平成18年10月16日
独立行政法人海洋研究開発機構

インド洋のダイポールモード現象の予測に世界で初めて成功
〜洪水や旱魃などによる社会的損失の軽減へ 大きく前進〜

1:概要
   海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)の地球環境フロンティア研究センター気候変動予測研究プログラムでは、地球規模で異常気象を引き起こすインド洋ダイポールモード現象(以下、IOD現象)(※1)を1999年に世界に先駆けて発見し、その発生メカニズムを解明するとともに、2005年より地球シミュレータを用いて予測に向けた実験を推進して来ました。
    この度、山形俊男プログラムディレクター(東京大学兼任)が率いる研究グループ(佐久間弘文グループリーダー、Swadhin K. Behera サブリーダー、Jing-Jia Luo 及び Sebastien Masson研究員(現LODYC、パリ大学)ら)は、ヨーロッパの共同研究グループと共に開発した先端的大気・海洋結合モデル(以下、SINTEX-F1)を用いて、今秋のIOD現象を昨年11月の時点において予測する事に世界で最初に成功しました。(※2
    今後は、整備の遅れているインド洋の現場観測網を充実させ、予測に用いる初期データの精度を向上させるとともに、モデルの改良を重ねることで予測精度を高めてゆきたいと考えています。また、予測情報ネットワークを整備することで、世界的な規模で被害の軽減に役立つことが期待されます。
    今回の成果の一部は、米国気象学会の研究誌 Journal of Climateに掲載される予定です。

2:背景
    IOD現象は1999年の発見後、世界各国において多くの研究がなされ、太平洋のエルニーニョ現象と同様に世界各地に旱魃、豪雨、猛暑、台風やサイクロンの異常発生など、様々な異常気象を引き起こす事が明らかになっています。したがって、その発生を事前に予測することが科学技術面だけでなく、社会経済的にも待望されてきました。今回のIOD現象の予測の成功は、それに伴う大きな社会的損失を軽減する上で、大きく前進したと言えます。
    IOD現象の予測は、季節内振動と呼ばれる活発な現象があること及び、インド洋における海洋観測データの圧倒的な不足の為に、非常に困難でした。例えば、エルニーニョ現象については、米国の海洋大気庁と日本の当機構が共同で熱帯太平洋に約70台の係留ブイを設置し、その予測に向けた大気海洋データをリアルタイムで取得しているのに対し、IOD現象については、インド洋に係留ブイが8台稼動しているに過ぎません。

3:成果
    本研究グループは、2000年にIOD現象のモデル再現実験に世界で初めて成功した後、過去の事象の再現予測実験を数多く行ない、予測可能性の研究を深めて来ました。IOD現象の発生予測には現場データが不可欠ですが、インド洋の観測は極めて不完全な状況にあります。そこで、本研究グループでは、利用可能な衛星観測を中心とした大気海洋データを用いて2005年の早い段階から、結合モデルSINTEX-F1による予測実験を開始しました。予測実験は2005年11月の時点で、2006年の秋にはIOD現象が発生する事を予測していました(図1)。また、本年7月に行った予測実験でも9〜11月にIOD現象が発生するとの結果が得られました(図2)。
    一方、最近の衛星による観測では、スマトラ島西岸沖における強い海水の湧昇による海面水温や海面水位の低下をはっきりと捕らえ(図3)、強い降雨を伴う背の高い対流活動が通常より西方に移動している事を明瞭に示しました。これはIOD現象の典型的な特徴で、本研究グループの予測が的中したことが明らかになりました。
    現在、IOD現象の影響で、熱帯インド洋東部では下降気流により乾燥し、熱帯インド洋中央部から西部は上昇気流が強化されて高温湿潤傾向になっています。IOD現象が最盛期になる10〜11月にはケニアなど熱帯域の東アフリカ諸国で洪水が起きる可能性があり、インドネシア、オーストラリア西部の旱魃はいっそう深刻化することが予想されます。また、日本へのIOD現象の影響は、とりわけ夏に強く現れる事が分かっており、今夏の場合、西日本での猛暑の一因でもあると考えられます。
    今回のこの予測実験の成功は、結合モデルによる短期気候変動予測研究を著しく進展させるものです。

4:今後の展望
    今後はIOD現象とその世界各地への影響の予測精度向上を目指して、モデルによる予測技術の高度化(結合モデルの高解像度化、データ同化手法の高度化、および予測実験の条件の組合せ数を増やすことを計画しています。また、予測に用いる初期条件を高度化するには、インド洋におけるリアルタイム観測ネットワークの整備も並行して進める必要があります。そのほか、予測実験の成果を減災や社会経済活動に応用する研究も推進する予定です。

お問い合わせ先:
(本発表文について)
地球環境フロンティア研究センター
気候変動予測研究プログラム プログラムディレクター
   山形 俊男  電話:03-5841-4297 もしくは 03-5800-6942
(グループリーダー 佐久間 弘文 電話:045-778-5591)
研究推進室長  増田 勝彦  電話:045-778-5670
(報道について)
経営企画室 報道室長  大嶋真司
電話:046-867-9193、FAX:046-867-9199

1:インド洋ダイポールモード(IOD)現象: 1999年に地球フロンテイア研究センターの山形プログラムデイレクターとSaji研究員(現在、 APEC気候センター(釜山) 主任研究員)らがインド洋での現象を発見し、ネーチャー誌に発表したもので、太平洋熱帯域のエルニーニョ現象とよく似た現象である。インド洋東部(ジャワ島沖)で海水温が下がり、反対にインド洋中央部から西部(ケニア沖)で海水温が上昇する。この海洋の変動に対応して赤道上の東風が強化される。このダイポールモード現象は普通5〜6月に発生し、10月ごろに最盛期になり、12月には減衰する。この現象はインドネシアやオーストラリア西部に旱魃をもたらす一方で、ケニアなどの東アフリカ諸国には洪水をもたらすことが明らかになっている。また夏のモンスーンに大きな影響を及ぼし、インド北部からインドシナ半島、中国南部に大雨をもたらすとともに、極東アジア、わが国では西日本から沖縄周辺に猛暑をもたらすことが明らかになっている。ヨーロッパ地中海諸国の猛暑とも関係が深いという研究結果も報告されている。
2:過去の事例の再現実験(ヒンドカースト実験)では、平均的な予測可能性は4ヶ月程度である。