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プレスリリース

2015年 3月 19日
独立行政法人海洋研究開発機構
株式会社 三菱地所設計
株式会社 竹中工務店

高層ビルに囲まれたオアシス緑地の低温化現象と樹木の効果
―3次元連続観測と街区解像シミュレーションにより解明―

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(以下「JAMSTEC」という)地球情報基盤センター、株式会社 三菱地所設計、および株式会社 竹中工務店による研究チームは、東京都心(大手町・丸の内・有楽町地区)にある「丸の内パークビル」の中庭を対象に、高層ビルに囲まれた緑地の低温化現象と、それをもたらす樹木の効果を、3次元連続観測と街区高解像度シミュレーションにより解明しました。

本研究は、ビル街における樹木等緑地が熱環境の改善にどの程度寄与するのかを解明するために実施されたもので、三菱地所設計および竹中工務店が日本工業大学の協力のもと2012年、2013年に「丸の内パークビル」における夏季夜間の気温、樹冠表面温度、風向・風速等について3次元的に連続観測を実施したところ、緑地である中庭において気温低下が生じており、その要因が樹木にある可能性を示唆する結果が確認されました。これを受けて、JAMSTECでは、樹木が中庭の気温低下に及ぼす具体的なメカニズムを解明するため、新たに開発した計算モデルを用いて、対象街区に対する熱環境解析のための高解像度数値シミュレーションをスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」上で実施しました。その結果、観測事実と同様、夜間の中庭における気温低下がよく再現され、さらにその要因が樹木の放射冷却(※1)と蒸散(※2)作用にあることが明らかになりました。

本成果は(1)街区の設計監理を担当した三菱地所設計(2)街区における3次元の気象観測の機材と測定・分析技術を保有する竹中工務店(3)「地球シミュレータ」を使うことによる精緻な熱環境シミュレーション技術をもつJAMSTECの3機関が連携することにより初めて実現した、世界的に見ても先駆的な研究です。

今後、都市街区の設計において快適性の高い屋外空間の実現に貢献するほか、都市計画の規模で地球温暖化やヒートアイランドの緩和・適応策を講じるための基礎情報として活用されることが期待されます。

なお、本成果は3月20日に国連大学で行われるシンポジウム「都市・臨海・港湾域の統合グリーンイノベーション-都市と海のつながりから環境を考える- 第4回 シンポジウム」でも紹介されます。

2. 背景

近年、ヒートアイランド現象等都市の気温、特に夏季における熱環境への関心が高まっています。都市部における熱環境の悪化は、熱中症発生などの危険性をはらんでいることから、その緩和につながる取組が社会的にも求められており、その一つとして、緑地の効果が注目され、海上を吹く低温の風を都市内部まで取り入れる風の道を創出する計画も立てられています。高層ビルの立ち並ぶ大都市においては、大規模な緑地の整備が困難であることもあり、小規模であっても緑地は都心部で働く人々や訪れる人々にとって貴重な「オアシス」であると言えます。

日本有数のビジネス街である大手町・丸の内・有楽町地区(大丸有地区)では、地区を訪れる人や働く人にとって快適性の高い屋外空間を形成すべく、緑豊かな屋外空間の整備が進められています。

しかしながら、これらの緑地が具体的にどれほどの気温低減効果を持つのかについては、測定器が景観に与える影響や安全性などの問題から、これまでなかなか実施されてこなかったのが現状でした。

3.成果

そこで、2009年に完成した「丸の内パークビル」(図1)の設計者である三菱地所設計と施工者である竹中工務店は、中庭の緑地が持つ気温を低下させる効果を検証するために、日本工業大学の協力を得て、2012年の夏季に、大丸有地区全体を対象とした屋外空間の利用調査を行い、空間の利用状況と空間をとりまく環境の関連性を把握することを試みました。その結果、丸の内パークビルの中庭は、人の視点に占める樹木などの緑の比率が非常に高いこと、夏季は周辺に比べて気温が低く、このことが多くの人々に利用されている一つの要因であることがわかりました。さらに、夜間において、中庭の気温低下が確認され、樹冠(枝葉等の繁っている部分)がこの現象に関連している可能性が示唆されました。そこで、2013年の夏季も継続して観測を実施し、より詳細な観測データを蓄積すべく、3次元に配置された観測点による夏季夜間の気温、樹冠表面温度、風向・風速等について連続観測を行うなど屋外熱環境の実測調査を行いました(図2)。

