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2010年 6月 25日
独立行政法人海洋研究開発機構

北太平洋最深層部の水温上昇が南極海での気候変動現象と数十年規模でリンクしていることを海洋データ同化手法をもちいて実証

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)地球環境変動領域海洋環境変動研究プログラムの増田周平チームリーダーらと地球情報研究センターデータ統合・解析グループは連携して、北太平洋底層で観測された水温上昇は南極アデリー海岸沖における大気海洋間の熱交換の変化(海洋から大気への熱輸送の減少)に起因すること、しかもそれは、深層循環から見積もられる時間スケール(800年から1000年)よりもはるかに短い時間差(約40年)で出現することを初めて実証しました。この成果は、当機構と国立大学法人京都大学が共同で開発した「四次元変分法全球全層海洋データ同化システム」を用いることで得られたもので、海洋の貯熱量変化の実態を明らかにしただけではなく、気候変動予測や、さらには地球環境変動予測の不確実さを低減させる上でも極めて重要な意味を持っています。

この成果は6月24日号の米国科学振興協会発行のScience誌にオンライン掲載(Science Express)されます。

タイトル Simulated rapid warming of abyssal North Pacific waters
著者名 増田周平、淡路敏之、杉浦望実、J. P. Matthews、豊田隆寛、川合義美、土居知将、纐纈慎也、五十嵐弘道、勝又勝郎、内田 裕、河野 健、深澤理郎

2.背景

1985年と1999年に北太平洋の北緯47度に沿って高精度海洋観測が実施され、その結果から北太平洋の底層水が15年間でおよそ0.005℃昇温していたということが2004年に発見されました(図1)。その後、今世紀に入って大西洋・インド洋でも北太平洋と同規模の底層や深層での昇温が続々と確認されています。海洋は大気に比べおよそ1,000倍の熱容量があり、たとえ非常に小さい水温の変化といえども地球全体の熱の配分、さらには気候の変化に大きく影響します。したがって、地球環境変動を正しく理解する上でこれらの水温上昇は無視できない新たな要素として世界中の研究者から注目されています。しかしながら、海洋には時空間スケールの異なる多様な変動があり、スナップショットの観測結果を単純に集めただけでは、先見的な科学的展開は不可能です。さらに海洋最深部での高精度観測は極めて困難なためデータが少なく、底・深層での昇温の原因や気候変動との関係について、これまでに実際の観測データを考慮しない数値モデルによって概念的に示唆されていたものの、推測の域にとどまっていました。

3.研究方法の概要

北太平洋底層で発見された水温上昇がどのようにして起こったのかを調べるために、最先端の四次元変分法海洋データ同化システム(注1)を用いた感度解析シミュレーション実験(注2)を超並列大型計算機「地球シミュレータ」上で行いました。また、上記のシステムを全球全層に適用し、底・深層までの高精度観測データと海洋大循環モデルを融合して作成した海洋環境再現データ(注3)を解析することで、この水温上昇の実態と原因を調べました。

4.結果と考察

北太平洋(北緯47度、東経170度)における底層5500mでの水温上昇の解明に焦点を当てた感度解析シミュレーション実験を行い、底層の水温上昇を過去に遡ってたどった結果、水温上昇のシグナルは太平洋深層を時間軸逆方向に南進し、最終的には南極アデリー海岸沖の亜表層水の昇温にたどりつくこと(図2)、また到達時間は約40年であることがわかりました。さらに、時間軸順方向の海洋環境再現データも併せて解析した結果、この一連の水温上昇は、南極海で冷やされて太平洋に沈み込む海水量の減少に端を発した大洋規模の波動現象の発生に伴って深層循環が変動し、北太平洋底層の熱バランスが変化したことが原因であることを突き止めることに成功しました。言いかえれば、遠く離れた南極海での大気海洋間の熱交換の変化が、海水の炭素同位対比等からこれまでに推測されていた時間スケール(800年から1000年)よりもはるかに短時間で北太平洋底層の海洋環境に影響を及ぼすという、従来の常識を覆す新事実を明示したことになります。

5.今後の展望

広大で多様性豊かな海洋の理解とそれにもとづく予測は、観測結果を単純に集めただけでは難しいのが実状です。本研究は、最先端の「四次元変分法全球全層海洋データ同化システム」を超高性能の大型計算機「地球シミュレータ」で駆動し、20世紀の海洋物理環境を精緻に復元する海洋環境再現データを作成することにより、この困難を克服しました。

