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2011年 3月 5日
独立行政法人海洋研究開発機構

海洋深層の貯熱量が全球広域で増加
-高精度観測と海洋同化データにより海洋深層の貯熱量長期変動の把握へ前進-

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤 康宏)地球環境変動領域海洋環境変動研究プログラム海洋循環研究チームは、1990年代にWOCE*1のもとで行われた高精度観測と当プログラムも参加して実施されている2000年以降の再観測*2の結果を比較し、1985年から2007年までの最近約20年における全球での海洋深層の水温変化を明らかにしました。またその結果に基づいて全球海洋深層での貯熱量増加を推定するとともに、同化モデル*3を用いてその信頼性の評価を行い、海洋深層での貯熱量増加量が海洋表層の8-20%に当たることを示しました。

海洋深層の貯熱量の変化については、IPCC等の報告でも不確定とされ、具体的な数値については不明確でしたが、本研究で推定した増加量は、地球の気候変動を理解するために必須である地球の熱の配分を把握する上で、海洋深層の近年の貯熱量増加が無視できない量であることを示しています。また、現在の海洋深層の観測網によりどの程度の信頼性で海洋深層の貯熱量を把握できるのかを示したものであり、今後、推定の信頼性を上げるためには、継続的な観測、及び、観測網の強化が必要であることを示した点で重要です。

この成果は、アメリカ地球物理学連合発行のJournal of Geophysical Research - Oceans誌に3月5日付けで掲載されます。

タイトル:
Deep ocean heat-content changes estimated from observation and reanalysis product and their influence on sea level change
著者名:
纐纈 慎也、土居 知将、河野 健、増田 周平、杉浦 望、佐々木 祐二、豊田 隆寛、五十嵐 弘道、川合 義美、勝又 勝郎、内田 裕、深澤 理郎、淡路 敏之

2.背景

私達の生活圏の温度は、太陽と地球からの放射の収支と地球の中で熱がどのように配分されるかということで決まります。また海洋の蓄える熱(貯熱量)は、大気に比べて非常に大きいため、その変化は、地球の貯熱量収支の大きな部分を占めると考えられています。特に海洋深層の水温、貯熱量変化の正確な把握と監視は長期的な気候変動を知る上で重要です。しかしながら、海洋深層については、各所で水温の上昇が報告されてはいるものの(Fukasawaら、2000等)、観測が空間的・時間的にまばらであるため、IPCC等の報告においても全球規模でどの程度上昇しているのかについては十分に把握されていませんでした。

3. 方法

本研究では1985年から2007年にかけて、当機構海洋環境変動研究プログラムと世界各国の研究機関によって実施された高精度の海洋深層観測を用いて海洋深層での貯熱量変化を計算しました。次に、海洋環境変動研究プログラムのもとで開発された、数値モデルと観測を融合させた同化モデルの結果から推定された貯熱量変化と比較を行いました。また同化モデルで再現された海洋の中で、実際に行われた観測と同様の擬似的な観測を1万回行うことで、見積りにどの程度の不確かさがあるかを評価しました。

4. 結果

海洋深層の貯熱量は、全球広域で増加しており、この増加は南極付近で大きく、南大西洋西部、南太平洋西部、北太平洋中央部にも、増加傾向が広がっていることが分かりました(図1)。このような大規模な貯熱量増加を全球で合わせると、8×1020J/年でした。これは、従来の研究で明らかにされている全球海洋表層の貯熱量増加の8-20%の大きさにあたります。この増加量は、地球の熱収支における海洋表層以外の他の要素の増加量と比べても大きな値です(表1)。

また貯熱量変化計算の信頼性を推定したところ、海洋深層の貯熱量増加は4-10×1020J/年の間であった可能性が高いことが分かりました。1980年代以降の推定されている地表付近の気温上昇は0.02℃/年になり、これが大気全体の平均気温上昇であったと仮定すると、大気の貯熱量増加は1×1020J/年なりますが、この値と比較しても今回見積もられた海洋深層貯熱量の増加量(4-10×1020J/年)は非常に大きなものです。

5. 今後の展望

海洋深層を含む南北の循環の変化は、過去に起きたとされる間氷期における急速な寒冷化などの気候変動に密接に関わってきたという研究もあり、海洋深層の水温、貯熱量変化の正確な把握と監視は長期的な気候変動を知る上で重要になってくると考えられます。海洋深層の水温上昇は、10年で1000分の数℃という非常に小さな値であるため、本研究で用いたような高精度の観測を定期的に行い、見積りの精度向上と今後の変化の監視が重要です。当機構では海洋深層水温の変動の大きな海域でのより確かな実態把握のため、インド洋や南大洋での観測を行っていきます。

