プレスリリース


2012年 1月 18日
独立行政法人海洋研究開発機構

初期生命に近い好熱菌のゲノムをメタゲノム解析で解読
(生命の誕生は熱水環境から)
〜初期生命の姿の解明にまた一歩近づいた〜

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)海洋・極限環境生物圏領域の見英人上席研究員らの研究チームは、地下鉱山温泉の流路に棲息する微生物群のメタゲノム解析1)を行い、未培養の好熱菌であるCandidatus Acetothermus autotrophicum (以下、「アセトサーマス」という。)のゲノムを概ね解読しました。これによって、アセトサーマスは、古細菌とバクテリアの共通祖先2) (初期生命)が有していたと考えらえているエネルギー代謝機能(アセチルCoA(コエ)パスウェイ)を保持しており、既知のバクテリアの中では最も共通祖先に近いことを見出しました。

このアセトサーマスは、原始地球環境で有利に働いたと考えられる糖質合成酵素FBP aldolase/phosphatase (FBPアルドラーゼ/フォスファターゼ)を有しており、初期生命時代の機能を色濃く残す始原的なバクテリアであることが分かりました。

本成果は、初期生命体が、自立型の古細菌、バクテリアに分岐した時点に保持していたと考えられる機能の存在を示す物証につながるものであり、生命誕生から生物進化の初期プロセスに関する学説について、ゲノム解析の面から新たな知見を与える画期的な成果です。

本成果は1月18日付け(日本時間)のPublic Library of Science One (PLoS One) (電子版)http://www.plosone.org/home.actionに掲載される予定です。

タイトル:
A deeply branching thermophilic bacterium with an ancient acetyl-CoA pathway dominates a subsurface ecosystem
著者名:
見英人1・野口英樹2・高木善弘1・内山郁夫3・豊田敦4・西真郎1・池甲珠1・荒井渉1・布浦拓郎1・伊藤武彦2・服部正平5・高井研1

1.独立行政法人海洋研究開発機構 海洋・極限環境生物圏領域、2.東京工業大学生命理工
3.自然科学研究機構基礎生物学研究所、4.国立遺伝学研究所、5.東京大学新領域

2. 着眼点

近年、初期生命誕生の最も可能性の高い環境として、アルカリ性で比較的温度の低い熱水噴出孔が考えられるようになってきました。この考えでは、初期生命は、原始地球環境において、水素とCO2から細胞とエネルギーを作り出すための代謝経路としてアセチルCoA(コエ)パスウェイ3)が用いられたのではないかと推測されています(図1)。

しかしながら、これらの推論を支持するに必要な生物学的な証拠は乏しいため、このパスウェイが初期生命から最初に分岐した古細菌やバクテリアのエネルギー代謝として用いられていたかどうかを証明するための有力な証拠が求められていました。

3. 成果

本研究では、温度の低い熱水噴出孔の環境に類似した約70°Cの地下鉱山温泉に着目し、温泉水の流路に繁茂する微生物群から、共通祖先が有していたと考えられているアセチルCoA(コエ)パスウェイを有するバクテリア、アセトサーマスのゲノムを概ね解読することに成功しました。

原核生物4)に共通する4つのタンパク質を用いて系統関係を調べたところ、アセトサーマスは、これまで知られたバクテリアの中で最も共通祖先に近い古典的なバクテリアであることがわかりました (図2)。

また、生命誕生に重要な役割を果たしたと考えられるエネルギー代謝経路であるアセチルCoA(コエ)パスウェイに関与する5つの酵素を用いて、このパスウェイの系統関係を調べたところ、アセトサーマスが有するアセチルCoA(コエ)パスウェイは、先の4つの共通タンパク質を用いた系統樹の結果(図2)と同様に現存するバクテリアの中で最も共通祖先に近いことが明らかになりました (図3)。

さらに、アセトサーマスは、現存するほとんどの古細菌や共通祖先に近いと考えられるバクテリアのみが有する糖の合成に必要な2つの機能を併せ持つ糖質合成酵素FBP aldolase/phosphatase (FBPアルドラーゼ/フォスファターゼ)を有していることを見出しました。通常の酵素は、糖の分解・合成の両方向の化学反応に作用するのに対し、この酵素は糖の合成方向にしか作用せず、70°Cの高温でも安定に作用することが知られています。これらの結果、エネルギー代謝に必要な有機物が極めて少なかったと考えられる原始地球環境において、当時の微生物は、水素とCO2からアセチルCoA(コエ)パスウェイを用いてアセチルCoA(コエ)を作り、アセチルCoA(コエ)から酢酸を生成することでエネルギーを、FBP aldolase/phosphataseによって糖を合成することで細胞の構築に必要な物質を作りだしていたものと考えられます(図4)。

