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プレスリリース

2016年 2月 25日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

北極河川氷の減少に「積雪」が寄与することを発見
~地球温暖化が河川氷に与える影響を定量的に評価~

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」)北極環境変動総合研究センターの朴 昊澤(パク ホーテク)主任研究員らの国際研究グループは、近年進行する地球温暖化により北極域における河川の氷の厚さが減少し、結氷時期が遅れ、春の解氷時期が早まる変化を数値モデルの実験と地上・衛星観測データの解析によって明らかにしました。

北極域の河川は、秋に河川の表面が凍って薄い氷板を形成し(結氷)、冬にはその河川氷が鉛直方向に厚く成長し、春になると融解する季節変化を繰り返します。結氷期間は河川氷上が冬道路として利用される一方、雪解け時にはアイスジャム(※1)による洪水を引き起こすことがあり、地域住民の生活に被害を及ぼすことからその変動をいち早く捉えることが求められています。しかしながら、極寒環境下での河川氷の観測はアクセスの難しさ等から主要河川に限られるため、これまでの研究では北極の広域での河川氷の状況を把握することが困難でした。

そこで今回、河川氷の計算を組み込み新たに改良した陸面過程モデル(※2)を用いた数値計算により、北極の河川氷の変化を広範囲かつ定量的に評価した結果、北極河川の最大氷厚は1979年から2009年までの過去31年間で8cm薄くなっていたことを示す計算結果が得られました。この原因について、河川氷厚の変動には河川氷上の積雪による断熱効果が気温より強く影響すること、さらにその影響は他地域よりも積雪変化の大きなシベリアで明確に現れることが初めて明らかになりました。一方、河川の結氷期間については、過去31年間で9日間短縮する結果が得られ、その主要因子は積雪より気温が強く影響していることも感度実験から明らかになりました。

これらの結果は、気温上昇に加えて積雪の断熱効果が加わることで北極域の河川氷はさらに薄くなっており、積雪の変化によって河川氷厚の長期的な変化と地域的な違いが生じること、一方で河川氷の「結氷期間」には積雪よりもむしろ気温が主要影響因子となること等、河川氷がそれぞれの影響因子に対して複雑な応答を示すことを意味します。研究グループでは今後、河川氷の解氷時期やそれに伴う洪水の発生地点・時期を準リアルタイムかつ季節的に予報する研究を進めていくとともに、氷上の積雪の変動は海氷でも重要な物理過程の一つであることから、今回の河川氷研究で得られた科学成果を海氷減少の解明や将来予測へと繋げていく考えです。

本成果は、米科学誌「Journal of Climate」に2月25日付(日本時間)で掲載予定です。

タイトル:Quantification of warming climate-induced changes in terrestrial Arctic river ice thickness and phenology
著者名 : 朴 昊澤1、吉川泰弘2、大島和裕1、Y. Kim3、T. Ngo-Duc4、J. Kimball3、D. Yang5

所属:
1.JAMSTEC北極環境変動総合研究センター
2.北見工業大学 社会環境工学科
3.モンタナ大学 森林保全学部
4.ベトナム国立大学 気候学科
5.カナダ環境省 水文研究センター

2.背景

北極域は、気候変化の影響が顕著に現れる地域であり、地球温暖化の影響によって北極海の海氷の減少、永久凍土の衰退、積雪の増加などの変化が起きています。北極域の河川は、地球の河川流出量の約10%に当たる淡水を北極海に供給し、過去70年間の流量は増加傾向にあります。その増加の原因として、地球温暖化による降水量の増加、積雪の増加による融雪水の増加、及び永久凍土の衰退による過剰な湿潤などが考えられています。研究グループではこれまでにも、近年の北極気候変動に伴って東シベリアの積雪が増加しており、この積雪による断熱効果(雪が地表を布団のように覆うことによって地中が暖まりやすくなる)がこの地域の永久凍土の温度上昇に寄与していたことを明らかしています(2014年10月20日既報)。

