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2015年 11月 25日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人京都大学

エルニーニョ予測の新展開
~春先からの予測精度向上に新たな可能性~

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という)地球環境観測研究開発センター海洋循環研究グループの増田周平グループリーダーらは、京都大学と共同で力学解析に基づいたエルニーニョ現象の新しい予測手法を考案しました。

猛暑や旱魃、豪雨など社会的に影響の大きな異常気象を各地で引き起こすエルニーニョ現象の精度の高い予測方法の開発は、世界的に強く要請されている課題です。

この課題の解決に向け、データ同化(※1)技術を駆使し地球シミュレータによって作成された大気海洋環境再現データセットを用いて、大気―海洋間で交換されるエネルギー(海上風が海面を通じて水を動かす仕事量)のうち、エルニーニョ現象の発達・減衰に重要な役割をはたす要素を再評価しました。その結果、その要素は年によって異なる季節変化を示し、5-10年の時間間隔でエネルギー交換の振幅が変動していることが分かりました。

この解析結果をもとに、これまで直接エルニーニョ予測において考慮に入れられていなかった5-10年スケールのエネルギー交換の長期変動の影響を大気・海洋結合モデル(※2)に組み込みました。そして、過去のエルニーニョ現象に関する実証実験を地球シミュレータで行った結果、これまで難しいとされてきた「春先にその年のエルニーニョ現象を予測する精度」を大幅に向上させられることが明らかになりました。これは、エルニーニョ現象のメカニズム解明、予測精度向上に新たな可能性を示す成果です。

本成果は、Scientific Reports誌に11月25日付け(日本時間)で掲載される予定です。

なお、本研究の一部は、文部科学省気候変動適応研究推進プログラム(RECCA)の支援を受けて行われました。

タイトル:A new Approach to El Niño Prediction beyond the Spring Season
著者名:増田周平1,John Philip Matthews2,3,石川洋一4,望月 崇5,田中裕介4,淡路敏之6

所属:1. 国立研究開発法人海洋研究開発機構 地球環境観測研究開発センター、
2. Environmental Satellite Applications、3.京都大学 国際高等教育院、
4. 国立研究開発法人海洋研究開発機構 地球情報基盤センター、
5. 国立研究開発法人海洋研究開発機構 気候変動リスク情報創生プロジェクトチーム、
6. 京都大学

2.背景

JAMSTECはこれまで地球環境変動について、海洋地球研究船「みらい」をはじめとする船舶による高精度観測や海洋観測ブイ「TRITON」、自動昇降型漂流ブイ「Argoフロート」による長期観測などにより海洋大気観測データを蓄積するとともに、大気・海洋結合モデルなどの数値モデルのほか、数値モデルと観測データを統合して大気海洋環境を再現するデータ同化手法などを開発して、変動現象メカニズム解明や環境変動予測に取り組んできました。

熱帯太平洋域の変動現象の一つであるエルニーニョ現象は、赤道中央から東部のペルー沖にかけての海面水温が上昇する現象で、いったん発達すると日本を含め全世界的な気候変動(climate variation)に影響を及ぼすことが知られています。過去の記録では、例えば、西日本で冷夏、東日本で暖冬傾向であることなどが指摘されています。エルニーニョ現象によって引き起こされるこのような気候変動は、社会経済活動に無視できない影響を与えることから、各国の気象機関などで数値モデルや海洋、大気観測データを用いて精力的な予測研究が行われており、いくつかの公的機関からはエルニーニョ予報が公開されています。しかしながら、予報の精度にはいまだ改善の余地があります。その理由の一つは、エルニーニョ現象の発達過程のメカニズムに不確定な要素があるためです。冬にもっとも発達することが多いエルニーニョ現象ですが、春先にその年のエルニーニョ現象を予測することが特に難しいことが知られており、エルニーニョ予測研究の大きな課題となっています。

3.成果

1960年から2006年までの海洋観測データおよび大気観測データと四次元変分法大気海洋結合データ同化システム(※3)を用いて地球シミュレータで統合した大気海洋環境再現データセットから、エルニーニョ現象の発達・減衰に重要な役割を果たす大気―海洋間で交換されるエネルギー(海上風が海面を通じて水を動かす仕事量)の変化を再評価したところ、季節的にエネルギー交換が強い年と弱い年が5-10年の間隔で交互に現れることが分かりました。