今回の成果は、海洋貯熱量の変化を正確に把握するための大きな手がかりになると同時に、当機構が京都大学と共同で開発したシステムが海洋研究にとって強力なツールであることを示しています。

これまで、100年スケールの現象を扱う気候変動研究においては、海洋深層での貯熱量変化にほとんど注意が払われていませんでした。しかし、本成果は、南極海と北太平洋底層が予想以上に短い時間スケールでリンクしており、海洋深層の考慮が必要であることを実証しました。また、海洋深層は全海洋への栄養塩補給に重要な役割を果たしていることから、地球全体の熱の配分や物質循環の理解の深化、ならびに持続可能な社会づくりに求められる海の総合的管理と信頼性の高い環境変動予測を実現させるには、海洋全層観測データの継続的獲得とそれらのデータを活用した包括的解析が行える同化手法の開発が重要になります。当機構では、海洋の高精度観測を推進する国際的枠組みをリードすると同時に、水温、塩分といった物理量だけではなく、化学成分、さらには生態系情報といった異種異分野のデータも統合可能な世界最先端のデータ同化システムの開発を推進中です。

一方、今回の成果からは、南極海での大気海洋間の熱交換の変化が現実に生じたことが示唆されており、これに伴う全球の気候変化の詳細な研究やモニタリングと一体化した長期予測も喫緊の課題です。当機構では、平成24年度に海洋地球研究船「みらい」による南極アデリー海岸沖観測を予定するとともに、南極海での運用を可能とするような係留観測ブイの開発も進めています。

注1 四次元変分法海洋データ同化システム

海洋で実際観測されたデータを最適化理論にしたがって取り込み(同化して)、数値モデル(海洋大循環モデル)結果を修正し改善する手法をデータ同化という。言いかえれば、時空間的に断片的にしか得られない海洋観測データを、海洋大循環モデルを用いて力学的な補間を行うことを意味している。本研究で用いた四次元変分法全球全層海洋データ同化システムとは、海面から深海底までの“全層”で利用可能な海洋観測データと全球海洋大循環モデルの双方の情報を、“変分”原理を用いて最適に融合し、力学的に整合性のある海洋環境場の時系列(“四次元”)を再現するものである。本システムのような深海までを含む全球規模でのシステムは世界でも類例がなく、多くの研究者から注目と期待を集めている。

注2 感度解析シミュレーション

数値モデル計算で再現される海洋(あるいは大気)の状態がどこのどのような物理場(例えば、水温場、塩分場、海面熱交換場)の変化に依存しているかを探索する逆解析数値技法の1種。本研究で用いた四次元変分法全層海洋データ同化システムでは、数値モデルの物理過程に従いながら時間軸を遡って変動の原因を追跡できるという機能を活かすことで包括的な探索が行える。このことにより海洋中の変動の原因や起源を効率よく調べることが可能である。

注3 海洋環境再現データ

一般に海洋データ同化システムを用いて得られるデータセットを指し、再解析データとも呼ばれている。多様な観測測器から時空間的に断片的に取得された様々な精度を持つ海洋観測データを横断的に統合した均一な品質を持つ高精度データセット。なかでも本研究で用いられた四次元変分法(全球全層)海洋データ同化システムは、常に力学を考慮にいれて観測データの同化を行うため、得られたデータセットは海の診断と予測に適していることが知られている。

図1
図1 北緯47度線に沿った船舶観測から得られた1999年と1985年に観測された水温の差。深度4000m以深に底層の水温上昇を示すピンク色が見られる(黄色枠線内)。Fukasawa et al.(2004) より。
図2
図2 地球シミュレータで計算された北太平洋底層(図(a)中の*)の水温上昇原因をさかのぼって得られた伝搬経路。それぞれ(a) 0年前、 (b) 5年前、 (c) 15年前、(d) 25年前、 (e) 35年前および (f) 45年前に、図 (a)中の*での水温上昇に影響を与えた海域を青色で示している。約40年前には、南極アデリー海岸沖(図f中の○)までさかのぼって*での水温上昇に影響を与えていることがわかる。

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球環境変動領域 海洋環境変動研究プログラム
海洋データ同化研究チーム
チームリーダー 増田 周平 電話:046-867-9490
(報道担当)
経営企画室 報道室長 中村 亘 電話:046-867-9193