北極域の河川は冬季に気温が低い北から南に向けて凍結し始め、5−9ヶ月間凍った状態になります。河川氷は冬道路(写真1)の機能を持ち、夏よりも交通アクセスが容易になるため、極域の人々にとって重要な生活インフラとなっています。一方、春になると河川氷は南から融解し始め、積雪も融解して大量の水が河川に流入し、河川氷を破壊しながら硬い氷板やシャーベット状の氷を下流に押し流します。場所によっては下流側に破壊されていない氷板が残り、川幅の狭い場所ではアイスジャム(※1)が発生して洪水を引き起こして甚大な被害を与えます。このように、河川沿いで生活を営む地域住民にとって河川氷の増減は大きな関心事の一つですが、極寒期のアクセスの難しさ等から、北極河川氷の定量的な評価は主要河川の限られた観測調査に止まっていました。

河川の解氷はその場所の気象条件のみならず、河川の横断形状や縦断勾配、流速など多くの条件で決まりますが、北極域の河川のように詳細な情報が極めて限られる場合、全ての要素を取り入れた数値モデルを作っても、モデルの精度化に繋がる実際の観測データが得られないため、河川の解氷時期を推定することは極めて困難です。しかしながら、前述のように河川氷は地域住民の生活に時として甚大な被害を及ぼすことから、簡易的かつできるだけ正確に解氷の時期を予測する手法が長らく求められていました。

3.成果

そこで、本研究グループでは、まず北極陸域の広域研究に用いてきた陸面過程モデル(※2)に、北海道の河川での現地観測と室内実験に基づいて気温のみから河川氷の変動を計算できる既存のモデルを取り込むことで、新たな陸面過程モデルを開発しました。さらに、この陸面過程モデルと北極域で観測された気象データを用いて、北極海に河川水を供給する流域(図1)を対象に、過去31年間(1979−2009年)の河川の氷厚及び結氷・解氷の時期が、近年の地球温暖化に伴う気候変化によって、どのようなメカニズムで、どこでどの程度の影響を受けていたのか、を定量的に調べました。

陸面過程モデルに北極域で実際に観測された気象データを与え、北極河川の氷厚と、積算寒度(寒さの度合い指標)、積雪を比べた結果(図2)、地球温暖化の進行に伴って積算寒度は低下し、河川の氷厚も明らかに減少しており、31年間で8cmも薄くなる結果が得られました。これは31年間の平均112cmの7.5%に相当します。1990年前後は平年より寒かったにもかかわらず、河川氷はかなり薄くなっていたこと、反対に、2000年前後には平年より暖かかったにもかかわらず、河川氷が厚くなり、2005年頃からは気温上昇に積雪の断熱効果が加わって氷厚の減少がさらに増幅したことが計算結果から示唆されます。この結果から、研究グループは、河川氷厚の経年変化に対して積雪による断熱効果の増減が気温より強く影響したのではないかと予想しました。

このことを検証するため、研究グループは陸面過程モデルを用いて、北極域の冬季(10—3月)の降雪量が多い場合と少ない場合の条件を与えた感度実験を行い、河川氷厚の変化を調べました。実験結果は研究グループの予想通り、積雪が増えると断熱効果が増して河川氷が薄くなり、反対に積雪が減ると明らかに厚くなる結果を示し(図3)、河川の氷厚は気温よりも積雪の変化に対してより敏感に応答することがわかりました。特にシベリアでその影響が大きく、これは近年シベリアでの気温上昇と積雪の増加が北米よりも顕著であったためと考えられます(図4)。