さらに、中庭の緑地が屋外環境の低温化に具体的にどのように寄与しているのかを調べるため、JAMSTECにおいてスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を用いて、先の観測結果から冷気生成効果が顕著に見られた2013 年8 月7 日~8 日の夜間を対象とした高解像度数値シミュレーションを実施しました。シミュレーションに用いたモデルは、従来のマルチスケール大気海洋結合シミュレーションモデルMSSG(※3)に改良を加え、日射や熱放射といった放射(※4)が3 次元的に熱を伝える効果、樹木が風を弱める効果、樹木が放射の一部を遮る効果、および樹木の蒸散の効果を新たに組み込んだ画期的な熱環境シミュレーションモデルです。同モデルでは、ビルの壁面や樹木の葉について、蓄熱効果や熱収支を考慮して表面温度を計算するため、蓄熱した壁面による空気の加熱や低温の植物による冷却を考慮し、時々刻々変化する風の流れを3次元的に計算することができます。

数値シミュレーションの結果、深夜12 時から午前3 時にかけての時間帯に中庭中央で観測された風速の低下と風向の変化が良く再現されました(図3)。特に2時以降の30 分間に着目して実施した1m解像度の数値シミュレーション結果では、中庭内の気温が都道沿いに比べて顕著に低下する傾向が確認され、観測事実を裏付ける結果が得られました。さらに仮想的に中庭内に樹木がないケースとの比較を行ったところ、樹木がないケースの気温の分布では、樹木があるケースに比べ、中庭内外の気温差が小さいことが明らかになりました(図4)。樹木があるケースでは、樹冠の放射冷却と蒸散により葉面温度が低下し、空気が冷却されることも確認されており、これらの結果から、樹木が中庭内で確認された低温の一要因を担っていることが明確に示されました。

4.今後の展望

地球温暖化やヒートアイランド現象による都市の高温化が人々の暮らしにどのような影響を及ぼすかという課題には、強い関心が寄せられています。開発したシミュレーション技術を活用することにより、これまで定性的にしか評価されていなかった樹木の効果の定量的なシミュレーションを行うことができます。屋外空間を設計するにあたり、設計段階で複数案に対するシミュレーションを実施することで、より快適性の高い屋外空間の整備が可能になっていくものと期待されます。今後、さまざまな樹種を考慮し、本シミュレーションの有効性を多方面で示していく予定です。さらに、開発したシミュレーションモデルを利用し、極めて大規模な数値シミュレーションを実施することで、さらに広域の街における熱環境の評価を行うこと(例えば、東京の大規模緑地と海風の進入経路を同時に考慮しながら、街中の人々の置かれる熱環境を明らかにすることなど)が可能になります。本モデルは、都市計画の規模で地球温暖化やヒートアイランドの緩和・適応策を講じるための強力なツールとなりうるものです。今後の研究により、都市の高温化が街や緑地の熱環境に及ぼす影響を解明し、適切な対策を講じるための知見が得られることが期待されます。

用語解説:

※1 放射冷却:

地表面や建物壁面、樹冠の葉表面では、内部に蓄積した熱量の一部が、表面温度に応じた強度の赤外線放射(熱放射)として放出されている。放射冷却とは、特に、日射による大きな熱の供給がない夜間に晴天の場合に、空へ向かって放出される熱放射により地表面や壁面、葉表面の熱量が失われ、表面温度が低下する現象を言う。

※2 蒸散:

植物の葉の表面にある気孔から水分が水蒸気として大気に放出される現象。蒸散過程において、液体の水が水蒸気に変わる際に水分が葉から熱を奪うため、蒸散によって葉の温度は周囲の気温より低く保たれる。

