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プレスリリース

2015年 8月 18日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

放射性セシウムが付着した福島原発沖海底堆積物の
再懸濁と外洋への水平輸送

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」)は米国ウッズホール海洋研究所(以下「WHOI」)と協力して、東京電力福島第一原子力発電所(以下「東電福島原発」)南東沖の大陸斜面において、水中を沈降してくる粒状物を2011年7月から連続的に捕集し、2011年に発生した東電福島原発事故により放出された放射性セシウムの量を測定してきました。

その結果、放射性セシウムが付着した東電福島原発沖の海底堆積物が沖合に向かって水平移動している様子を捉えることに成功しました。粒状物からは事故から約3年が経過した2014年7月においても事故由来の放射性セシウムが検出されており、特に台風が通過した後等は、浅海域の海底堆積物が巻き上り、流れによって海中を大陸斜面まで素早く水平輸送されてくる様子がうかがえました。

これらの成果は、東電福島原発沖堆積物の放射性セシウムがどれぐらいの時間で低下していくのかを推定するための貴重な資料になることが期待されます。

本成果は、米国化学会の学術誌Environmental Science and Technologyに8月18日付で掲載されます。

タイトル:Tracking the fate of particle associated Fukushima Daiichi cesium in the ocean off Japan

著者:Buesseler, K. O.1, C. R. German1, 本多牧生2、乙坂重嘉3、E. E. Black1, 川上創2、S. J. Manganini1, S. M. Pike1

所属:1. 米国ウッズホール海洋研究所、2. 国立研究開発法人海洋研究開発機構、3. 国立研究開発法人日本原子力研究開発機構

2.背景

2011年3月11日、東電福島原発は東北地方太平洋沖地震とそれに伴う津波によって被災し、広範囲に影響を及ぼす原子力事故が発生、その結果、大量の放射性物質が環境中(外部)へ放出される事態となりました。放出された放射性物質の多くは、汚染塵や汚染水として西部北太平洋に供給されました。そのため海洋へ供給された放射性物質による環境や生態系への影響を推定するために、放射性物質の海洋内での移動、拡散状況や海水・海洋生物・沈降粒子・海底堆積物への分配状況を把握することが喫緊の課題となり、多くの調査が行われてきました(2013年6月5日既報)。事故から4ヶ月後の2011年7月から、JAMSTECはWHOIと協力して東電福島原発から南東へ約100km離れた大陸斜面の1点(観測点名F1:北緯36度27.5分、東経141度28.0分、水深1300m、図1)の水深500mと1000mに時系列式沈降粒子捕集装置(セジメントトラップ、図2)を設置し、同地点同水深の粒状物の連続(時系列)捕集を開始しました。その後、約1年毎にセジメントトラップを回収・再設置し、2014年7月までに回収された粒状物の主要成分および東電福島原発事故由来の放射性セシウムを測定しました。

3.成果

東電福島原発事故由来の放射性セシウム(東電福島原発事故で放出されたセシウム134、半減期2年)が水深500mと水深1000mのセジメントトラップの観測開始直後の捕集粒状物から検出されました(図3)。放射性セシウムの沈降量(フラックス)と濃度は2011年9-10月に最大となり、その後、12月頃および2012年2-3月頃に増加した後からは徐々に減少しました。それ以降2014年7月まで、放射性セシウムフラックスおよび濃度は、値が低いまま検出され続けましたが、2012年9-10月と2013年9-10月に放射性セシウムフラックスと濃度の小規模な増加が観測されました。また水深1000mにおける放射性セシウムフラックスの3年間平均は水深500mのものより大きい結果となりました。

今回観測された放射性セシウムフラックスは、観測点F1付近の海水中放射性セシウム濃度、分配係数および全粒子フラックスから推定される放射性セシウムフラックスより大きく、また、通常の海洋生物活動に伴うフラックスの季節変動では、9-10月にフラックスと濃度の増加が起こる可能性は低いと考えられます(図3)。またセジメントトラップで捕集された粒状物の土砂成分濃度が高いこと、水深1000mの放射性セシウムフラックスや全粒子フラックスの方が水深500mのものより平均的に大きいこと等から、セジメントトラップに捕集された多くの粒状物が、海流によって水平方向に運ばれてきた東電福島原発沖の放射性セシウムが付着した海底堆積物であると推定されました。本観測研究では9-10月に放射性セシウムが増加している様子が観測されましたが、これらの時期、特に2013年9-10月の場合は、東電福島原発から100km圏内を複数の台風が通過しており、流れ場の変化により浅海域の海底堆積物がより多く再懸濁し、海流によって観測点F1まで水平輸送されやすい状況にあったと推定されました。さらに本観測研究で得られた結果と、他機関が実施した東電福島原発東方沖100kmにおけるセジメントトラップによる観測結果を比較すると、海底堆積物が観測点F1に向かってより多く移動している様子もうかがうことができました。

4.今後の展望

今後の東電福島原発沖の海洋環境やその生態系への影響を評価するためには、海底堆積物に付着した放射性セシウムが今後どれぐらいの速さで減少していくのかを明らかにすることが重要です。そのため放射性セシウム濃度が低下するメカニズムである、海水への再溶解、底生生物による堆積物の攪乱による希釈効果に加え、本観測研究による海底堆積物の再懸濁と流れによる外洋域への水平輸送量をより定量的に明らかにしていきます。

図1

図1. 観測点F1(北緯36度27.5分、東経141度28.0分)

図2

図2. 時系列式沈降粒子捕集装置(セジメントトラップ)
黄色いコーン状の容器上部から沈降してきた粒状物を、防腐剤の入った容器下部の捕集カップに捕集。捕集カップは回転板に21個装着されており、あらかじめ設定した期間ごとに回転板が回転する事で交換される。これを海底から浮力材により緊張係留した(張力をかけて直立させた)ワイヤーの様々な深度に装着することで、各深度における期間ごとの粒状物を捕集する。これを通常は約1年間係留、1年後に船上から切離装置に音響信号を送信して、シンカーを切り離し、係留系を浮上させる。船上で粒状物入りの捕集カップを回収し冷蔵保存。陸上に持ち帰り粒状物の放射性物質ほか各種成分を化学分析する。

図3

図3. 水深500m(上図)と1000m(下図)のセジメントトラップに捕集された沈降粒子中の放射性セシウムフラックス(棒グラフ)と放射性セシウム濃度(黒丸)。放射性セシウム濃度はサンプリング当時のものに補正して表示。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球表層物質循環研究分野
上席技術研究員 本多 牧生
(報道担当)
広報部 報道課長
松井 宏泰
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