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プレスリリース

2015年 2月 10日
独立行政法人海洋研究開発機構
国立大学法人琉球大学

南海トラフ熊野海盆泥火山で巨大地震の震源域に由来する水の成分を発見
―海底下深部の水循環システムに関する新知見―

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)海底資源研究開発センターの西尾嘉朗技術主任は、琉球大学理学部の土岐知弘助教らと共同で、紀伊半島の東南に位置する熊野海盆の海底泥火山(地下深部で形成された、水分を多く含む泥質堆積物が表層に噴き上がってできた円錐形の高まり:図1)から掘削された堆積物のサンプルに、最大310°Cと推定される高温を経験した成分が含まれることを明らかにしました。

これまで、熊野海盆の海底泥火山に含まれる水は60°C~150°C付近(推定海底下5km)の粘土鉱物の脱水に由来すると考えられてきましたが、今回、水の温度履歴指標となる水に含まれるリチウム(以下「Li」という)元素の同位体比(7Li/6Li比)を詳細に測定したところ、粘土鉱物の脱水作用以外にも、南海トラフ巨大地震の震源域に相当する210°C~310°C付近(推定海底下15km)の履歴を持つ水が含まれていることが明らかになりました。

本発見は、南海トラフの海底下深部において、これまで考えられてきたより複雑な水の動きがあることを示しており、プレート境界域における地殻変動や物質循環を理解する上でも極めて重要な科学的成果です。

本成果は、Elsevier社の科学誌「Earth and Planetary Science Letters」に1月28日付でオンライン掲載されました。

タイトル:Origins of lithium in submarine mud volcano fluid in the Nankai accretionary wedge
著者:西尾嘉朗1,2、井尻暁1,2、土岐知弘3、諸野祐樹1,2、谷水雅治1、永石一弥1、稲垣史生1,2
1. 独立行政法人海洋研究開発機構・高知コア研究所、2. 独立行政法人海洋研究開発機構・海底資源研究開発センター、3. 琉球大学・理学部
電子版サイト:http://dx.doi.org/10.1016/j.epsl.2015.01.018

2.背景

海底下深部における水の挙動は、南海トラフ等の海溝域で起こる巨大地震の発生メカニズムに重要な役割を担うと考えられています。ところが、現在の科学掘削の技術によって直接的にサンプルを採取して調査できるのは海底下数km程度であるため、それ以上の大深度環境は、主に地震波速度や電気伝導度といった地球物理学的な手法を用いた調査研究からの知見によるものでした。しかし、これらの地球物理学的な手法では、水の流れや起源といったさらに詳細な知見を得ることは困難でした。

「泥火山」は、地下深部で形成された泥質流体(水を多く含む泥質堆積物)が表層に噴き上がってできた円錐形の高まりで、いわゆるマグマ活動を伴う陸上の火山とは異なります。日本近海では、紀伊半島南東沖(熊野灘)や種子島沖といった南海トラフ沿いの特定の海域に多数の泥火山が確認されています。それらの泥火山には、科学掘削等により直接サンプルを採取することが困難な大深度の地層に含まれる物質が含まれているため、水の挙動等の海底下深部環境を理解する上で重要な研究対象と位置付けられています。

このため、本研究では、2009年と2012年に地球深部探査船「ちきゅう」により熊野海盆第5泥火山の山頂から採取された掘削コア試料(※1)を用いて、同泥火山の内部に含まれる水(「間隙水」)の調査を行いました。

3.成果

研究グループでは、今回の調査で間隙水中のLiの同位体比(7Li/6Li比)(※2)に着目しました。Liは高温で岩石から水に溶出する性質を持つため、高温を経験した深部流体は海水などに比べてLiを多く含むことが知られており、この性質を利用することで、泥火山の形成に寄与した水の起源や温度履歴を明らかにしたいと考えました。

同位体比分析の結果、熊野海盆第5泥火山から採取された掘削コア試料の間隙水には、軽いLi同位体組成(低い7Li/6Li比)を持つLiが多く含まれることが明らかとなりました。一般に、火山付近の温泉水のように、高温を経験した水ほど軽いLi同位体組成(低7Li/6Li比)を持ちます。一方、海水や周囲に熱源が存在しない場所の地下水は、重いLi同位体組成(高7Li/6Li比)を持つことが知られています。さらに、水(液相)と岩石や泥(固相)に含まれるLiの同位体比の違いから、液相と固相が反応してLiが溶出された場所の温度を推定することが可能です(図2)。

