プレスリリース


2012年 11月 27日
独立行政法人海洋研究開発機構
株式会社竹中製作所
株式会社GSIクレオス

カーボンナノチューブを用いた高機能表面処理技術の深海用機器への応用

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦)、株式会社竹中製作所(社長 行俊 明紀)と株式会社GSIクレオス(社長 深瀬 佳洋)は、次世代の深海用機器への搭載を目的として、母材の材質に依らず、水深4000mの高圧環境下で使用可能な高分子樹脂系表面処理剤及びそのコーティング方法を開発しました。深海用機器は、深海の高圧環境下で使用されるため、その表面処理剤として、柔軟性を持つ高分子樹脂にカーボンナノチューブ(以降、CNT)を添加して防錆性・防食性・耐衝撃性を付加したものを開発し、これを母材にコーティングした後で熱処理を施すことで、高い密着性を持たせることに成功しました。

本表面処理は、無人潜水機「おとひめ」(図1)のライト用耐圧容器※1 (母材: A7075※2アルミニウム合金)(図2)に施され、2012年10月に実施した「おとひめ」の海域試験において、実海域での検証を行い、その有用性を確認しました。

本成果は11月28日から長野県長野市で開催される炭素材料学会で11月30日に発表します。

炭素材料学会での発表タイトル:3B05 カーボンナノチューブ充填表面処理材料の作製と海洋機器への応用

発表者:
百留忠洋1,柳澤 隆3,黒山昭治2,木村晃一3
所属:
1) 海洋研究開発機構 海洋工学センター
2) 株式会社竹中製作所 表面処理事業部
3) 株式会社GSIクレオス ナノテクノロジー開発室

2.背景

海洋分野における調査・研究においては、有人潜水船、無人潜水機、多様な海洋観測機器等、多くの機器が使用されています。これら機器の主要部材は、耐圧性・気密性等、使用目的・用途に合わせて材料が選定されます。

従来、観測用のカメラ、温度計・電子機器等を保持する耐圧容器については、コスト・重量等の制約からアルミニウム系材料に表面処理として多孔質な陽極酸化皮膜※3にフッ素樹脂を含浸させ平滑性、耐摩耗性及び防食性を高めた処理を施して用いられています。しかしながら、材料の種類により柔軟性が弱いため深海での繰り返し使用による膨張と収縮から表面処理を施した部分に亀裂・剥離等が生じる、あるいは耐衝撃性が弱いためメンテナンス時に何らかの衝撃で損傷する等の問題がありました。

当機構においては、海洋立国を目指す国家的・社会的ニーズに対応するため、新たな海洋調査・研究機器の開発に着手・推進しているところであり、より優れた防食性・耐衝撃性等を有する海洋調査・研究機器の構成部材の開発が課題です。

3.成果

本開発にあたり、まず多様な表面処理剤について、圧力(水深)変化に伴う物性変化を把握するため、高圧水槽等での模擬実験等を行いました。その結果、表面処理剤の柔軟性と母材との密着性が、ある圧力を超えると失われることを見出しました。この発見を基盤として、将来に向けて使用可能な表面処理剤の機能・性能として、圧力変化に対応可能な柔軟性と母材との密着性の確保を目指し、開発途上にあった無人潜水機「おとひめ」の要求性能を満たす表面処理剤及びコーティング技術の開発に着手しました。当機構では、高分子樹脂にCNTを添加した表面処理剤の柔軟性に着目し、これを基本素材として選定するとともに、その高機能化を図ることとしました。

そのため、表面処理剤メーカー樺|中製作所と、CNTメーカー絵SIクレオスに共同開発を要請し、メーカー2社の協力の下、CNTの添加比率・形状について検討し、圧力を変化させながらCNTの添加比率・形状を変化させることによって、任意の圧力環境に適応できる表面処理剤の開発に成功しました。これを、母材と強固に密着させるため、実験を含めた化学的・物理的検討から、熱処理が最適であることを見出しました。

これらの成果から、本表面処理は、塗装の密着性を良くするために母材表面に下地処理を行った後に、本表面処理剤をスプレーにより塗装し熱処理により硬化させます。特徴として、作業時に耐圧容器が工具で殴打された場合にも剥離しないような耐衝撃性、高分子系であることで深海の高圧力下でも母材の収縮に追従し剥離しないような柔軟性、塩水噴霧試験3000時間以上(重防食地域※4で50年以上に相当)の防食性を有します(図34)。

4.今後の展望

今後、表面処理剤を深海10,000mの圧力環境下でも使用できるようさらに改良し、耐圧性能・防食性能の評価試験を行う予定です。この表面処理剤によりA7075アルミニウム合金をこれまで以上に深海用機器に使用し、機体の軽量化への寄与を目指します。

また、本表面処理剤は母材に塗布するタイプであるため、アルミニウム合金に限らず、下地金属を選ばないことで、ステンレスやクロムモリブデン鋼※5への応用が期待できます。 

