地球温暖化に伴う降水量変化のメカニズムを解明
− 水蒸気の増加により、多くの地域で豪雨強度が増加 −

(環境省記者クラブ・文部科学記者会・科学記者会・筑波学園都市記者会同時発表)  
平成17年8月29日
独立行政法人国立環境研究所
 大気物理研究室長 江守 正多 (029-850-2724)
 (地球温暖化研究プロジェクト 併任)
 (独立行政法人海洋研究開発機構
   地球環境フロンティア研究センター
   グループリーダー 兼任)


要旨
独立行政法人国立環境研究所の江守正多室長(独立行政法人海洋研究開発機構地球環境フロンティア研究センターグループリーダー兼任)は、英国気象局ハドレーセンターとの共同研究により、複数の気候モデルによる温暖化予測計算の結果を新たに開発した手法により解析し、地球温暖化に伴う年平均降水量及び豪雨強度の変化メカニズムと変化の地域的な分布を明らかにした。この解析では、地球上の各点で、温暖化による年平均降水量の変化および豪雨強度(年間第4位の日降水量)の変化を、それぞれ(1)温暖化により大気中の水蒸気が増えることによる効果と(2)温暖化により大気の循環が変化することによる効果の2つに分離した。この結果、主に(1)の水蒸気の効果の違いにより、豪雨強度は、年平均降水量と比較して、より広範な地域で顕著に増加することが示された。今後の解析により、水害および水資源への影響についてさらなる知見が得られることが期待される。
  なお、本研究は環境省の「地球環境研究総合推進費」および文部科学省の「人・自然・地球共生プロジェクト」により実施された。モデル計算の一部は地球シミュレータを用いて行われた。この研究結果は、アメリカ地球物理学速報誌「Geophysical Research Letters」に近日中に掲載される。


1.  背景
   地球温暖化により、地球上の各地域で降水量がどのように変化するかは、水害ならびに水資源への影響の観点から極めて重要である。特に、水害の観点からは、年平均降水量よりも、1日程度で起こる極端に強い降水量(以下では豪雨強度と呼ぶ)の変化が重要である。従来の研究により、地球平均では、温暖化に伴い年平均降水量が増加すること、豪雨強度は年平均降水量よりも大きな割合で増加することが予測されていた。しかし、その地域的な分布については明らかにされていなかった。すなわち、豪雨強度が年平均降水量に比べて特に大きな割合で増加するのは地球上のどの地域か、またそれはどのようなメカニズムで決まるのか、といったことが今まで明らかでなかった。



2.  研究方法
   IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第4次報告書に向けて世界各国で開発された最新のモデルを含む、6つの気候モデルの結果を解析した。この中には地球シミュレータを用いて行われた世界最高解像度の大気海洋結合気候モデル(K-1モデル)の結果も含まれる。全てのモデルの結果は地域的な分布が互いによく整合していたため、全てのモデルの結果を平均したものを解析に用いた。20世紀終盤の条件を与えた気候再現計算(1981〜2000年)と21世紀終盤の予測計算(2081〜2100年)の結果を比較した。予測計算には、将来の世界が経済重視で国際化が進むと仮定したシナリオ「A1B」(2100年の二酸化炭素濃度が720ppm)を用いた。
 温暖化に伴う降水量の変化は、2つの効果に分けて考えることができる。(1)温暖化が進むと大気中に含まれる水蒸気の量が増加するので、例えば同じ強さの低気圧が通過しても、温暖化時には現在よりも多量の水蒸気が集められ、多量の降水がもたらされると考えられる。(2)一方、温暖化により大気の循環が変化して、例えば低気圧の強さや通過する頻度が変化し、それによって降水量が変化することも考えられる。今回、新たに開発した解析手法により、温暖化に伴う降水量の変化を、(1)の「大気中の水蒸気が増えることによる効果」と(2)の「大気の循環が変化することによる効果」の2つに分離した。この分離を、地球上の各点について、年平均降水量および豪雨強度(年間第4位の日降水量)のそれぞれについて行った。



3.  結果
   温暖化に伴う年平均降水量の変化の地域的分布は、従来の予測と同様に、中高緯度と熱帯の一部で増加、亜熱帯を中心に減少という結果となった(図1a)。一方、豪雨強度の変化は、大まかには年平均降水量の変化と似ているが、いくつかの地域で、年平均降水量と比較して顕著に大きな増加率を示した(図2a)。その地域とは、陸上では、英国と地中海周辺のヨーロッパ、北米大陸の中部から南部、中国南部とインドシナ半島、南米のアマゾンなどである。
 温暖化に伴う変化を2つの効果に分離した結果を見ると、「大気の循環が変化することによる効果」は、年平均降水量と豪雨強度とでよく似ており、赤道太平洋で増加、亜熱帯で減少をもたらす分布となった(図1b, 2b)。一方、「大気中の水蒸気が増えることによる効果」は、豪雨強度についてはほぼ地球全域で顕著な増加となるが(図2c)、年平均降水量については弱い増加もしくは減少を示す地域が亜熱帯を中心に見られた(図1c)。すなわち、豪雨強度は、温暖化により水蒸気が増えると地球のどこででも増えようとするが、年平均降水量は、水蒸気が増えたからといって必ずしも増えない地域がある。このことが、先に述べた一部の地域で、年平均降水量と比較して顕著に大きい豪雨強度の増加率をもたらすことが分かった。
 今回の結果によれば、日本においても、年平均降水量の増加(10%)と比較して豪雨強度の増加率が大きいが(18%)、日本の場合には大気の循環の変化の効果等も関係している。



4.  本研究の意義と今後の展開
   複数のモデルで整合的な結果を得たことと、メカニズムを明らかにしたことにより、温暖化に伴う降水量変化について、従来と比較して、より信頼性の高い予測結果を得たと考えられる。今後、この結果を基に、水害および水資源の具体的な影響予測へ繋げていきたい。特に、年平均降水量が微増で、豪雨強度が顕著に増加するような地域では、温暖化に伴う蒸発量の増加を併せて考慮すると、渇水と水害のリスクが同時に高まることが懸念される。


(左) 図1 年平均降水量の変化率。シナリオ「A1B」の2081〜2100年の平均値から、1981〜2000年の平均値を引き、1981〜2000年の平均値で割ったもの。(a) 全変化、(b)大気循環の変化による効果、および(c)大気中水蒸気量の増加による効果。灰色は、今回用いた解析手法では効果の分離がうまく行えない領域。
(右) 図2 図1と同様で、豪雨強度(年間第4位の日降水量)の変化率。



問い合わせ:
独立行政法人国立環境研究所
  企画・報道室研究企画官 田邉 仁
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独立行政法人海洋研究開発機構
  地球環境フロンティア研究センター研究推進室長 増田勝彦
Tel:045-778-5746 Fax:045-778-5497 URL: http://www.jamstec.go.jp/frcgc/jp/
経営企画室報道室長 大嶋真司
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