このような季節的なエネルギー交換の変化はエルニーニョ現象の発達の仕方にも大きな影響を及ぼしていることが考えられます。エネルギー交換に強い年と弱い年があることを踏まえ、大気・海洋結合モデル上での大気―海洋間の影響の度合いをエネルギー交換が強い年には影響が強くなるよう時間的に変化させる新しい予測スキームを考案しました。過去のエルニーニョ現象に対して、地球シミュレータ上で新しい予測スキームによる実証実験をしたところ、予測精度が大幅に向上しました(図1)。春先からの予測が特に難しかった2014年のケースでも、予測精度は向上しており(図2)、統計的に見てもこのスキームの有効性が確認されています。

これらの結果は、これまでの予測シミュレーションでは直接的に考慮に入れられていなかった季節的なエネルギー交換の長期変動が春季におけるエルニーニョ現象の発達の仕方に強い影響を及ぼすことを示しているとともに、1年周期の季節変化、3-4年の不規則なサイクルを持つエルニーニョ現象、5-10年の時間スケールの長期変動という異なる3つの時間スケールの現象が、相互に作用することを考慮に入れることがエルニーニョ予測にとって必要不可欠であることを示唆しています。

4.今後の展望

今回の成果では、エルニーニョ予測研究の重要な不確定要素を一つ明らかにしたことになります。ここで注目した“異なる時間スケール間の相互作用”の実態に迫ることでエルニーニョ現象のメカニズム解明、予測精度の向上に大きく資し、将来的には漁業、農業、防災等の多分野において社会経済活動への貢献が期待されます。

一方で、今回の手法を実際の予報に応用するには、季節的なエネルギー交換の長期変動に関する情報を前もって知っておかなくてはなりません。今現在の熱帯気候がどのような季節的エネルギー交換の状態なのか?将来どのように変わりうるのか?このことをできるだけ正確に把握することが重要になってきます。現在、そのような長期気候変動の予測についても研究が進められていますが、統計的に意味のある長期の解析研究を実施するには、さらに長期間の観測情報を取得し続ける必要があります。JAMSTECでは、持続的な海洋観測、高度な数値シミュレーション実験を通して地球規模での中長期の気候変動現象のメカニズム解明に取り組みながら、新たな熱帯観測システムの構築と運用に尽力しつつ最新のデータ同化技術を積極的に取り入れるなど、多方面からエルニーニョ予測の新展開を図ります。

[用語解説]

※1 データ同化
 観測データと数値シミュレーション結果を融合させる手法のこと。特にここでは時空間的にまばらな観測データを数値モデルを用いて連続的にすることを意味する。予測シミュレーションを行う際に実際の観測データをデータ同化技術を用いて取り入れることで、より精度の高い大気・海洋環境の再現場(初期値)が得られ、正確な予測結果につながる。

※2 大気・海洋結合モデル
 大気と海洋の状態を同時に推定する数値モデル。大気と海洋の変動を数値的に解きながら、それぞれから計算される熱や物質、運動量の情報を矛盾なく交換し相互に数値計算に反映させていくことで一つの結合系として状態推定することができるモデル。

※3 四次元変分法大気海洋結合データ同化システム
 大気・海洋で実際観測されたデータを最適化理論にしたがって取り込み(同化して)、数値モデル(大気・海洋結合モデル)によるシミュレーション結果を修正し改善することで新たな統合データセットを作成するシステム。時空間的に断片的にしか得られない観測情報を、数値モデルを用いて力学的に補間するシステムともいえる。本研究で用いた四次元変分法とは、“変分”原理を用いて情報を最適に融合する手法の一つで、力学的に整合性のある(ここでは大気―海洋3次元空間の)時系列(すなわち“四次元”)を再現するものである。本システムのような結合系でのシステムは世界でも稀有であり、予報研究の分野では注目を集める手法である。

※4 NINO3.4海域
 熱帯太平洋の中央―東部に位置する北緯5度、南緯5度、西経120度―170度の海域。エルニーニョ時にはここでの平均海面水温が高い状態が持続する。

図1

図1.1972/73年のエルニーニョイベントを予測した実証実験の結果。エルニーニョ現象の指標となるNINO3.4海域(※4)の海面水温の時間変化。赤が新しいスキームを用いた結果。青が従来のシミュレーション結果。黒線は観測データであり、黒線に近いほど正確な予測を表す。グレーの領域は北半球の春季を示す。

図2

図2. 2014年のエルニーニョイベントを予測した実証実験の結果。凡例等は図1と同じ。

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
地球環境観測研究開発センター海洋循環研究グループ
グループリーダー 増田周平
国立大学法人京都大学
国際高等教育院 教授 John Philip Matthews
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
広報部 報道課長  松井 宏泰
国立大学法人京都大学
企画・情報部 広報課  進藤 健司
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