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プレスリリース

2015年 7月 30日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
紀本電子工業株式会社

JAMSTEC、紀本電子工業のチームが開発したpHセンサ「HpHS」が
国際コンペ「Wendy Schmidt Ocean Health XPRIZE」で3位獲得

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)海洋工学センターの中野善之技術研究員と紀本電子工業株式会社(代表取締役社長 紀本 岳志、以下「紀本電子工業」という。)らのチームが開発したハイブリッドpHセンサ「HpHS」 (図1,2表12015年5月8日既報)が、海洋酸性化の調査研究に使われる海水用pHセンサの国際コンペティション「Wendy Schmidt Ocean Health XPRIZE」において、総計77チームの中から4度の審査を突破し、「値の正確さ」部門(Accuracy Prize)において3位を獲得しました。

ハイブリッドpHセンサ「HpHS」とチームメンバー。前列左から、中野善之、三輪哲也(以上JAMSTEC)、
後列左から、岡田靖彦、西尾康三郎、木下勝元、江頭毅(以上紀本電子工業)。

同コンペティションには世界中の企業や大学から77チームが参加し、日本からはJAMSTECと紀本電子工業の合同チーム(チーム名:「HpHS」、チームリーダー:JAMSTEC海洋工学センター中野技術研究員)を含む2チームが出場しました。決勝戦に相当するフェーズ4の最終観測試験は2015年5月14日~20日にハワイ沖で行われ、チーム「HpHS」のほか、イギリス、アメリカ、ノルウェーの5チームが水深0mから3,000mまでの鉛直観測を行いました。これらフェーズ4進出チームには、海洋における大手のセンサメーカーが複数社名を連ねています。

最終審査は最終観測試験での観測値の正確さ(審査側が定める標準値からの誤差の小ささ)、繰り返し性(複数回計測時の値のバラつきの少なさ)等に加え、フェーズ2、3で審査された長期安定性や扱いやすさを踏まえて総合的に行われ、審査の結果、「値の正確さ」部門(Accuracy Prize)において「HpHS」が3位を獲得しました。

2.背景

地球表面の7割を占める海洋は、膨大な熱を蓄え、様々な物質を溶かし込んでいます。海洋に溶けた物質は、海洋を巡りながら地球の気候に大きな影響を与えていると考えられています。

人類の活動によって大気中に排出される二酸化炭素もまた、海洋環境に大きな影響を与えている物質の一つです。年間数百億トンといわれる二酸化炭素が大気中に放出されると、その一部は海洋に吸収され、プランクトンやサンゴ礁など海洋生物の生態系に深刻な影響を及ぼすと考えられています(海洋酸性化:※1)。さらに、こうした海洋生態系の変化は、海洋の物質循環過程にも影響を与え、ひいては地球環境の変化を加速させている可能性が指摘されています。

海洋の酸性化が地球環境に与える影響を正確に理解するためには、海洋の酸性度(pH:※2)を長期にわたって正確にモニタリングし続けることが重要です。ところが、海洋酸性化をモニタリングするために必要な海洋pHセンサについては、これまで精度的に不安定なものか高価で複雑なものしかないのが現状でした。こうした中、pHセンサの性能向上、センサ普及による海洋酸性化の研究推進を目指し、米国のXPRIZE財団による賞金総額200万ドルの海洋のpHセンサコンペティション「Wendy Schmidt Ocean Health XPRIZE」が開催されるに至りました。

JAMSTECは、海洋酸性化をはじめとする海洋の物質循環過程の変化とそのフィードバック機能の解明や、深海における熱水活動域の詳細な調査のため、従来より化学センサを用いた観測研究を実施しており、これらの現場観測実績を踏まえて独自の化学センサ開発にも取り組んでいました。そこで、これまで培ってきた知見を活かすべく、国内トップレベルの環境計測機器メーカーである紀本電子工業との共同開発チーム「HpHS」を結成し、今回のコンペティションに参加することとしました。

