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2009年6月2日
独立行政法人海洋研究開発機構
国立大学法人名古屋大学

産業革命以前の農業活動が気候変化に与えた影響を気候モデルで再現
-アジアの18−19世紀における農耕地拡大はアジアモンスーンによる降水量を大きく減少させた!-

1.
概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)地球環境変動領域全球水文気候過程研究チームの高田久美子主任研究員らの研究チームと国立大学法人名古屋大学地球水循環研究センターの安成哲三教授は、大気大循環モデルを用いた数値実験により、18世紀から19世紀にかけてインドや中国で森林面積が大幅に減少した結果、アジアモンスーンによる降水量が減少した可能性が高いことを世界で初めて明らかにしました。

また、森林から農耕地への変化に伴う地表面の反射率の増加と摩擦の減少によって、地表面の蒸発散量が減少、海洋域からの水蒸気輸送による水蒸気収束量が減少、すなわち大気への水蒸気量の供給が減少したことで、降水量の減少を引き起こした原因となったことも示しました。

これにより、人間活動による気候変化は、産業革命以降の温室効果ガス増加の以前に、アジアでの農耕活動の拡大により、すでに起こっていた可能性の高いことが明らかになりました。

本研究は、環境省地球環境研究総合推進費「人間活動によるアジアモンスーン変化の定量的評価と予測に関する研究」により進められました。

この成果は6月1日の週の米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA」に掲載されます。

タイトル Changes in the Asian monsoon climate during 1700-1850 induced by preindustrial cultivation
著者名 高田久美子、斉藤和之、安成哲三
2.
背景

二酸化炭素などの温室効果ガスの増加による気候変化の予測とその影響評価・対策は、IPCCにおける主要テーマですが、日本を含むアジアの気候変化予測で最も重要かつ緊急な課題は、アジアモンスーンとその降水量がどう変化するかという問題でした。

しかしながら、アジアモンスーン変動に関与する大気・海洋・陸面間のフィードバック過程に未解明の部分が多いことから、アジアモンスーンによる降水量の予測に関しては、確たる科学的根拠のある結果が得られているとはいえない状況でした。

特に、モンスーン活動を規定する重要な要因の一つである陸面について、これまでは人間活動による土地利用状況・陸面状態の変化がアジアモンスーンに及ぼした(あるいは及ぼしうる)影響は、限られた地域でかつ限られた要素についての研究が行われていることが多く、実際の歴史的な地表面変化を特徴的に捉えた研究はほとんどされていませんでした。

そこで、1700年前後から1850年前後までの百数十年の間に、アジアモンスーン地域のインド・中国における大規模な森林からの農耕地への変化(図1)がアジアモンスーン気候に与えた影響を調べるために、大気大循環モデルを用いた数値実験を行いました。

3.
研究方法の概要

大気大循環モデルを用いた数値実験では、1700年と1850年の(農耕地を含む)全球植生分布を与えて、各々1700年前後と1850年前後の平均的な気候を再現しました。それらの実験結果を比較することによって、耕地化の影響を調べました。なお、海面水温・海氷等の条件は現在の値を与えました。

4.
結果と考察

上記の結果、森林面積が大幅に減少した1850年前後のモンスーン域の夏季降水量は、1700年前後の降水量に比べ、インド亜大陸西部で30%程度、中国南東部で10数%程度減少した可能性を明らかにしました(図2)。
また、森林から農耕地への変化に伴う地表面の反射率の増加と地表面の摩擦の減少によって、地表面からの蒸発散量と大気中での海洋域からの水蒸気輸送による水蒸気収束量が減少して、降水量の減少を引き起こした原因となったことも示しました(図3図4)。

1700年前後から1850年前後は、アジアモンスーン地域における系統的な降水量観測が開始される以前ですが、最近行われたヒマラヤでの氷河の氷コア分析によって「インド亜大陸西部でのモンスーンによる降水量が1700年代は1800年代より多かった」とした結果と矛盾しないものになっています。

また、この時期はヨーロッパの本格的な産業革命が開始される以前で、温室効果ガス増加や工業化に伴う広域大気汚染(エアロゾル増加)のグローバルな気候への影響はない時期であり、また、太陽活動や火山活動など、地球規模の長期的な気候変化を引き起こす自然的要因も特に示されていないことから、本研究で示された農耕地拡大に伴うアジアモンスーンの気候変化が、現実に、18世紀から19世紀にかけて起こった可能性は極めて高いといえます。

5.
今後の展望

アジアモンスーンは温室効果ガス増加だけでなく、土地利用、植生改変によっても大きく変化することが明らかになったことで、IPCCの温暖化予測の中で特に不確定性が大きいアジアモンスーンの水循環、降水量予測の部分に新しい知見を提供することが大いに期待されます。

ひいてはアジア諸国の温暖化対策への波及効果も期待でき、今後、温室効果ガス増加やエアロゾル増加に加え、森林破壊や砂漠化、巨大都市化などの土地利用変化も、水資源を含む気候変化へ大きく影響する要素として考慮すべきことを、今回の成果は示しています。

図1:1700年前後から1850年前後の間に森林から農耕地に変化した地域(ハッチ域)と、本研究の1850年の実験で再現された夏季の対流圏下層(850hPa)のアジアモンスーン気流

インド亜大陸上(北緯25°以南)や中国東部(東経100°以東)で大規模に耕地化した。

一般的にアジアモンスーン気流は、インド洋西部を回り込んでアラビア海から西風となり、インド亜大陸〜ベンガル湾〜インドシナ半島を経て、南シナ海から南西風となって中国東部〜日本に至る。

図2:1700年前後から1850年前後の間に変化した降水量(mm/day)

インド亜大陸西部では9.4mm/dayあった夏季平均(6-8月)降水量に対して、2.6mm/day(約30%)の減少、中国南東部では9.1mm/dayあった夏季平均降水量に対して1.1mm/day(約10%)の減少となった。

図3:インド亜大陸西部(上図)と中国南東部(下図)での1700年の実験と1850年の実験の大気水収支項(mm/month)

大気水収支は風による水蒸気輸送、降水、地表面からの蒸発散量のバランスによって決まる。大気への水蒸気の供給(蒸発散量・水蒸気輸送による収束量)を正の値、大気からの水蒸気の除去(降水量)を負の値で示している。耕地化に伴う地表面の反射率の増大は蒸発散量を減少させる効果があり、表面粗度の減少は水蒸気収束量の減少を引き起こした。その結果、降水量が減少した。

図4:インド亜大陸上での水蒸気輸送、降水、地表面からの蒸発散量のメカニズム

水平の太い矢印(青色)は、モンスーンに伴う水蒸気輸送量(長いベクトルほど輸送量が大きい)、上向きの矢印(青色)は、水平輸送の変化に伴う水蒸気の収束量、上向きの細い矢印(白抜き)は地表面からの蒸発散による水蒸気供給量を示す。

水蒸気収束量と蒸発散量の合わさった水蒸気量が凝結して、降水量となる。

お問い合わせ先:

(本研究について)
独立行政法人海洋研究開発機構
地球環境変動領域 全球水文気候過程研究チーム
 主任研究員 高田久美子 TEL:045-778-5746

国立大学法人名古屋大学地球水循環研究センター
 教授 安成 哲三 TEL:052-789-3465
(報道担当)
独立行政法人海洋研究開発機構
経営企画室 報道室長 村田 範之 TEL:046-867-9193

国立大学法人名古屋大学
広報室 武内松二 TEL:052-789-2016