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プレスリリース

2013年 10月 8日
独立行政法人海洋研究開発機構

ニンガルー・ニーニョ現象の予測可能性を世界で初めて発見

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)アプリケーションラボの土井威志研究員らは、ニンガルー・ニーニョと呼ばれるオーストラリア西岸に現われる地域気候変動現象の予測可能性を世界で初めて示しました。

2011年南半球の夏、オーストラリア西岸域の海水温は過去に先例の無いほど異常に暖まり、海洋生態系や農業が甚大な被害を被りました。この現象は、エル・ニーニョに代表される熱帯気候変動現象との類似性から、ニンガルー・ニーニョと名づけられ、気候研究分野で近年注目されています。

本研究では、日欧協力によって開発された大気海洋結合大循環モデルSINTEX-F1を基にした「SINTEX-F1季節予測システム」(※1)を、JAMSTECが有する地球シミュレータで計算し、過去30年の当該地域の気候変動データと比較したところ、ニンガルー・ニーニョの発生が半年前から予測可能であることを明らかにしました。特に2011年に発生した極めて強いニンガルー・ニーニョについては9か月前から予測できました。

これまで異常気象の予測研究は、エル・ニーニョに代表されるような数千キロメートル規模の熱帯気候変動現象の予測研究が中心でしたが、本成果により、今後、中緯度の大陸西岸域で発生する数百キロメートル規模の地域と密接に関連した気候変動現象の予測研究にも新たな扉が開かれました。この成功を契機に、アプリケーションラボではニンガルー・ニーニョに代表されるような地域気候変動現象とそれに伴う自然災害の早期警戒システムを構築し、季節予測情報が地域社会の活動に具体的に貢献できるように展開していきます。

本成果は、Nature社のScientific Reportsに10月8日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:
Predictability of the Ningaloo Niño/Niña
著者:
土井威志1,2、スワディヒン・ベヘラ1,2、山形俊男2
1.JAMSTEC地球環境変動領域2.JAMSTECアプリケーションラボ

2.背景

2011年南半球の夏、オーストラリア西岸域の海水が過去に先例の無いほど異常に暖まりました。2011年2月には海表面水温が平年よりも3℃近く暖まることを記録しました(図1)。これは過去30年で起きた年々変動の平均的な振幅(過去30年の平均的な年々水温変動幅:この幅の範囲での変動は異常とは見なされない)の約4倍です。この異常な現象により、オーストラリア西岸の海洋生態系が甚大な被害を被りました。その一例として、オーストラリア西岸のロットネスト島で珊瑚の白化現象が顕著であったことが報告されています。この現象は、当該地域社会に密接に関連した新しい気候変動現象と認識され、大陸西岸域で12月~2月頃にかけて海水温が異常上昇するということがエル・ニーニョ現象と類似していることから、オーストラリア連邦科学産業研究機構のミン・フェン博士、山形俊男アプリケーションラボ所長、スワディヒン・ベヘラプログラムディレクターらが、この地域の地名Ningaloo(アボリジニの言葉で「海に突き出した岬」の意)にちなんで、ニンガルー・ニーニョと名づけました。

ニンガルー・ニーニョのメカニズムに関する研究はまだ始まったばかりですが、発生メカニズムの研究と合わせて、現象そのものの予測研究を進めることは、科学面だけでなく、社会貢献の上でも重要な課題であるといえます。本研究では、日欧協力によって開発された大気海洋結合大循環モデルSINTEX-F1を基にした全球規模のリアルタイム-アンサンブル季節予測システム(※1)を、JAMSTECが有するスーパーコンピュータ・地球シミュレータで計算し、過去30年のオーストラリア西岸海域の気候データと比較することで、ニンガルー・ニーニョの予測可能性を世界で初めて詳細に検証しました。

3.成果

まず過去30年間で発生したニンガルー・ニーニョをどの程度予測し得たのかを調べました。観測データを用いて、オーストラリア西岸域(108o-116oE, 28o-22oS)で領域平均した海表面水温が、平年値と比べて何度差があったのかをニンガルー・ニーニョの指標(この差が平均的な振れ幅より大きいとニンガルー・ニーニョが発生したと見なす)と定義し、SINTEX-F1季節予測システムでその予測精度を調べました(図2)。その結果、南半球の夏に成熟するニンガルー・ニーニョの発生は、約半年前の南半球の冬から予測可能であることが分かりました。

次に、2011年に発生した極めて強いニンガルー・ニーニョの予測精度を調べました。アンサンブル予測手法(※2)を用いて、2010年6月1日から予測を開始した実験では、2011年2月にニンガルー・ニーニョの指標が平均的な年々変動の振幅を超えて異常に暖まる確率が、約85%であると予測しました(図3)。したがって、2011年のニンガルー・ニーニョ発生を9か月前から予測できたと言えます。

更に詳しく解析した結果、2010年の終わりに太平洋で発生したラ・ニーニャ現象(エル・ニーニョと逆の気候変動現象)の予測成功がこのニンガルー・ニーニョの予測成功に関係することが分かりました(図4)。具体的には、ラ・ニーニャ現象の予測精度が高いほど、ニンガルー・ニーニョの予測精度も高くなる傾向にあるということであり、実際に「SINTEX-F1季節予測システム」は2010年の終わりに発生したラ・ニーニャ現象を世界の他の気候モデルより高い精度で半年前から予測できていました(図5)。