本研究により検出された熊野海盆第5泥火山の水に含まれるLiの軽い同位体組成は、熊野海盆の堆積物のような地殻物質と反応していた場合、泥火山に含まれる水の一部が210°C~310°Cという高温・大深度の履歴を持つことを示唆します。噴出後の時間経過や反応していた固相の種類によって推定温度は変わりますが、いずれも推定温度を低下させるものであるため、実際には310°Cよりさらに高い温度を経験した可能性も考えられます。

これまでに、地球物理学分野で用いられる手法の1つである電気伝導度の調査の結果から、南海トラフ域には特に電気の通りやすい「水たまり」が、少なくとも2つある可能性が示唆されていました(図3)(※3)。

このうち、海底下5km以浅の「水たまり」は、堆積物を構成する粘土鉱物(スメクタイト)が、地熱による温度上昇に伴って異なる粘土鉱物(イライト)に変わる温度(60~150°C)と分布が一致していることから、スメクタイト鉱物がイライト鉱物に変化する際に排出された水が供給源であると推察されていました(※3)。一方、くさび状マントルの先端部に相当する地下20〜40kmに、別の水たまりがあることが示唆されており、それは高温の大深度環境にあることから、沈み込んだ海洋プレート(スラブ)から脱水した水である可能性が推測されていました(※3)。

以上のことから、本研究で検出された210°C~310°C(あるいは310°C以上の可能性もある)の温度を経験した水の成分(Li)の存在は、南海トラフに点在する泥火山の水の起源が、海底下5km以浅(海底下60°C~150°C)で起きる粘土鉱物の脱水作用(スメクタイト-イライト変化)によるものだけではなく、さらに深くの海底下20km以深にある「水たまり」に由来する水が含まれている可能性も考えられます(図3)。

4.今後の展望

Li同位体比が比較的簡便に測定できるようになったのは2000年以降のことであり、本研究は、日本の泥火山に含まれる水(海と陸の両方を含めて)のLi同位体比を報告した初めての報告です。泥火山は、南海トラフをはじめとする世界各地のプレート境界域に数多く点在していることが知られています。泥火山は、海底下深部と表層とをつなぐ重要な物質循環の役割を果たしている一方で、その形成要因や水の起源については不明な点が多いのが現状です。特に南海トラフなどの海溝型巨大地震が発生する海域においては、断層の滑りやすさや地質の力学強度などに、沈み込んだプレートから排出される深部由来の水が大きく関わっているとする説があります。

本研究が明らかにした、熊野海盆第5泥火山における300°C近い温度履歴を持つ水の成分(Li)の存在は、海底下深部における水の生成や動きが、これまで考えられてきたより複雑で、大きな空間規模で起きていることを示すものです。このような観点から、泥火山は海底下深部と表層をつなぐ「天然のパイプライン」と見ることもできます。今後、科学掘削や深海調査により得られた地形データやサンプル等を詳細に調査することにより、泥火山の形成要因や活性と地質変動との関わり、深部から運ばれた物質の化学的特徴や元素循環の過程などを解明していくことが期待されます。

※1 日本の海底泥火山では初となる本格的掘削で得られた試料。

※2 Liは質量数7の7Li(92.5%)と質量数6の6Li(7.5%)の2つ同位体が存在するが、Li同位体比とは、この7Liと6Liの比(7Li/6Li)を指す。

※3 南海トラフ域の電気伝導の調査結果は以下の2つの論文を参照。
Kasaya et al. (2005) Earth Planets and Space 57, 209-213.
Yamaguchi et al. (2009) Earth Planets and Space 61, 957-971.

図1

図1 南海トラフの熊野海盆第5泥火山の位置(左図)と、熊野海盆第5泥火山周辺の詳細な海底地形図(右図)。

図2

図2 水と岩石のLi同位体比の違いから温度推定する方法の概念図。

図3

図3 約300°C(もしくはそれ以上)の深部由来の水の上昇が、南海トラフ熊野灘の海底泥火山供給される経路を示した模式図。地震の震源域に近い深度からの水の供給は、泥火山の形成要因のみならず、同海域における地殻変動に影響を与えている可能性がある。

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
海底資源研究開発センター 企画調整グループリーダー
中村 亘
(報道担当)
広報部 報道課長 菊地 一成
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