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統合的気候変動予測研究分野

トピックス

2018年 6月 5日

「排出インベントリ」で、見過ごされてきた大気汚染物質の大気加熱効果を推定
~温暖化緩和策と大気質改善策への新たな提言~

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という)気候モデル高度化研究プロジェクトチーム(PT)の伊藤彰記主任研究員らは、独自に開発してきた全球大気化学輸送モデル(※1)を用いることにより、地球全体における人為起源の酸化鉄粒子濃度を算出し、大気汚染の影響を強く受けた地域で得られた観測データを再現することに成功しました。さらに、大気中のエネルギー収支を計算する放射伝達モデル(※2)を用いることにより、人為起源の黒色酸化鉄粒子(※3)が大気を加熱する効果は、黒色炭素性粒子に比べて、東アジアなど鉄鋼業が急速に発展してきている地域で卓越していることを明らかにしました。

近年、製鉄工程などから排出される人為起源の黒色酸化鉄が気候に影響を与えうるほどの大気加熱効果を持つことは報告されていましたが、これまで、どの国のどのような発生源がどれだけの大気加熱効果をもたらすのかは分かっていませんでした。

本研究成果により、人為起源の黒色酸化鉄粒子は、新興国の急速な経済成長による重工業でのエネルギー消費に伴い、温暖化の一因として重要になる可能性が示唆されました。今後、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)評価報告書で考慮される大気加熱・冷却物質の更新など、気候変動の数値予測に伴う不確実性を低減し、より有効な温暖化緩和策へ貢献することが期待されます。

なお、本研究はJSPS科研費JP16K00530の助成を受けた基盤的な研究に基づいており、文部科学省 統合的気候モデル高度化研究プログラム(※4)・領域テーマB「炭素循環・気候感度・ティッピング・エレメント等の解明」の研究の一環として実施されたものです。本成果は、Scientific Reportsに5月9日付け(日本時間)で掲載されました。

タイトル:Radiative forcing by light-absorbing aerosols of pyrogenetic iron oxides
著者名:Akinori Ito1, Guangxing Lin2, and Joyce E. Penner3
所属:1. 国立研究開発法人海洋研究開発機構、2. パシフィック・ノースウェスト国立研究所、3.ミシガン大学

2.背景

酸化鉄粒子は、砂漠のような乾燥地域から大気中に巻き上げられることが知られています。そして、大気中の酸化鉄粒子は、太陽光を吸収し、大気を暖めることも知られています。しかし、製鉄工程や森林火災などから発生する酸化鉄粒子の大気中濃度については、これまで定量的な評価が十分になされていませんでした。さらに、放射強制力(※5)は、どの国のどのような発生源から大気汚染物質がどれだけ排出されているのかを示す目録(排出インベントリ)をもとに算出されますが、人為起源の黒色酸化鉄粒子は排出インベントリとして考慮に入れられていません。

そこで本研究では、全球大気化学輸送モデルと放射伝達モデルを用いて、燃焼発生源の酸化鉄粒子による放射強制力を算出しました。なお、本研究で高度化した鉄を含んだ全球大気化学輸送モデルは「21世紀気候変動予測革新プログラム」(平成19~23年度)および「気候変動リスク情報創生プログラム」(平成24~28年度)の成果を発展的に継承しながら機構で開発してきました。

3.成果

IPCCの第6次評価報告書で使用される排出インベントリをもとに、人為的な高温プロセスで生成した酸化鉄粒子の排出インベントリを作成しました。また、人為起源鉄は砂漠起源鉄に比べて、水に溶けやすく、粒径が小さいことが観測されています。したがって、人為起源の鉄を考慮せずにエアロゾル中の鉄濃度を算出すると、水に溶けやすく、粒径が小さいエアロゾル中の鉄濃度は観測値より桁違いに小さく見積もってしまいます。そのため、粒径2.5μm以下の微細粒子 (PM2.5) 中で高い鉄溶解率を示した観測データがエアロゾル中の人為起源鉄濃度を代表していると考えられます。本研究では、濃い黒色で表現された大気汚染の影響を強く受けたベンガル湾などで得られた観測データをかなり良く再現できました(図1)。そして、本数値モデル予測データに基づく大気放射計算から、全球対流圏にわたる人為起源の黒色酸化鉄粒子の放射強制力が算出されました。特に、東アジア上空における黒色酸化鉄による大気加熱率は、黒色炭素の10%程度であることを示しました(図2)。さらに、この黒色酸化鉄粒子が炭素性粒子に比べて、鉄鋼業が急速に発展してきている地域で顕著に大きい大気加熱効果をもつことを示唆しました。北京など中国沿岸部での大気汚染は良く知られていますが、ウルムチやウランバートルなど内陸部での大気汚染による影響が顕著に見られます。アルツハイマー病など健康被害と黒色酸化鉄の関連性が懸念されていることから、大気質改善の観点からも本研究で得られた知見は重要と言えます。

