プレスリリース


プレスリリース

2008年08月28日
独立行政法人海洋研究開発機構

地球シミュレータを使って地球磁場生成の新しいメカニズムを発見

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤 康宏)地球シミュレータセンターの陰山 聡グループリーダー、宮腰 剛広研究員、佐藤 哲也特任上席研究員は、地球シミュレータを使った大規模な計算機シミュレーションとバーチャルリアリティ技術を使った先進的可視化によって、これまでのシミュレーションでは表現できなかった地球磁場の新しい生成機構を見い出すことに成功しました。

今回、表現に成功した地球外核中の磁場は、地球の自転軸方向に伸びたカーテンのように薄いシート状の対流構造により生成されるものです(図1)。このシート状の流れにより、磁力線がまっすぐに引き伸ばされることで磁場が生成され、同時にその磁力線の周囲にらせん状の電流が流れることが見い出されました(図2図3)。

本研究の成果は、地球磁場の解明に向けた一歩であるとともに、地球科学分野の大規模シミュレーション技術の高度化に寄与するものです。

この成果は8月28日付の英国科学雑誌ネイチャーに掲載されます。

タイトル:Formation of current coils in geodynamo simulations
著者名:陰山 聡、宮腰 剛広、佐藤 哲也

なお、本研究は三菱財団助成金及び科学研究費補助金の助成を受けております。

2.背景

地球の中心部分、コアと呼ばれる領域は、鉄でできており、10億アンペアもの電流が流れています。地球の内部は高温なので、コアの外側部分(外核)は完全に融けて液体状態になっています。冷たい宇宙空間に浮かぶ地球は常に冷えていくので(地球内部に比べ地球表面は低温なので)、この液体鉄はいわゆる対流運動(※1)を起こしています。

液体金属も含め、一般に電気伝導体が磁場中で動くと電磁誘導と呼ばれる発電効果が働きます。つまり、地球は巨大な発電機(ダイナモ)と見なすことができます。このことから、地球外核の液体鉄による発電作用は地球ダイナモと呼ばれます。

地球ダイナモの詳しいメカニズムはこれまでわかっておらず、現在でも完全な解明には至っていませんが、スーパーコンピュータの進歩により、大規模で高い解像度を持つ計算機シミュレーションを行うことができるようになり、現実の地球外核に近い地球ダイナモ現象を計算機の中で再現することが可能となってきました。ただし、粘性率の低いものの対流をシミュレーションするためには、高い解像度を持つ計算機が必要で、粘性率の低い地球外核は、これまでより正確な対流の表現ができていませんでした。

3.研究方法の概要

地球シミュレータの512ノード(4,096個のプロセッサ)を用い、これまでで最も高い解像度を持つ地球ダイナモシミュレーションを行いました。このような大規模な並列計算が可能となったのは、独自に考案した「インヤン格子」(※2)と呼ばれる新しい計算格子を使っているためです。高い解像度の計算が可能になったことで、これまでのシミュレーションよりも、より現実の地球外核に近い地球ダイナモシミュレーションが可能となりました。

このシミュレーションでは出力される数値データが非常に膨大(数十ギガバイトから数テラバイト)であり、しかも解析すべきベクトル場が4種類(流れ場、渦度場、磁場、電流場(※3))もあることから、3次元ベクトル場の空間的な構造と、お互いの関係を正確に把握する必要がありました。

このことから、陰山グループリーダーらが開発したバーチャルリアリティ可視化ソフトウェアVFIVE(※4)を用い、3次元的な可視化を行いました(図4)。

4.結果の概要

上記の結果、これまでのシミュレーションでは見られなかった新しい流れ構造と電流構造が発見されました。

通常、地球の外核のように回転する(地球は自転しているため、外核も同じ速さで回転する)システムでは、熱対流はたくさんの円柱状の渦の集まりになると考えられています。実際、従来の解像度のシミュレーションでは、外核中の対流運動は円柱状になることが確認されていました。

ところが、今回の高解像度シミュレーション結果では、外核の対流構造が大幅に変化し、薄いシート状になりました(図1)。このシート状の対流構造は、これまで、金沢大学の隅田准教授による水を使った対流実験により示されていましたが、計算機シミュレーションでは再現されておらず、今回初めて再現されたことになります。

そして、このシート状の対流構造は非常に効果的な発電(ダイナモ)作用を持ち、外核内に多くの電流を生み出していることが確認されました。その電流は、理科の実験で使うようならせん型コイルのように流れる特徴的な構造を持っています(図2図3)。これは、これまで実験的にも理論的にも予想されていなかった構造です。そして、このらせん型の電流の中心部において、まっすぐに伸びた磁場が作られていることがわかりました。つまり、外核がシート状に対流することで磁力線を引き伸ばし、まっすぐに伸びた磁場を作り出すという、これまで知られていたものとは違うダイナモ機構が再現されたのです。