4.今後の展望

本研究により、ニンガルー・ニーニョと呼ばれるオーストラリア西岸に現れる新しい気候変動現象の予測可能性を世界で初めて検証しました(図6)。しかし、詳しく解析すると、予測値は観測値のおおよそ半分程度であり、予測モデルはニンガルー・ニーニョの強さを過小評価しています。アプリケーションラボでは新たに開発した高度化モデルSINTEX-F2による季節予測実験の準備を進めており、発生傾向という定性的な予測だけではなく、現象の強さ等定量的な予測精度の向上を図っていく予定です。

本成果により、これまで実施してきたエル・ニーニョに代表される数千キロメートルの大規模な熱帯気候変動の予測研究から、中緯度の沿岸海洋で発生する地域レベルの数百キロメートルの気候変動現象の予測研究への扉を開くことができました。これを契機に、現地の研究機関等と協力して、ニンガルー・ニーニョの予測精度を向上させる研究を進めることはもちろんのこと、ニンガルー・ニーニョに伴う自然災害の早期警戒システムの構築を図り、季節予測情報が海外の地域社会に具体的に貢献できるように展開していきたいと思います。

(※1)SINTEX-F1季節予測システム:SINTEX-F1を基にして、季節の異常性を予測するためにJAMSTECが開発した全球規模のリアルタイム-アンサンブル季節予測システムで、毎月リアルタイム季節予測の結果をJAMSTECのウェブサイトから配信しています。
URL: http://www.jamstec.go.jp/frcgc/research/d1/iod/seasonal/outlook.html

(※2)アンサンブル予測手法:気象・海洋現象は多くの不確実性を有するため、予測計算を行う場合、観測値に基づいた初期値にわずかなばらつきを与えて複数の数値予測実験を行い、その 平均(アンサンブル平均)や多数決で大気・海洋現象を予測するというもの。天気予報や台風の進路予測等でも用いられている。

図1

図1:観測された2011年2月の海表面水温偏差(℃)。1983-2006年の平均値からの差。米国海洋大気局NOAAによる OISSTv2観測データを使用。オーストラリア西岸ニンガルー沖で海水温が異常に暖まっている。(描画ソフトはJAMSTEC地球シミュレータセンターで開発されたVDVGEを使用 http://www.jamstec.go.jp/esc/research/Perception/vdvge.ja.html )。

図2

図2:ニンガルー・ニーニョ指標(オーストラリア西岸域108o-116oE, 28o-22oSで領域平均した海表面水温が平年値と比べて何度差があったのかを計算したもの)の時系列(℃)。黒線:観測、赤線:3か月前からの予測値、緑線:6か月前からの予測値。

図3

図3:2010/11年のニンガルー・ニーニョ指標:オーストラリア西岸域(108o-116oE, 28o-22oS)で領域平均した海表面水温の平年値からの差(℃)。青太線:観測、緑太線: 2010年6月1日から予測を開始した27通りのアンサンブル平均予測値、黒細線: 各アンサンブル実験(27通り)の予測値。色影:1983-2006年の観測データから計算した年々変動の平均的な振幅(標準偏差σ)の倍数。

図4

図4:2010年6月1日から予測を開始した2011年2月のニンガルー・ニーニョ指標と2010年12月のエル・ニーニョ指標Nino3.4 [熱帯太平洋東部(190oE-240oE, 5oS-5oN)で領域平均した海表面水温の平年値からの差]の各アンサンブル予測値の散布図(℃)。青丸:観測、緑丸: 2010年6月1日から予測を開始した27通りのアンサンブル平均予測値、○: 各アンサンブル実験(27通り)の予測値。ラ・ニーニャ現象(エル・ニーニョと逆の気候変動現象)の予測成功がニンガルー・ニーニョの予測成功に関係することが分かる。

図5

図5:世界の気候モデルによる2010/11年ラ・ニーニャ現象の予測結果の相互比較。エル・ニーニョの指標Nino3.4(東部熱帯太平洋190oE-240oE,5oS-5oNで領域平均した海表面水温の平年値からの差,℃)。黒太線:観測値。色線:各気候モデルで2010年5月から予測を開始した結果。SINTEX-F1は他のモデルと比べて極めて高い精度で2011年のラ・ニーニャ現象の予測に成功している。(エル・ニーニョ予測に関するモデル間の相互比較はコロンビア大学のInternational Research Institute for Climate and Society (IRI) のウェブページで確認できる
http://portal.iri.columbia.edu/portal/server.pt?space=CommunityPage&control=SetCommunity&CommunityID=945&PageID=0 )。

図6

図6:本研究成果の模式図。これまで異常気象の予測研究は、エル・ニーニョに代表されるような数千キロメートル規模の熱帯気候変動現象の予測研究が中心でしたが、本成果により、今後、中緯度の大陸西岸域で発生する数百キロメートル規模の地域と密接に関連した(珊瑚、漁業、農業等に影響)気候変動現象の予測研究にも新たな扉が開かれた。

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
アプリケーションラボ 研究員 土井 威志
電話:045-778-5517 takeshi.doi@jamstec.go.jp
(報道担当)
広報部 報道課長 菊地 一成 電話:046-867-9198