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平成15年度海洋科学技術センター委託
海洋調査観測活動に伴う海洋環境に対する影響調査報告書
―海中音響の海産哺乳動物への影響に関する研究動向―

7.サハリン石油天然ガス開発におけるコククジラ保護計画

7−1.概要

サハリン大陸棚で石油及び天然ガス開発が進められている。サハリンT、U、と呼ばれるものであるが、特にサハリンUの開発活動が行われている同島沖合の大陸棚は、太平洋西部に生息するコククジラの回遊域でもあるため、その保護計画が実施されている。

ここで紹介するのは、2003年10月付けで公表されているサハリン・エネジー投資会社(SEIC:Sakhalin Energy Investment Company Ltd、ユジノサハリンスク)によって作成された保護計画の文書である。ちなみにサハリンUのオペレータであるSEIC社は、シェル(55%)、三井物産(25%)、三菱商事(20%)の出資によって設立されており、その開発海域は、図7−1に示すとおりである。

タイトルは、「Western Gray Whale Protection Programme:a Framework for Mitigation and Monitoring related to Sakhalin Energy Oil and Gas Operations, Sakhalin Island, Russia」(Document1000-s-90-04-p-0048-00) で、全3部10章に付属書を含む、全54ページのものである。以下に、要点を紹介する。(表紙および目次コピーは「付属資料−6」を参照。)

なお、この文書は保護計画として同社がどのように取り組んでいるかを示すものであって、保護計画それ自体の詳細な技術的内容は2003年5月に同じく同社によってまとめられている環境影響報告書(EIA:Environmental Impact Assessment)に述べられているという。

7−2.コククジラ保護計画(WGWPP)

(1)背景および環境対策の経緯

西部太平洋に生息するコククジラ(WGW:Western Gray Whale, 学名:Eschrichtius robustus)(以下、WGW)は、ロシア連邦のレッドデータブックにおいてカテゴリーT(絶滅危惧)種に指定されている。同種は、IUCN−World Conservation Unionでもきわめて絶滅危惧の高い種として最近、登録されなおした種であり、再生産可能な生息数は50頭以下と言われている。

現在知られていることころでは、WGWはサハリン島北東海岸が索餌域であるということである。サハリンエナジー社、Exxon-Neftgas LTD社(ENL)その他の財政的支援によるモニタリング調査によれば、最近では、同島北東海岸における生息数は100頭以上である。WGWは、長距離かつ季節的な回遊種で、毎年5月遅く、同海域で氷がなくなってから、サハリン島北東部に来遊し、11月遅くまで生息する。その回遊ルートはまだ未解明であるが、多くの研究者によれば、日本海から宗谷海峡を抜けてサハリン島沿いに北上し、同海域では沿岸部に滞在するものと考えられている。これまで、WGWはPiltun湾の比較的浅い(−20m)海域で索餌し、集団的に密集するというより海岸沿いに散らばって行動すると考えられてきた。しかし、2001-2002年にサハリンナジー社とENL社が財政支援をした調査によれば、WGWのグループがChayvo湾の南東部、水深35-40mの海域でも索餌していることが観察されている

図7−1 サハリン大陸棚開発のサハリンU区域図

図7−1 サハリン大陸棚開発のサハリンU区域図

サハリンエナジー社では、HSEMS(Health, Safety and Environment Management System)を定めているが、環境影響評価などの取り組みの経緯はおよそ次のようである。

  • FSレベルのEIA(1992)
  • PhaseT開発段階をカバーするEIA(1997)
  • 公聴会のための予備的EIA(2001)
  • ロシア認可手続き(2002)向けに準備されたプロジェクト施設それぞれの詳細なEIA
  • 同要約版EIA(2002)
  • 国際基準にもとづくEIA(2003)
  • Lunskoye海域における2003年の地震探鉱に関するEIA(2003)

このほか、同社では、次のようなWGWのモニタリング計画も実施中である。

  • −WGWの分布調査(航空機および船舶による)
  • −挙動調査
  • −WGWの写真による固体識別調査
  • −WGWの餌生物の構成と分布調査
  • −周辺音および産業活動起因の水中音の音響的計測
(2)WGWPPの概要

2003年のWGWPPとしては、まず、Sensitivity Zoneの海域と時期の設定があげられる。その海域図は、図7−2に示すとおりである。そこでの影響については次表のように評価されている。

表7−1 潜在的影響の度合い
影響因子 予想される影響原因 関連活動頻度 影響緩和措置後の影響度
物理的錯綜および衝突の可能性 船舶航行 全期間 Moderate
水中音 船舶
航空機(ヘリ/固定翼機)
エアガン
通常プラットフォーム作業(含む掘削騒音)
プラットフォームメンテナンス活動
全期間
全期間


Moderate
Moderate
Moderate
Minor
Minor
流出油事故 流出油(危険性は少ない) Moderate

ここでいう影響度のレベルは次の5段階におけるものである。

  • Major Impact  ・・・・・生息数の減少や分布の変化をきたすもの。緩和措置が必須。
  • Moderate Impact ・・・・・一部に若干の影響が出るが生息数減少の危険性はない。
  • Minor Impact  ・・・・・影響がみられたとしてもその度合いが緩和措置の有無にかかわらず極めて低い。
  • Negligible Impact・・・・・影響といっても自然界の現象との区別が出来ないようなもの。
  • No Impact   ・・・・・影響なし。

このSensitivity Zoneは3つに区分されている。その位置を、図4−2で示す。

  • Zone 1 High Sensitivity  ・・・・・索餌域でその周辺の5km緩衝帯を含む
  • Zone 2 Moderate Sensitivity・・・・・Zone1の周辺少なくとも10kmおよび回遊および通過回廊
  • Zone 3 Low Sensitivity   ・・・・・サハリン島の海岸から約56km(30海里)の東南海岸の全てで、WGWが不在であるか、回遊および通過回廊とは認められない海域

またモニタリング計画の概要は次のとおりである。

  • −航空機、船舶、陸上基地からの調査による分布および生息数調査
  • −各種の開発活動期間中におけるWGWの挙動調査
  • −写真による固体識別と生息数規模、繁殖活動、衰弱あるいは痩せたクジラの評価
  • −WGWの索餌域における捕食生物として知られている無脊椎動物のサンプル調査とWGWの餌生物の調査
  • −海洋構造物週辺(例:Vityaz Complex)およびWGWの索餌海域(Piltun coast)における音響環境調査

これによって、Major Impactがあると認められた場合には、影響緩和措置が講じられない限りは操業を行わないし、Moderateと認められる場合でもその影響が十分に合理的なほど低いレベル(ALARP:As Low As Reasonably Practical)に低減させるためにあらゆる措置を講じる、としている。

2003年以降も 2010年までWGWに関するデータの収集が行われることになっている。

なお、WGWPPの影響評価の総括表を、表7−2に示す

図7−2 2003年度のSensitivity Zoneの位置図

図7−2 2003年度のSensitivity Zoneの位置図

図7−2 WGWPP影響評価の総括表

図7−2 WGWPP影響評価の総括表