3.「Wendy Schmidt Ocean Health XPRIZE」について

海洋酸性化が問題視される中、酸性化をモニタリングするための海洋pHセンサについては、不安定なものか高価で複雑なものしかないのが現状です。そこで、米国のXPrize財団はpHセンサの性能向上、センサがより広く普及することによる海洋酸性化の研究推進を目指して、賞金総額200万ドルの海洋のpHセンサコンペティション「Wendy Schmidt Ocean Health XPRIZE」を開催しています。値の正確さを重視した賞(Accuracy Prize)と価格の低さや扱いやすさを重視した賞(Affordability Prize)の2つの賞があり、それぞれ1位に75万ドル、2位に25万ドルの賞金が与えられます。コンペティションはフェーズ1から4まで、それぞれの条件を上位でクリアしたセンサのみが次のフェーズへ進むことができる勝ち抜き制となっています。

XPrizeが主催した海洋に関わるコンペティションとしては、2011年にWendy Schmidt OIL CLEANUP X CHALLENGE(優勝賞金100万ドル)があります。

公式Webページ:http://oceanhealth.xprize.org/

「Wendy Schmidt Ocean Health XPRIZE」スケジュール、開催場所

2014年6月末
応募締め切り(77チームがエントリー)
2014年8月
フェーズ1:応募書類のレビュー、書類審査結果発表
2014年9月
フェーズ2a:5日間のラボ試験
(18チーム参加、モントレー湾水族館研究所)
2014年9月~12月
フェーズ2b:3ヶ月のラボ連続観測試験
(16チーム参加、モントレー湾水族館研究所)
2015年1月
フェーズ2:結果発表
2015年2月~3月
フェーズ3:1ヶ月の沿岸耐久観測試験
(14チーム参加、シアトル水族館)
2015年4月
フェーズ3:結果発表
2015年5月
フェーズ4:FINAL 実海域鉛直観測試験(図3
(5チーム参加、ハワイ沖)
2015年7月20日
授賞式(Harold Pratt House、ニューヨーク)

4.ハイブリッドpHセンサ(HpHS)について

pHセンサとは、水溶液のpHを測る計器のことで、海洋酸性化のモニタリングの他、深海熱水域で熱水の化学的性質を調べる用途等にも用いられています。pHを測る仕組みにはリトマス試験紙のように色の変化から溶液のpHを測る「比色法」と電極の起電力を測定する「電極法」の2種類がありますが、電極法と比色法では、応答速度、正確さ、消費電力、長期安定性、扱いやすさにおいて相反する長所と短所があります(表2)。

そこで、JAMSTECと紀本電子工業の開発チームは、エンジンと電気モーターの2つの動力源を持つハイブリッドカーのように、それぞれの測定法の短所を補い、長所を活かしたハイブリッド型のpHセンサ「HpHS」を開発しました(図1,2表1)。HpHSは既存のpHガラス電極センサ(※3)と現場型比色pHセンサ(※4)を一体化させ、普段は省電力なpH電極で高頻度に測定し、その測定値を数回~数十回に一度、正確で安定な比色法で補正することによって、消費電力を抑えながらも長期間、安定したpH測定を可能とするセンサです。このような「比色法」の正確さや長期安定性と、「電極法」の応答速度や省電力の長所を持ち合わせたハイブリッドpHセンサは世界で初めての開発となり、今回のコンペティションに参加しているpHセンサの中でも唯一の方式です。

5.XPRIZEについて

XPRIZE財団は1995年に設立されたアメリカ合衆国の非営利団体です。5つの分野(学習、探査、エネルギーと環境、世界規模の開発、生命科学)においてコンペティションを実施することで世界的な難問を解決しようとしています。

実施中のコンペティションは、Google Lunar XPRIZE(賞金総額3,000万ドル)、Global Learning XPRIZE(賞金総額1,500万ドル)、Qualcomm Tricorder XPRIZE(賞金総額1,000万ドル)、Adult Literacy XPRIZE(賞金総額700万ドル)、Wendy Schmidt Ocean Health XPRIZE(賞金総額200万ドル)です。

XPRIZE公式Webページ:www.xprize.org

6.Wendy Schmidt氏について

Wendy Schmidt氏はクリーンエネルギーの開発と天然資源の効率的な使用を目指すThe Schmidt Family Foundationや気候変動に関する報告を行っている複数の財団の総裁です。

