかの研究論文が出されていますが、上陸2日前の4月30日21時を初期時刻にしたこれまでの予測では、上陸時刻が実況よりも早く、上陸地点も200kmほど北にずれるなどの課題が残されていました。

 本研究では、京コンピュータを用いて、50メンバーの気象庁非静力学モデル(NHM)に基づく局所アンサンブル変換カルマンフィルタ (LETKF) でベンガル湾の観測データを同化して解析値を作成し、そこから10km解像度のNHMによるアンサンブル予報実験を行いました。4月30日21時のNHM-LETKFを初期値とする予報(図1右)では、上陸時刻・位置ともに、それまでの全球解析を初期値とする予報(図1左)を大きく改善することが分かりました。また中心気圧の予報(図2)でもNHM-LETKF による解析からの予報は、全球解析からの予報に比べてNargisの発達のタイミングをより適切に表現しており、RSMCニューデリーのベストトラック解析(962hapa) に近い965hPa以下にまで発達したアンサンブルメンバーも2つ以上ありました。

図1.Nargisの72時間進路予報: a) 気象庁全球解析からの予報 b) NHM-LETKF からの予報。黒線が実況、赤は解析からのコントロール(単独)予報、青はアンサンブル平均。楕円は、アンサンブル予報によるコントロール予報に対する中心位置の予報誤差共分散。


図2.同じく強度(中心気圧)の予報。箱髭図の箱は25%と75%の範囲、線は5%と95%の幅、横線は中央値を示す。

 さらに精度の良い予測が行えるかを調べるために、海面水温の摂動を考慮する実験や、ベストトラックのデータを同化するテストも行っています。海面水温の摂動の影響については、既存の研究よりも実際に近い不確定の表現として、複数の予報センターの海面水温を用いて実験を行い、摂動を考慮する場合の進路予報の精度がわずかに改善されたこと、ランダムに摂動を与える場合の改善はごく小さく、メンバー毎に用いる海面水温を変えた場合の方が、結果の改善が大きかったことを示しました。また中心示度に関するデータを同化する場合は、大きめの予報誤差を与えた場合の方が解析からの予報の結果は良好でした。

 図3は、NHM-LETKFに基づく解析からの10km解像度NHMのアンサンブル予報によるミャンマー南部のイラワディ川河口付近とヤンゴン付近の風向風速と、それを入力に用いた場合のプリンストン大学海洋モデル(POM)による海面水位の時系列を示します。イラワディ川河口付近で最大5mを超える水位上昇のリスクが表現されており、ヤンゴン付近でも最大水位は3mに達しています。これらの結果は既存の研究による高潮アンサンブル予測の結果を大きく改善するもので、事前避難につながる予測が可能であったことを示すものです。

図3.NHM-LETKFで中心示度情報を同化した場合の解析に基づくアンサンブル予報での風向風速(上)と海面水位。a) イラワディ川河口付近、 b)ヤンゴン付近。


図4.本研究でのシミュレーションによる雲画像、海面水位。

本研究の結果は,欧州の気象専門誌 ”Tellus” に以下の原著論文として掲載されています。

Duc, L., T. Kuroda, K. Saito and T. Fujita, 2015: Ensemble Kalman Filter data assimilation and storm surge experiments of tropical cyclone Nargis. Tellus A, 67, 25941, doi: http://dx.doi.org/10.3402/tellusa.v67.25941




本件問い合わせ先:
海洋研究開発機構/気象研究所   Le Duc()
気象研究所/海洋研究開発機構   斉藤 和雄()