【用語説明】

1)メタゲノム解析:
環境中に棲息する微生物のほとんどが難培養性であることから、微生物の分離・培養という手段を経ずに微生物集団から直接抽出したゲノムDNAを網羅的に解析する手法。

2)共通祖先:
ある2種類の生物が分化する前の祖先となる生物のこと。特に分化直前の生物については「最後の共通祖先」という。

3)アセチルCoA(コエ)パスウェイ:
炭酸ガス(CO2)を、嫌気的(酸素のない)な条件下で生命活動の重要な物質であるアセチルCoA(コエ)という有機物として固定する代謝経路。現存する微生物(バクテリア、古細菌)では限られた種類しか有していない代謝経路の一つ。バクテリアの一部は、この経路を使って酢酸を生成することでエネルギーを獲得し、古細菌の一部は、メタンを生成することでエネルギーを獲得することが知られている。

4)原核生物:
細胞内に核を持たない生物で、基本的にはバクテリアと古細菌のこと。古細菌はバクテリアでも真核生物でもない第3の生物群のことで1977年にイリノイ大学の研究者ウーズが発見提唱した。大きさ1マイクロメートル程度の大きさの球形、棒状あるいは不定形の単細胞生物で、細胞の形や大きさではバクテリアとの区別はつかない。核を持たない原核生物であるにも関わらず、生化学的性質を調べるとバクテリアよりも真核生物に近い性質を持っている。古細菌は全生物の共通の祖先からバクテリアと別れた後、その一部が真核生物に分化したと考えられている。

図1
図1. 初期生命進化のシナリオを示す概念図
(Martin and Russel,Phil.Trans.R.Soc.B (2007) 362,1887-1926を改変)

原始地球環境では、CO2の固定や生命の素となるDNAやRNAの構成要素を導くエネルギー代謝機能(アセチルCoA(コエ)パスウェイ)がバクテリアと古細菌の共通祖先と考えられる自立型生物の誕生に不可欠な要素である。このアセチルCoA(コエ)パスウェイを有する共通祖先から、酢酸を作ってエネルギーを獲得するバクテリアと、メタンを作ってエネルギーを獲得する古細菌へと進化したと考えられている。

図2
図2. 原核生物に共通な4つのタンパク質を用いたバクテリアと古細菌の系統樹

中央が初期生命体の発生として右回りでバクテリア、左回りで古細菌の進化を図示。既知の共通祖先に近いと考えられているバクテリア(図のサーモトガ、ダイノコッカス/サーマス等)よりも、共通祖先に近いバクテリアであることが明らかとなった。

図3
(A) リボソームRNA遺伝子を用いた生物の進化系統樹

赤字は、アセチルCoA(コエ)パスウェイを有する生物。このうち共通祖先に近いものは古細菌では見つかっていたが(○囲みの種類)、バクテリアでは見つかっていなかった。

図3
(B)アセチルCoA(コエ)パスウェイに関与する5つの酵素を用いた進化系統樹

アセトサーマスが持つアセチルCoA(コエ)パスウェイがバクテリアの中で最も共通祖先に近いことが確認された。

図3. 生物の進化系統樹
図4
図4 アセトサーマスが持つアセチルCoAパスウェイと糖の合成経路

赤の矢印は、アセチルCoA(コエ)から糖の合成経路を示す。水素とCO2からアセチルCoA(コエ)パスウェイを通して作られたアセチルCoA(コエ)から、酢酸を作ることでエネルギーを、アセチルCoA(コエ)からFBP aldolase/phosphataseによって糖を合成することで、細胞の構成に必要な物質を合成する。
(解糖系:糖の分解、糖新生:糖の合成)

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
海洋・極限環境生物圏領域 深海・地殻内生物圏研究プログラム
環境メタゲノム解析研究チームリーダー 高見 英人 電話:046-867-9643
(報道担当)
経営企画室 報道室 奥津 光 電話:046-867-9198