一方、近年北極域で観測されている春と秋の気温上昇に連動して、一部の地域を除いた北極のほぼ全域で結氷時期の遅れと早期の解氷が起き、結果として河川の結氷期間が31年間で9日間も短くなる結果が得られました(図5)。この変化も北米よりシベリアでより顕著であり、西シベリアでは過去31年間で最大20日以上も短くなった地域がありました(図6)。また、気温と降水量を実際に観測された変動幅に基づいて変化させ、解氷時期がどのように変動するかについて同モデルを用いた感度実験で調べたところ、従来認識されていた冬季の河川氷厚の状態及び春季の河川流出量が解氷時期に及ぼす影響は極めて小さく、春季の「気温」が解氷時期の主要影響因子となることが明らかになりました(図7)。

このように、本研究結果から、北極域の河川の氷厚及び結氷・解氷の時期を計算する陸面過程モデルを新たに開発し、同モデルを用いた幾つかの実験から北極域の河川氷が地球温暖化の影響を強く受けていたこと、特に氷厚に対する積雪の影響は気温よりも大きく、河川氷への影響評価には積雪が鍵であったこと、加えて同じ北極域であっても河川氷や地温等の大気陸面相互作用過程に対する地球温暖化の影響は地域的に異なる応答特性があること、一方で河川氷の「結氷期間」には氷厚よりもむしろ気温が主要影響因子となること等、河川氷の複雑な応答が明らかになりました。

4.今後の展望

地球温暖化の影響に伴い、将来的に北極域では気温上昇と積雪増加が予測されており、河川氷への影響も予想されます。研究グループでは今後、今回開発した陸面過程モデルを用いて河川氷の解氷時期及びアイスジャム洪水(写真2)の発生地点・時期を準リアルタイムかつ季節的に予報する研究を進めていく予定です。

一方、河川氷上の積雪の物理過程は、北極海の海氷においても海上風、日射、海流、海洋の成層構造などと同様に重要な過程の一つであり、海氷減少の解明に関わる重要な知見であると考えられます(図8)。北極海の海氷減少は隣接する陸域に積雪の増加をもたらす結果がこれまでの研究で示されており、今後さらに海氷—積雪—河川の相互作用システムの理解を進めることにより、北極海−陸域間の相互作用の解明に貢献することが期待されます。

※ 1 アイスジャム
結氷した河川の氷が割れて下流で詰まり、流れをせき止める現象。河川氷の厚さやアイスジャムの規模によっては、その上流側が大洪水になる場合がある。

※ 2 陸面過程モデル
陸域の大気−植生−土壌のシステム間で行われる水、熱、及びCO2の循環を物理的及び経験則に基づいて計算するモデル。本研究で用いたCHANGEモデルは、エネルギー収支、植生の生態・生理的プロセス、光合成、及び水文プロセスを統合することによって、プロセス、また要素の変化によって生じる陸域システム内の相互作用及びフィードバックを定量的に評価可能にする特徴を持っている。

写真1

写真1 レナ川の夏季(上)と冬季(下)の様子。夏の交通手段は船になるが、冬季には河川氷がアクセスロードとして利用される。

写真2

写真2(左)解氷時のレナ川の様子、(右)2001年5月にレンスクで発生したアイスジャム洪水(右、資料:ロシア国立水文研究所、State Hydrological Institute)
2001年5月、ロシア連邦サハ共和国の4番目の都市のレンスク(Lensk、人口2万8000人、図1)で大規模なアイスジャム洪水が発生。水位は12m上昇し、レンスクは水没、40億ルーブル(約71億円)の損害を与え、サハ共和国全体では70億ルーブル(約111億円、サハ共和国の年間予算の21%に相当)に及んだ。

図1

図1 北極海とハドソン湾に河川水を流す流域(灰色)と主要河川の分布を示す。色のついている場所は北極海に河川水を流す北極の主要大河川であり、それらの河川と灰色の地域が北極の河川域であり本研究の対象エリアである。