5.今後の展望と課題

ハトやサメなど一部の生物は体内に小さな磁石を持ち、地球磁場を使って方位を感じています。また、地球磁場は宇宙空間から降り注ぐ太陽風や宇宙線(宇宙空間を飛び交う高エネルギーの荷電粒子)から地球を守る防護壁の役割を果たしています。このように、地球磁場は様々な局面で我々の生活にとって重要な役割を果たしています。

残念ながら、地球の外核内の流れや電流の構造を地上から直接観測する手段は存在しません。従って、今回発見されたダイナモ機構やシート状の対流構造、そしてらせん型の電流構造が、我々の足下の地球外核に存在するかどうかを直接観測することはできませんが、今回の発見は、地球磁場の謎の解明に向けた地球科学の基礎研究としての重要な一歩であると言えます。

本研究のような地球シミュレータを使った地球科学分野の大規模シミュレーションは地磁気分野にとどまらず、各種地球科学分野の大規模シミュレーションに寄与するものです。

今後はさらにデータの解析と考察を深め、シミュレーション結果と地球磁場の観測データとを結びつけるヒントを探りたいと考えています。

※1 対流運動
重力中に置かれた流体の下の方を暖め、上の方の流体を冷やすときに見られる現象で、熱と重力の作用により流体が自然に流れを作る現象。身近なところでは、鍋の味噌汁や風呂のお湯で見ることができる。

※2 インヤン格子
球を合同な二つの部分(「イン」と「ヤン」)に分け、それらを別々に計算し、相補的に組み合わせることで球全体を解くという格子系。野球の硬球が二つの合同な布を組み合わせて作られているのと似ている。インヤン格子を使った地球ダイナモシミュレーションコードは、その年にスーパーコンピュータで最も高い演算速度を記録したアプリケーションプログラムに与えられるゴードン・ベル賞を2004年に受賞しており、インヤン格子の計算性能は高く評価されている。

※3 流れ場 渦度場、磁場、電流場
外核中の電磁誘導作用は、外核の液体鉄の流れ場が磁場と相互作用することで、電流が生まれる作用である。外核のように強い回転のある系では、流れ場そのものよりも、流れ場の局所的な回転成分である渦度場を解析する方がわかりやすいことが分かっている。このように、地球ダイナモの理解には、流れ場、渦度場、磁場、電流場の4つのベクトル場の解析が必要である。

※4 VFIVE
Vector Fields Interactive Visualization Environmentの略。
CAVE型バーチャルリアリティ(VR)装置(直接装置の中に入って、任意の方向からVR像を操作することができる没入型の装置)用の対話的3次元データ可視化ソフトウェア。陰山グループリーダーと、当機構の大野暢亮研究員が開発した。CAVE装置の持つ高い没入感と現実感を複雑な3次元ベクトル場の解析に生かすようデザインされている。そのソースコードは当機構のウェブサイトからダウンロードでき、既に複数の大学・研究機関のCAVE装置にインストールされている。

図1:地球外核中のシート状対流構造。赤道面(横に切った断面)と子午面(縦に切った半透明の断面)上の渦度を色で示している。子午面上の分布から渦度場(あるいは流れ場)は地球の自転軸方向にほぼ均一な分布をもっていることがわかる。一方、赤道面上では、渦度場(あるいは流れ場)が細長い構造をもっていることがわかる。このようなシート状の流れ構造は水を使った実験では確認されていたが、計算機シミュレーションで再現されたのはこれが初めてである。この図は当機構の大野暢亮研究員が開発したインヤン格子上のデータ可視化ソフトウェア(Yin-Yang MovieMaker)を使って描いたものである。

図2:外核の対流がシート状になることで、非常に効果的なダイナモ(発電)効果をもち、その結果生成される電流はこの図に示したような特徴的ならせん構造をもつことが見いだされた。

図3:図2に見られる多くのらせん型電流の一部を拡大したもの。らせん型の電流構造(赤色は比較的電流の強いところを示し、黄色、緑色の順に電流が弱くなることを示している)とその中を貫く磁力線(水色)が表示されている。

図4:このシミュレーションの結果を解析では、CAVE型のバーチャルリアリティ(VR)装置を使うことで3次元的な可視化を可能とした。この図では、CAVE用可視化ソフトウェアVFIVEを使って磁場(ピンク色)と電流場(水色)を対話的・立体的に解析している様子のスナップショットである。この図に示されているトーラス状(ドーナツ状)の特徴的な電流構造はVR空間でデータを解析しているときに初めて発見された。注目する領域を自動的に拡大する機能や、磁力線をチューブ状に表示するVFIVEの機能は当機構の大野暢亮研究員が開発したものである。

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球シミュレータセンター 
計算地球科学研究開発プログラム グループリーダー
陰山 聡 電話:045-778-5856
地球シミュレータセンター 研究推進室長
中村 亘 電話:045-778-5751
(報道担当)
経営企画室 報道室長
村田 範之 電話:046-867-9193