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2011年 6月 28日
独立行政法人海洋研究開発機構

北極海で発生・発達する低気圧の観測に成功

1.概要

独立行政法人 海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)地球環境変動領域・寒冷圏気候研究チームの猪上淳主任研究員と堀正岳研究員は、2010年9月に実施された海洋地球研究船「みらい」の北極航海において、北緯79度付近の北極海の氷縁域で発生した低気圧の発生・発達過程の詳細な観測に世界で初めて成功しました。

本研究によってこの低気圧が中緯度で発生する低気圧と酷似した形態であること、また、低気圧の通過にともなって海洋の大量に蓄積された熱が短期間で大気との熱交換により放出されていることを明らかにしました。これは近年北極域で進行している海氷減少・北極温暖化のメカニズム解明に極めて重要な知見です。

この成果は、米国地球物理学連合発行の学術誌Geophysical Research Lettersに6月28日付けで掲載される予定です。

タイトル:Arctic cyclogenesis at the marginal ice zone: A contributory mechanism for the temperature amplification?
著者名:猪上 淳、堀 正岳

2.成果

2010年の海洋地球研究船「みらい」の北極航海において、北緯79度付近を航海中に寒冷前線と温暖前線をともなう低気圧の発生する兆候がみられました(図1)。この低気圧は発生地点から南東方向に移動しながら2日間で中緯度の温帯性低気圧と同等の規模にまで発達し、その過程は「みらい」上のラジオゾンデ、ドップラーレーダー等によって詳細に捉えられました(図2)。こうした高緯度に発生する北極低気圧の詳細な直接観測は世界で初めてです。

この観測により、近年北極海で確認されている低気圧の中には氷縁域で発生したものが含まれ、その発達過程は中緯度のものと類似していることが分かりました。また、低気圧にともなう寒冷前線の通過によって海面水温は2℃低下し、海氷の縁が北緯80度から2度ほど南下するという大きな拡大がみられました。4日間に渡るこの低気圧のイベントによって、海洋が大気へ放出した熱量は約123 MJ/m2に上り、これは9月後半2週間に海洋が吸収する太陽からの熱量を一度に放出したことに匹敵します(図3)。

本成果は、夏の海氷減少によって誘起されたこの低気圧が海の熱を大気に効率的に輸送することで冬の北極圏全体の温暖化を促し、さらに続く夏の海氷減少を導くという負の連鎖の存在を提起する画期的なものです。

3. 研究の経緯

北極海の大部分は結氷が始まる11月頃には平年並みの海氷面積に回復します。このことは、夏の海氷面積の多寡に関わらず、夏の間に海に蓄積された熱量が、秋には海が凍り始める水温にまで冷やされることを意味します。したがって、秋の北極海では大気と海洋との間で効率的な熱交換過程が存在しているはずですが、現場観測による実態把握が困難な状況なことから、これまでその熱交換過程は分かっていませんでした。

4. 研究手法の概要

近年の北極における海氷域の後退により、海洋地球研究船「みらい」の航行範囲は確実に広がっています。2010年9〜10月に実施した北極航海では9月24日に北緯79度11分にまで到達し、最北記録を更新しました。今回の低気圧の観測にあたっては、その兆候がみられた9月23日から6日間にかけて以下の集中的な観測を行いました。
1)降水システムと風向・風速を取得するためのドップラーレーダーの連続観測(最大探知半径300km)
2)大気の気温・湿度・気圧・風向・風速の鉛直分布を取得するための3時間間隔のラジオゾンデ観測(高度20km付近まで観測可能)
3)低気圧発生前後の海洋への熱的影響を調べるため、同じ観測線(2週間の間隔)での海洋観測(水温・塩分)を実施

5.今後の展望

北極は温暖化が顕著に進行する地域であり、その詳細なモニタリングは重要な課題です。しかしその一方で、海氷減少や、低気圧の発生にともなう大気海洋の熱交換の詳細は観測事例が極めて限られることから実態が必ずしも明らかではありません。世界的にも稀な卓越した気象観測設備を有する海洋地球研究船「みらい」を用いることによって、温暖化の進行速度の正確な見積もりへの貢献や、夏の北極海航路の障害となる強風・高波・海氷の南下の予測研究など、北極温暖化に対応した研究の進展に寄与することが期待されます。

図1

図1:2010年「みらい」北極航海の航海図(赤が低気圧の集中観測を行った9/23-27の期間。オレンジ線が海洋の集中観測を実施した海域。期間中低気圧は南東へ移動)。白い領域は衛星から見た海氷分布、等値線は対流圏下層(925hPa面)の気温分布(2010年9月24日)。

図2

図2:氷縁域で発生・発達する北極低気圧(約1300km四方を描画)。衛星画像(NOAA/AVHRR)に、「みらい」で取得されたレーダーエコーによる微細な雲構造を重ねて表示。寒冷前線の後面には海氷域からの冷たい寒気が流れ込み、海洋から大気へ大量の熱・水蒸気が放出されるため筋状の雲が広域に形成されている。

図3

図3:2010年9月14日の低気圧通過前に「みらい」によって西経162度の南北の直線上で観測された海洋内部の水温分布(左)と、低気圧が通過後の9月28日にほぼ同様の直線上で観測された水温分布(中)、および両者の差(右)。灰色の部分は海底の地形。低気圧の通過後に海面から20mまでの水温が冷却し、大気にむかって熱が放出されていることがわかる。放出された熱は秋から冬にかけての北極大気を加熱し、冬に強調される温暖化の一因となっていると推測される。(図aとbの数字・黒線は塩分濃度を示す。塩分濃度は水塊構造を判別するのに必要)

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球環境変動領域 北半球寒冷圏研究プログラム 寒冷圏気候研究チーム
主任研究員 猪上淳、研究員 堀 正岳 046-867-9489
(報道担当)
経営企画室 報道室 奥津 光 046-867-9193