図2

図2 北極域における寒さの度合いを表す積算寒度(上、冬季の氷点下の気温を積算した値)、陸面過程モデルにより計算された冬季(1−3月)の平均積雪深(中)、及び最大の河川氷厚(下)の経年変化を示す。それぞれの時系列は1979−2010年の平均に対して各年の値の偏差で表している。地球温暖化によって冬の気温は明らかに上昇しているため、積雪感度は低下し、同時に河川の氷も薄くなる傾向にある。河川氷厚の減少は気温上昇の影響のように見られるが、1990年前後と2000年前後の氷厚は積雪と良く対応しており、積雪が氷厚の経年変化に影響を与えたことを示唆する。

図3

図3 陸面過程モデルの感度実験による、北極域の冬季(10-3月)の気温と降雪量の条件を変えた河川氷厚の感度実験結果。河川氷厚は気温よりも積雪の変化により敏感に応答する。北極域で観測される気温の変動の幅は約3°C、降雪量の変動の幅は約30%であることから、それに基づき実験条件を決めた。10%の積雪の増減に対する氷厚の変化は、2°Cの気温変化に匹敵する大きさであり、少しの積雪変化であっても氷厚への影響は大きいことが分かる。

図4

図4 シベリアと北米における寒さの度合いを表す積算寒度(上、冬季の氷点下の気温を積算した値)、陸面過程モデルにより計算された冬季(1−3月)の平均積雪深(中)、及び最大の河川氷厚(下)の経年変化を示す。それぞれの時系列は1979−2010年の平均に対して各年の値の偏差で表している。両地域の積雪深は増加傾向にあるが、北米の河川氷は厚くなり、シベリアでは反対に薄くなる傾向を示す。シベリアの河川氷厚の減少は、気温上昇の環境下で、積雪と良く対応しており、積雪が氷厚の経年変化に影響を与えたことを示唆する。

図5

図5 陸面過程モデルを用いた計算により明らかになった、北極域における河川の解氷時期(上)、結氷時期(中)、河川氷が存在しない期間(下)の過去31年間(1979~2009)の長期変化を表す。それぞれの時系列は1979−2010年の平均に対して各年の値の偏差で表している。図の中の赤い点線はそれぞれのトレンドを表す。北極のほぼ全域で河川の解氷が早まっており、結氷は反対に遅れている。その結果として河川の結氷期間は短縮している。

図6

図6 陸面過程モデルにより計算された、1979−2009年の河川が結氷しない期間のトレンド。北米の一部の地域を除いたほとんどの地域で結氷期間が短縮しているが、その傾向は西シベリアでより顕著である。

図7

図7 陸面過程モデルの感度実験による、シベリア(黒)と北米(灰色)の冬季(10-3月)と春季(4−5月)の気温と降雪量の条件を変えた解氷時期の感度実験結果。特に春季の気温変化が解氷時期に大きく影響を与えており、春季の気温低下は解氷時期を5~6日遅らせ、逆に春季の気温上昇は解氷時期を6~7日早めている(紫文字)。またその変化は北米よりシベリアでより顕著である。一方、春先の気温条件が同じ場合、積雪深の増減によって解氷時期にはあまり変化が見られない(緑文字)。なお、冬季の積雪は春先の融雪水となって河川に流出することから、同様に春季の河川流出量も解氷時期に対する影響がそれほど大きくないことが本成果から示唆される。以上のことから、春季の「気温」が解氷時期に対する主影響因子であることが明らかになった。

図8

図8 地球温暖化に伴う北極域における海洋-積雪-河川の相互作用システム及びフィードバックの模式図。地球温暖化による気温上昇は海水や河川水の蒸発を促して降水量を増加させ、北極陸域の積雪は増加する。気温上昇には積雪や河川氷を融解する効果ももちろんあるが、本研究により、気温上昇が結氷期間の短縮を引き起こすこと、さらには増加した積雪の断熱効果が河川氷厚の減少に直接寄与していることが明らかになり、北極域における海洋-積雪-河川の相互作用システムに新たな知見を与えた。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
北極環境変動総合研究センター 北極環境・気候研究ユニット
主任研究員 朴 昊澤(パク ホーテク)
(報道担当)
広報部 報道課長 松井 宏泰
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