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プレスリリース

2013年 5月 14日
独立行政法人海洋研究開発機構
公立大学法人横浜市立大学

深海底から噴き出す熱水にヒントを得てナノテクノロジーを開発
― たったの10秒でナノエマルション化に成功 ―

1.概要

海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦)海洋・極限環境生物圏領域の出口 茂チームリーダーらは、深海底の熱水噴出孔から噴き出す熱水(図1)と周辺環境との相互作用に着目し、それらに特有の高温・高圧環境を実験室内で再現可能な装置を開発し、油を直径が100 nm以下のナノサイズの油滴(ナノ油滴)として水に分散させたナノエマルションを容易かつ10秒以内という短時間で生成することに成功しました。MAGIQ(Monodisperse nAnodroplet Generation In Quenched hydrothermal solution)と名付けたこのプロセスは、処理時間が短い、高い汎用性がある等、従来法にはない優れた特徴を有しており、化粧品、食品、医薬品など、エマルションを必要とする様々な産業分野での利用が期待されます。なお、この成果は海洋研究開発機構と横浜市立大学との連携によるものです。両者は、平成17年に連携大学院協定を結び、教育・研究の充実を図っています。

本成果はドイツの化学雑誌「Angewandte Chemie International Edition」online版に5月13日付けで掲載されました。

タイトル:
Bottom-Up Formation of Dodecane-in-Water Nanoemulsions from Hydrothermal Homogeneous Solutions
著者名:
Shigeru Deguchi,1,2 Nao Ifuku1,2(出口 茂・伊福菜穂)
所属:
1独立行政法人海洋研究開発機構 海洋・極限環境生物圏領域
2横浜市立大学大学院、生命ナノシステム科学研究科ゲノムシステム科学専攻
URL:
http://dx.doi.org/10.1002/anie.201301403(閲覧可能)

2. 背景

意見の食い違う二人を「水と油の関係」と呼ぶように、水と油は互いに混ざり合わない物質の典型です。しかしながら、油を微細な油滴として水に分散(あるいは水を微細な水滴として油に分散)させたエマルションとして、両者を混合させて使用する用途が数多く存在します。エマルション(emulsion)という言葉が「乳をしぼる」を意味するラテン語を語源とすることからもわかるように、乳脂肪の直径数μmの油滴が水に分散した牛乳は最も身近なエマルションです。エマルションは、食品、医薬品、化粧品、化学、農業、印刷、塗料、インク、石油などの多様な産業分野で広く使用されています。

最近では直径が20~200 nm程度の油滴を分散させたナノエマルションが注目を集めています。油滴サイズのナノ化に伴って、ナノエマルションには通常のエマルションには見られない様々な特性が現れます。例えば通常のエマルションは牛乳のように白濁していますが、ナノエマルションは透明あるいは半透明です。また、油滴サイズの小ささを活かして、機能性化粧品、ドラッグデリバリー、ナノリアクターなどの新たな用途も生まれようとしています。

エマルションは、ドレッシングを作るときのように水/油/分散剤の混合物を激しく撹拌し、大きな油滴を繰り返し引きちぎって小さな油滴にしていくという、いわゆる「トップダウン」プロセスで作るのが一般的ですが(図2)、この方法でナノサイズにまで油滴を微細化するのは非常に困難です。一方、ナノサイズの固体粒子(ナノ粒子)の場合は、粒子を構成する原子あるいは分子からスタートし、化学反応や再結晶によってそれらを集積させ、粒子へと組み上げていく「ボトムアップ」プロセスで作るのが主流です。同様の方法を使えばナノサイズの油滴も容易に作ることができると考えられますが、そのためには、本来混ざり合わない水と油を均一に溶解させた状態を作り出す必要がありました。

3.研究成果の概要

研究チームは、上記の課題を解決するため、熱水噴出孔から噴き出す高温・高圧の水が示す特異な性質に着目しました。これらの水は、ところによっては超臨界状態と呼ばれる高温・高圧の極限状態にあります。そのような環境下の水は、通常の水とは全く性質が異なり油と自由に混ざり合います。例えば、ドデカン(C12を含む油)を含んだ水を250気圧の高圧下で加熱していくと(図3)、337℃付近でドデカンと水が完全に混ざり合って均一な溶液となり、油滴は消失します。この均一溶液の圧力を保ったまま毎秒0.1℃程度の速度でゆっくりと冷却すると水とドデカンは再び分離しますが、この過程ではドデカン分子が互いに集合し「ボトムアップ」で油滴が生成されます。

また、熱水噴出孔から噴き出す熱水は、冷たい深海水によって瞬時に冷却されます。今回の研究ではこれらをヒントとして、実験室内でこうした熱水噴出孔周辺の温度・圧力環境を再現可能な装置を開発し(図4)、高温・高圧で生成した油と超臨界水の均一溶液を、毎秒200℃を越える速度で室温にまで急激に冷却することにより、ナノ油滴を生成することに成功しました。ドデカンを使った実験では、10秒以内という極めて短い処理時間で、直径が61 nmのサイズの揃った油滴が水に分散した、透明度の高いナノエマルションが得られました(図5)。また高温処理に伴うドデカンの分解も1%以下に抑えられていました。

4.今後の展望

今後は、高温・高圧環境からの急速冷却によって生じるナノ油滴の生成メカニズムの解明、汎用化に向けた検討、実利用可能な装置への改良などを通して、MAGIQの高度化と経済性・実利用性の確保に向けた開発を進めていく予定です。また特許取得や民間企業との共同研究を積極的に推進し、研究成果の社会還元にも努めて参ります。

図1
図1:深海底の熱水噴出孔から噴き出す熱水
図2
図2:「トップダウン」と「ボトムアップ」によるエマルションの生成プロセス
図3
図3:MAGIQの原理。バーの長さは0.1 mm
図4
図4:実験装置の写真とその概略図
図5

図5:MAGIQで得られた透明度の高いナノエマルション(右は直径数μmの油滴からなる通常のエマルション)

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
海洋・極限環境生物圏領域 深海・地殻内生物圏研究プログラム
ソフトマター応用生命研究チーム チームリーダー 出口 茂 046-867-9679
(報道担当)
独立行政法人海洋研究開発機構 経営企画部 報道室長 菊地 一成 046-867-9198