さらには、海洋構築物等への広範な応用や、沿岸地域のプラント用部材の防錆処理剤としての応用を目指します。

注釈

※1 耐圧容器:
潜水機等はすべて電子機器によって制御されています。海水中、また深海域においては高水圧環境において、電子機器を陸上と同様に使用するためには耐水圧能力(容器の中は大気圧、外は環境圧力(水深3,000mならおよそ30MPa)という圧力差に耐える)の高い容器に搭載する必要があります。高強度な耐圧容器用の素材としては、チタン合金、アルミニウム合金、高張力鋼が広く使用されています。
※2 A7075:
超々ジュラルミン。アルミニウム合金の一種でその中で強度はトップクラス。ただし、使用環境により応力腐食割れや防食性低下に留意する必要があります。
※3 陽極酸化被膜:
人工的にアルミニウムの表面を酸化させて強固な皮膜を形成させることです。アルマイトという商標で広く知られています。
※4 重防食地域:
重防食が必要な地域。重防食とは、海浜地域や海上など、塩、空気、水分等の影響で、極めて厳しい条件にさらされる環境下でも長期間の防食を得るために、十分な塗装を行う設計のこと。
※5 クロムモリブデン鋼:
機械構造用合金鋼の一種。クロム鋼にモリブデンを入れて改良されたものです。
※6 PTFE:
四フッ化エチレン樹脂。テフロンの商標で広く知られています。
※7 クロムメッキ:
多くの機械的特性をもつ代表的なメッキ加工処理です。電気処理によるメッキの中では、一番硬いメッキ加工処理で、耐摩耗性、防食性に優れています。
※8 フッ素樹脂:
フッ素原子を含むプラスチックの総称。
※9 グラフト化:
分子同士を科学的に接ぎ木(グラフト)する技術のこと。
※10 A5052:
アルミニウム合金の一種でその中では中間程度の強度。防食性、成型性、溶接性のよい材料。自動車ホール、船舶・車両材料、建材、飲料缶、板金など広く使用されています。
図1
図1 無人潜水機「おとひめ」(容器を搭載した潜水機)
図2
図2 表面処理剤を施したアルミニウム合金製ライト耐圧容器
(表面の黒色が開発した表面処理剤)
図3
図3 表面処理剤を塗装し90日間の海水浸漬試験を実施した後の試験片
左:本表面処理剤(腐食していない)右:従来の表面処理剤(腐食している)
図4
図4 本表面処理レーダーチャート

〔本表面処理を行った材料の特徴〕
(1)耐摩耗性:高分子表面処理剤でありながらクロムメッキ以上の耐摩耗性
(2)耐衝撃性:従来の高分子表面処理剤では得られなかった高い耐衝撃性
(3)耐折曲性:従来の高分子表面処理剤や金属皮膜では得られない耐折曲性
(4)硬度:高分子表面処理剤でありながら、きわめて高い硬度
(5)潤滑性:フッ素樹脂※8並みの優れた潤滑性能
(6)防食性:独自のグラフト化※9技術により、カーボンナノチューブの導電性を遮断し、表面処理剤に高度な防食性を付与。

参考

評価方法について
1)実験供試体
(1)使用した試験片
サイズ:100mm×100mm×4mm
種 類:A7075材 A5052材※10の2種類
表面処理: 本表面処理剤 (図3の黒色表面全体)

(2)ライト用耐圧容器
サイズ:外形Φ72mm×130mm
種 類:A7075材
表面処理: 本表面処理剤

2)試験内容
(1)試験片による実験
加圧試験:40MPa(水深4,000m相当水圧)の圧力をかけた後での表面処理の状態を観察しました。SEM(走査型電子顕微鏡)による検査の結果、母材のアルミニウム合金から本表面処理剤が剥離していないことを確認しました。

海水浸漬試験:
海水中に40MPa圧力試験を行った後の試験片を沈めて腐食の状態を観察しました。当機構岸壁より実際の海水を採取して使用しました。異種金属腐食も同時に観測するため、実際に使用するSUS316(ステンレス)製のネジとナットも一緒に海水中に沈めました。試験期間は90日程度実施しました。試験の結果、ネジとナットと同様に腐食が発生していないことを確認しました。
塩水噴霧試験:
5%塩水を霧状にして空気中に漂わせ、下に並べた試験対象である試料に、一定の温度において重力で自然に塩水の霧が降りかかる状態を維持して錆がどれだけ発生したかを評価する試験法(JIS K5600-7-1)を実施し、3000時間以上の防食性があることを確認しました。

(2)耐圧容器による実験
実使用塗布圧力試験:実際に使用するライト用耐圧容器に本開発表面処理剤を塗布して、円筒形や凹凸がある母材にも処理可能であることを確認しました。また、高圧実験水槽にて使用深度3,000m(30MPa)相当水圧以上の水圧33MPaを加えた後の付着状況を確認し、剥離等がなく処理具合は良好でした。

潜水機搭載海域試験:
本開発表面処理剤による表面処理を施したライト用耐圧容器を無人潜水機「おとひめ」に搭載し、2012年10月14〜17日の期間相模湾で行われた実海域試験で使用しました。最大潜航深度は100mであり、実使用でも表面処理の状態は良好であったことを確認しました。

お問い合わせ先:

(本開発について)
独立行政法人海洋研究開発機構
海洋工学センター 海洋技術開発部
サブリーダー 百留 忠洋 TEL: 046-867-9379
(報道担当)
独立行政法人海洋研究開発機構
経営企画部 報道室長 菊地 一成 TEL:046-867-9198