※3 MSSG (Multi-Scale Simulator for the Geoenvironment):

地球全体、特定の地域、さらに特定の都市や街区など、様々なスケールの大気現象と海洋現象を計算することのできるマルチスケール大気海洋結合数値モデル。一般的な気象・海洋モデルでは、全球スケール(地球全体)、メソスケール(特定の地域)、都市スケールについて、それぞれに異なるモデルが使用されている。MSSGでは、これらのスケールを単一の数値モデルで取り扱うことにより、異なるスケールの間の相互作用を再現することが可能なモデルの開発を進めている。本研究では、さらに都市スケールに着目し、気象現象をより精緻に計算するための改良をおこなった。

※4 放射:

可視光線や赤外線などの光、もしくは光による熱の輸送形態のこと。通常の気象モデルでは、放射プロセスは鉛直方向の熱輸送のみを考慮しているが、建物や樹木などの地表面の複雑形状の影響を考慮するためには、建物間の放射熱の授受を取り入れ水平2方向も考慮した3 次元的な放射の伝達を考慮する必要がある。通常、時々刻々変化する気象場の中での3 次元の放射計算は計算量が膨大になってしまうため取り扱われていない。MSSG に実装した都市3 次元放射モデルでは、この計算量を少なく抑える工夫をしたうえで取り込み、かつJAMSTEC の保有するスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を利用することで、気象シミュレーションにおける3 次元放射計算の高速計算を実現した。

図1

図1 丸の内パークビルの外観。(左)高層のタワー棟(高さ約167m)を含む丸の内パークビルの全体。(右)上空から見た中庭の様子。中庭に芝生面があるだけでなく、アネックス棟(手前左)などには屋上緑化や壁面緑化も施されている。中庭内に植わっている樹木は最も高いもので約17mに達する。

図2

図2 丸の内パークビルの中庭に設置した観測機器の概観写真とサーモカメラ画像計測例。下図に、今回注目した2013 年8 月7 ~8日の観測結果より、中庭中央「A点」における気温(青線)と水平風速(茶)、中庭外「C点」における気温(濃茶点線)、サーモカメラによる樹冠表面温度(緑線)を表示する。0時45分頃以降の数時間、風が弱くなっている。その時間帯に、中庭中央(A)では顕著な気温の低下が観測されたが、中庭外(C)では見られない。サーモカメラによる樹冠表面温度の測定値でも低下が観測されたが、そのタイミングは気温の低下よりもやや早く、樹冠の表面温度の低下が気温低下の要因となった可能性が示唆される。

図3

図3 中庭中央に設置された3次元風速計の観測結果と数値シミュレーションの結果の比較。(左)風速の時間変化、(右)風向の時間変化。中庭中央の3 次元風速計(茶色)では、0 時から3 時にかけての時間帯に風速の低下と風向の変化が観測されている。これらと対応した傾向が数値シミュレーションによる同地点の風速・風向(青色)にも現れている。中庭で観測された風向・風速の傾向は、気象庁アメダスの観測データ(皇居北の丸、地上35m にて観測。灰色で表示)の風向・風速の傾向とは異なるため、中庭周辺の街区形状によって局所的に生じたものと考えられる。

図4

図4 丸の内パークビル中庭周辺の樹冠分布と気温分布の数値シミュレーション結果。(左)中庭に樹木があるケース、(右)中庭に樹木がないケース。午前2:30頃の気温(10分間平均値)の等値面を半透明曲面(青、黄、赤の順に気温が高くなる)で3次元表示している。建物表面の緑色は、屋上緑化と、ガラス面を表す。

【参考映像】「丸の内パークビル」の樹木がもたらす低温化現象

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球情報基盤センター 先端情報研究開発部 地球シミュレーション総合研究開発グループ
研究員 松田 景吾
地球情報基盤センター 統合地球情報研究開発部 情報展開技術研究開発グループ
技術研究員 杉山 徹
(報道担当)
広報部 報道課長 菊地 一成
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