JAMSTEC
平成9年7月23日
海洋科学技術センター

海の中の小宇宙
- 中・深層域で新種生物発見 -


 科学技術の急速な発達により、人類は火星にまで地球からコントロールできるロボットを送り込んでいます。しかし、現在でも、地球上には殆ど知られていない世界があります。それは深海です。現在、深海を観察するための潜水調査船や無人探査機は、日本に4隻、世界的にみても十数隻しかありませんが、フル稼働しています。しかし、これまでに行われた深海の観察は海底域が中心で、全海洋の90%以上を占める中・深層域の観察は極めてわずかです。

 近年、中・深層域に生息する生物は、「食う- 食われる」の関係や自らの鉛直移動を通して、海洋表層と深海底の間の物質輸送に密接に係わっていることが少しづつ知られるようになってきました。また、海洋調査船からネットやカメラ等を吊り降ろす調査が繰り返され、中・深層に非常に多様な、且つ、膨大な量の生物が生息していることが少しづつ明かになってきましたが、分からないことだらけです。深海は、海の中の小宇宙なのです。

 現在、中・深層生物の研究は、米国のモンテレー湾水族館研究所とハーバーブランチ海洋研究所が中心になって進めていますが、海洋科学技術センターも、潜水調査船「しんかい2000」、「しんかい6500」や無人探査機「ドルフィン3K」による中・深層生物研究に着手しました。そして、平成9年5月から6月にかけて相模湾(水深1200m)、日本海溝(水深6500m)および小笠原水曜海山(1400m)海域で調査を実施しました。その結果、新種と思われる多くの生物を観察し、その生態ビデオ映像として記録しました。また、特別な採集装置を用い、海上からのネットによる採集では壊れてしまうような新種生物の採集に成功しました。これらの調査を通じて、日本周辺の中・深層にも想像以上に多量な、且つ、多様な生物が生息していることが明かになってきました。これらは、深海を自在に移動することができる潜水調査船や無人探査機でしか成し得ない成果なのです。

 中・深層の生物研究に潜水調査船や無人探査機を用いることにより、従来、全く知られていなかった生物やそれらの生態が次々に明かにされています。このような研究の積み重ねが、地球温暖化を引き起こす二酸化炭素のミッシングリンクの解明のために極めて重要なのです。


      問い合わせ先:海洋科学技術センター 0468-67-5502
        深海研究部 James C. Hunt (ハント)・ Dhugal J. Lindsay (リンズィー)・ 橋本 惇
        総務部普及・広報室長 喜多河 康二


写真説明


    ムラサキカムリクラゲ類。このクラゲは世界の中・深層域に分布しています。外傘についている触手のほかに一本の非常に長い触手を引きながら泳いでいます。この現象はアメリカのモンテレー湾でも確認されています。相模湾の中層620mで今年の5月30日に「ドルフィン3K 」の潜航で観察されました。


    ヤドリクラゲ類。このクラゲは意外と小型で外傘は五百円玉より一回り大きいぐらいです。傘の形が河童の頭に似ていることから我々はカッパクラゲと呼んでいます。相模湾の中層500-1400mで今年の5月21日に「しんかい2000」の潜航で観察されました。


    クダクラゲ類。この動物の長さは5メートルもありました。深海の流し刺し網のように触手を垂らしてプランクトンなどを引っかけていました。相模湾の中層500-1400mで今年の6月28日に「ドルフィン3K」の潜航で観察されました。


    クダクラゲ類。この動物は個別の生物が集まり、協力しあって作っている群体です。その群体の中の何個体かは泳ぐための、何個体かは餌を捕まえるための、何個体かは生殖のための、何個体かは群体全体を防御するための専門家で、自分の得意な役割を担って生きています。相模湾の深層1225mで今年の5月28日に「ドルフィン3K」の潜航で観察されました。


    クシクラゲ類。このクシクラゲは2本の長い触手を広げて餌を捕まえようとしています。中層生物の体色は透明なほかに黒か赤が多いです。相模湾の中層790mで今年の5月21日に「しんかい2000」の潜航で観察されました。


    多毛類の新種。この動物は釣りの餌によく用いられるゴカイの親戚です。ガラス管のような脚で水を漕ぎながら踊るように進みます。日本海溝の深海約6500mで今年の6月3日に「しんかい6500」の潜航で海洋科学技術センターのジェイムズ・ハント博士によって発見されました。


    アカイカ類。このイカは体が筋肉質で非常に活発な捕食者です。小さな動物を食腕で捕まえ、イカトンビとも言う嘴で噛みちぎります。相模湾の中層450mで今年の5月21日に「しんかい2000」の潜航で観察されました。


    サメハダホウズキイカ類。このイカはクラゲと同じように透明な体をしています。体内の塩化アンモニウムの量を調節することによって自分の比重を適切な値に変え、鰭を動かさずに静かに浮くことができます。小笠原諸島の水曜海山600-1400mで今年の6月9日に「しんかい2000」の潜航で観察されました。