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2012年 2月 1日
独立行政法人海洋研究開発機構

バレンツ海の海氷減少がもたらす北極温暖化と大陸寒冷化
―日本の冬の寒さを説明する新たな知見―

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)地球環境変動領域・寒冷圏気候研究チームの猪上淳主任研究員らは、冬季バレンツ海を発生源とする低気圧の経路が近年の海氷減少に伴い通常より北側を通過していることを気象データの解析により示しました。この低気圧経路の変化によって、北極海上はより暖められる一方、シベリアでは北からの寒気が入り込みやすい状況が形成されます。これは地球温暖化が進行するにもかかわらず、近年の日本の冬が寒い原因の一つであることを意味し、海氷減少と北極温暖化が中緯度の気候変動と密接に関連することを示した極めて重要な知見です。

この成果は、米国気象学会発行の学術誌Journal of Climateの3月号に掲載予定です(1月26日付けでEarly Online Release版に掲載済み)。

タイトル:
The role of Barents Sea ice on the wintertime cyclone track and emergence of a warm-Arctic cold-Siberian anomaly
著者名:
猪上 淳1・堀 正岳1・高谷 康太郎2
1.独立行政法人海洋研究開発機構 地球環境変動領域 寒冷圏気候研究チーム
2.同機構 同領域 中・高緯度域気候変動予測研究チーム

2.成果

本研究では、バレンツ海の海氷が少ない冬は低気圧の経路が通常のシベリア沿岸域よりも北極海側にシフト(北上)することを見出し(図1赤矢印)、その結果形成される気圧配置の変化(図1暖色域)が北極海上の温暖化を促進する一方、大陸上では寒冷化が起こりやすい状況になることを明らかにしました(図2a)。ここで形成された寒気は数日後には日本に到達することが多く、日本の冬の寒さとも密接に関連します。本研究では、この北極の温暖化と大陸の寒冷化のパターンをWACS偏差(ワックス:warm-Arctic cold-Siberian anomaly)と名付けました。2011/2012年の冬も「平成18年豪雪」(2005/2006年冬)と同様、バレンツ海の海氷面積が著しく少なく、WACS偏差によって例年よりも寒い冬となりやすいことを説明することが可能です(図2b、図3図4)。

3.背景

一般的に日本の冬の寒さは、エルニーニョ/ラニーニャなど低緯度の影響と、北極振動指数の正/負など高緯度の影響の組み合わせで暖冬/寒冬が説明されます。しかしながら、2011/2012年の冬(図2b)のような場合、両者の組み合わせでは説明できないこともあり、予報という観点からも問題が残っています。一方、より大きな空間スケールで見ると、北極の温暖化と対となってシベリアの寒冷化現象がしばしば観測されることがあり、これが地球温暖化の一端として解釈できるのか世界的にも議論の的となっていました。そこで本研究では北極の温暖化が最も著しい冬のバレンツ海に着目し、そこで発生する低気圧の経路が海氷の多寡によってどのように変化し、北極の温暖化とシベリア域の寒冷化にどのような影響を与えているのかを調べました。

4.今後の展望

現在の長期予報の元となる数値モデルでは、バレンツ海などの海氷分布は平年値を利用しているため、各年の海氷の多寡に関する情報は計算に反映されず、低緯度におけるデータに強く左右される状態と言えます。各年の海氷分布を反映させるなど数値モデルの改良を行うことによって、より数値モデル精度の向上が可能となることが期待されます。また、北極海の海氷減少は進行中であるため、中高緯度の大気や海洋が今後どのように変化していくかは将来予測モデルの結果を用いて検証していく必要があります。

図1

図1:バレンツ海の海氷が少ない年に出現する気圧偏差(hPa)と代表的な低気圧経路(矢印)。低気圧経路がシベリア沿岸域から北極海側にシフトし、シベリア高気圧が北極海沿岸域まで拡大する。

図2

図2: バレンツ海の温暖化と大陸の寒冷化の様子。(a)本研究で明らかにしたWACS偏差、(b)2012年1月15日から21日の一週間の気温偏差(平年からの差)。点線の内側は例年よりも高気圧が強い領域。

図3

図3:1990年から2011年における12月のバレンツ海海氷面積の推移。

図4

図4:東京の日平均気温の平年からの差。矢印の期間が図2(b)に相当。

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球環境変動領域 北半球寒冷圏研究プログラム 寒冷圏気候研究チーム
主任研究員 猪上 淳 046-867-9483
研究員   堀 正岳 046-867-9489
(報道担当)
経営企画室 報道室 奥津 光 電話:046-867-9198