2009年にはGoogle会長である夫のエリック・シュミット氏と共同で、観測船(RV Falkor)も有するシュミット海洋研究所を設立しています。彼女はスミス大学を優秀な成績で卒業、カリフォルニア大学バークレー校からジャーナリストの修士号を得ており、現在は米国国家資源防衛審議(The Natural Resources Defense Council), Climate Central, The Cradle to Cradle Products Innovation Institute, The Trust for Governors Island, XPRIZE Foundation, The 1851 Trust, Grist and MAIYET各団体の役員を務めています。

7.今後の展望

JAMSTECでは現在、西部北太平洋亜寒帯域の時系列観測点Station K2(北緯47度、東経160度)にて海洋酸性化研究のための定点観測を実施しており、「HpHS」も7月上旬から1年間の予定で係留されています。また今後は、海洋酸性化の進行が世界で最も早い可能性がある北極域でもpH観測が検討されている他、二酸化炭素の地層回収・貯留(CCS)における海底での二酸化炭素漏洩モニタリングや、日本近海の海底資源開発に伴う環境影響評価への活用も見込んでおり、引き続き本コンペティションで得られた知見を活かしてさまざまなフィールドで高精度データを取得し、海洋研究に貢献していく予定です。

※1 海洋酸性化
二酸化炭素は水に溶けると、酸性を示す特徴がある。自動車の走行やエネルギー獲得のための化石燃料の燃焼など、人類の活動により、年間数百億トンの二酸化炭素が大気中に放出されている。その一部が海洋に溶けていくため、海水はより酸性になる。一部の海洋の生物はこの酸性化(pHの変化)に対して耐性が弱く、海洋性プランクトンや軟体動物・サンゴなどはpHの変化により健康を損なうことが危惧されている。今年の4月にG7諸国の科学アカデミーが連名で発表した共同声明(「海洋の未来:人間の活動が海洋に及ぼす影響」)においても、海洋の酸性化は生物多様性等に対し深刻な影響を生じる可能性がある、とされている。
参考:www.scj.go.jp/ja/int/g8/index.html

※2 pH
水素イオン濃度指数。水に溶け込んでいる水素イオン濃度を示す値。pH7が中性であり、これより低い値が酸性であることを表す。表面海水は一般的に弱アルカリ性(pH8付近)を示すが、海洋酸性化により産業革命前と比較して0.1程度低下していると推定されており(IPCC, 2013)、様々なイオンが溶け込んでいる海水から、このわずかな水素イオン濃度の変化をとらえ、月単位や年単位で安定的に計測できるpHセンサが望まれている。

※3 pHガラス電極センサ
紀本電子工業と高知大学が共同で開発した現場型のガラス電極センサ(特許第5480108号、「pHの測定方法」、権利者:紀本電子工業株式会社・高知大学)

※4 現場型比色pHセンサ
紀本電子工業と公益財団法人地球環境産業技術研究機構が共同で開発した現場型の比色センサ(間木・紀本、2011年度海洋学会秋季大会要旨集、2011)

図1
図1 ハイブリットpHセンサ
「HpHS」写真
図2
図2 HpHS構成図
図3

図3 5月14日~20日にハワイ沖で行われたフェーズ4(最終観測試験)のようす。決勝進出した5チームのpHセンサを搭載した採水器が海中投入され、鉛直観測を実施した。

表1 HpHSの仕様

  電極pH 比色pH
測定範囲 3.5~9.0pH 7.2~8.2pH
繰り返し性 ±0.01pH以内 ±0.002pH以内
分析方法 ガラス電極 比色法
応答速度 20秒以内
(90%応答)
3分以内
(90%応答)
分解能 0.001pH
測定頻度 1秒
補助測定項目 温度0~40°C(分解能0.01°C)
連続測定期間 約90日(標準の充電池使用時)
大きさ 198×198×960mm
重量 10kg(空中)
耐圧 水深3,000m

表2 電極法と比色法の特徴

  電極法 比色法
応答速度
正確さ
消費電力(※) ×
長期安定性 ×
扱いやすさ ×
※同条件下(測定回数、間隔)で測定した場合

チーム「HpHS」紹介映像(「Wendy Schmidt Ocean Health XPRIZE」公式ページより)

(本発表について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
海洋工学センター 海洋技術開発部 先進計測技術グループ
技術研究員 中野 善之
紀本電子工業株式会社
専務取締役 紀本 英志
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
広報部 報道課長 松井 宏泰
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