地球全体の貯熱量収支の見積もりには、まだ大きな誤差があり、例えば現在までに推定されている地球の貯熱量変化の合計は、太陽と地球からの放射の収支バランスから推定されている地球全体の吸収熱量とは合っていません(表1)。地球全体の熱収支の解明には、宇宙からの観測を含めた包括的な観測技術の発展、及び、観測網の整備が必要です。そのうちの海洋の貯熱量評価の信頼性を改善するためには、海洋観測の時間的・空間的密度を増やす必要があり、当機構では船舶による高精度観測以外にも、現在運用中の漂流型観測機器(アルゴフロート)による観測網の長期的な維持・強化と大深度型フロートの開発を進めています。また、観測と同化モデルの相互検証による信頼性の高い貯熱量変化の推定を可能とするために、今後予定されている観測も利用して、同化モデル、及び、そのもととなる数値(シミュレーション)モデルの改善も進めていきます。

*1 WOCE(World Ocean Circulation Experiment)

世界海洋循環実験。1990-2003年にかけて、WCRP(世界気候研究プログラム)の下で実施された海洋研究計画。全球規模での海洋循環像の把握、気候変動予測に必要な海洋予測モデルの開発、データの統合手法の開発を目的とした。現在のアルゴや大洋横断の高精度船舶観測、データ同化、データ集積、公開手法などはWOCEが先鞭をつけ、その後のあらゆる海洋観測に影響を与えている。

*2 WOCE再観測

上記WOCEの後を引き継ぎ、大気、海洋、陸域を含めた気候とその予測可能性研究計画(Climate Variability and Predictability:CLIVAR)にWOCEの海洋観測体制が組み込まれた。特に船舶による高精度観測は、水温、塩分といった物理パラメータ(気候変数)のみでなく、生物や化学に関するパラメータを取得できることから、WCRP以外の国際海洋研究計画も共同してその継続的な実施を推進している。2007年には、GO-SHIP(Global Ocean Ship-basedHydrographic Investigations Program)*4が設置され、観測の国際的な調整、さらには観測方法、データ精度の標準化を行っている。

*3 同化モデル

ここでの同化モデルとは、当機構と国立大学法人京都大学が共同で開発した四次元変分法海洋データ同化システムで、海洋で実際観測されたデータを最適化理論にしたがって取り込み(同化して)、数値モデル(海洋大循環モデル)結果を修正し改善する手法をデータ同化という。これによって得られるデータは、時空間的に断片的にしか得られない海洋観測データを、海洋大循環モデルを用いて力学的な補間を行ったものと考えることができる。

*4 GO-SHIP

船舶による高精度観測を行い、アルゴフロートでは測定不可能な海洋深層(2000m以深で全海洋体積の40%以上に及ぶ)も含めた全海洋の熱、真水、炭素等の循環や海洋生態系の変化を捉えることを目的とした国際的な気候観測システムで、日本では、当機構、気象庁が中心となって推進している。

図1

図1 同化モデルで再現された海洋深層(4000-5500m)水温差(上)と観測から推定した(4000m-海底)の水温差(下)(1997年から2006年までの観測値)-(1985年から1994年までの観測値)。南極付近で大きく昇温しそれが西部南大西洋、西部南太平洋、中部北太平洋に広がっている(下)。観測の様子を同化モデルは良く再現していた。

地球への熱の出入り
(日射観測から推定)
観測に基づいた地球の
熱量変化
今回の見積もり
(但し、1985-2006)
地球全体の吸収熱量 海洋
上層
0-900
m
氷の融解
や地殻の
吸収
太陽活動の
変化
海洋深層
(3000m-海底)
145? 20-95 2-3 16 4-10

表1 近年の地球の熱収支(×1020J/年)。本研究の成果以外は、Trenberth2009を参考に作成した2003年から2008年までの期間での見積り。

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球環境変動領域 海洋環境変動研究プログラム 海洋循環研究チーム
研究員 纐纈 慎也 TEL: 046-867-9493
(報道担当)
経営企画室 報道室長 中村 亘 TEL:046-867-9193