4.今後の展望

ここで得られた成果は、東アジア域での大気加熱には従来想定されていた黒色炭素性粒子とは主要な発生源が必ずしも一致しない黒色酸化鉄粒子が寄与しており、IPCCが採用している排出インベントリの更新が望まれることを示唆します。また、エアロゾルにより海洋へ供給される鉄は、食物連鎖を通して海洋生態系へ影響を与え、さらには都市大気中に存在する酸化鉄粒子は健康被害を及ぼしているとも指摘されています。そのため、気候影響だけでなく海洋生態系や健康被害の観点からも、人為起源の酸化鉄粒子の実態を解明することが重要であり、酸化鉄に対する排気浄化装置の適切な設置など、有効な対策を講じる必要があります。今後、統合的気候モデル高度化研究プログラムでは、作成した排出インベントリを用いて鉄循環を含めた物質循環を取り扱う地球システムモデルでより長期的な計算を行い、海洋生態系や気候へ与える影響を評価する計画です。

[用語解説]

※1 大気化学輸送モデル:大気中へ放出された化学物質が、風により運ばれる間に、化学反応により変質し、最終的には大気中から除去される過程を考慮する。大型計算機を用いることで、大気中の様々な物質の分布とそれらの相互作用の時間変化を計算することが可能になる。過去の物質分布の変動要因を説明するためだけでなく、さまざまな化学物質の放出規制が将来の大気環境およびその気候に及ぼす影響を評価するためなどにも利用される。

※2 放射伝達モデル:エアロゾルによる放射吸収・散乱過程を考慮し、大気中の様々な物質による放射強制力の分布とその時間変化を計算する数値モデル。過去の温暖化への寄与を説明するためだけでなく、さまざまな化学物質の放出規制が将来の気候に及ぼす影響を評価するためなどにも利用される。

※3 黒色酸化鉄:生活の中で使われている磁石(マグネット)の一つとして磁鉄鉱(マグネタイト)がある。マグネタイトは、化石燃料の燃焼や森林火災時に、黒色の微細粒子(エアロゾル)として大気中へ放出される。こうして放出された黒色酸化鉄粒子は、太陽光を吸収することにより大気の加熱をもたらす。

※4 統合的気候モデル高度化研究プログラム:気候変動研究の更なる推進とその成果の社会実装に取り組むべく、「気候変動リスク情報創生プログラム」(平成24~28年度)の成果を発展的に継承しながら、4つの研究領域テーマを連携させた統合的な研究体制を構築し、気候変動メカニズムの解明、気候変動予測モデルの高度化や気候変動がもたらすハザードの研究等に取り組み、高度化させた気候変動予測データセットの整備に挑む。

※5 放射強制力:IPCCの報告書などで用いられる、二酸化炭素やエアロゾルなどが大気を暖めたり冷やしたりする効果の指標。

図1

図1. 酸化鉄粒子濃度のモデル計算値と観測値の比較 (μg m–3)。
黒色は粒径2.5μm以下の微細粒子 (PM2.5) 、赤色は粒径2.5μm以上を含む微細粒子 (total PM) を表す。三角は韓国 (Duvallら 2008)、四角は東シナ海 (Hsuら 2010)、そして丸はベンガル湾 (Kumarら2010) で得られた観測データを示す。色の濃淡は鉄溶解率を表す。

図2

図2. 黒色炭素性粒子に比べて、人為起源の黒色酸化鉄粒子が大気を加熱する効果 (%)。

参考文献

Duvall, R. M., Majestic, B. J., Shafer, M. M., Chuang, P. Y., Simoneit, B. R. T., & Schauer J. J. The water-soluble fraction of carbon, sulfur, and crustal elements in Asian aerosols and Asian soils. Atmos. Environ. 42, 5872−5884, (2008).

Hsu, S.-C. et al. Sources, solubility, and dry deposition of aerosol trace elements over the East China Sea. Mar. Chem. 120, 116–127 (2010).

Kumar, A., Sarin, M. M. & Srinivas B. Aerosol iron solubility over Bay of Bengal: Role of anthropogenic sources and chemical processing. Mar. Chem. 121, 167–175 (2010).