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プレスリリース

2016年 4月 29日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人名古屋大学

北極海沿岸のシベリア永久凍土の乾燥化を解明
~ 重力データから陸水貯留量の減少を指摘 ~

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という)地球表層物質循環研究分野の鈴木和良主任技術研究員らは、国立大学法人名古屋大学等と共同で、重力観測衛星「GRACE」の観測データから北極域の陸水貯留量変動を独自に推定した結果、2002年から2015年にかけてシベリア・ツンドラ(永久凍土)域において乾燥化が進行していること、またその一因が急激な夏季温暖化による地表面からの蒸発散量の増加にあることを明らかにしました。さらに、北極域で2番目に多く淡水を北極海へ供給するレナ川の年間流出量の変動に対して、前年11月から当年5月までの陸水貯留量が大きな影響を与えることを明らかにしました。

われわれを取り囲む大気、陸、海には、熱や水、さまざまな物質が循環しており、気候をはじめとする環境に大きな影響を与えています。近年深刻化している地球温暖化の影響因子である水蒸気、二酸化炭素やメタンなどの循環を明らかにするためには、それらの発生、輸送、吸収過程に加えて陸や海での「貯留」過程を知ることが重要です。

本研究では、地球温暖化の影響を最も顕著に受けるとされる北極海沿岸のツンドラ域において、夏季平均気温が1年あたり0.36°C上昇し、それに伴って陸水貯留量が1年あたり6mm程度減少していることが確認されました。またこの陸水が凍土中に凍結保存され、翌年の河川流量に影響することを指摘しました。

本成果は、衛星による重力観測を通じてツンドラ域の陸水貯留量変動を明らかにした初めての例です。陸水を主な放出源とするメタン等の挙動の解明、ひいては全球規模の気候変動解明につながる重要な成果と言えます。

 本成果は、英国Remote Sensing and Photogrammetry Societyの学術誌「International Journal of Remote Sensing」のオンライン版に4月29日付け(日本時間)で掲載予定です。

なお、本研究は、JSPS科研費25550048,20510031及び文部科学省のグリーン・ネットワーク・オブ・エクセレンス事業(GRENE)の助成を受けたものです。

タイトル:Satellite gravimetry-based analysis of terrestrial water storage and its relationship with run-off from the Lena River in eastern Siberia
著者:鈴木和良1、松尾功二2、檜山哲哉3
1. JAMSTEC地球表層物質循環研究分野、2. 国土地理院、3. 名古屋大学宇宙地球環境研究所

2.背景

われわれを取り囲む大気、陸、海には、熱や水、さまざまな物質が循環しており、気候をはじめとする環境に大きな影響を与えています。これまでの研究から、地球温暖化によって水循環が加速することが指摘されており、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」第4次報告書では温室効果ガスであるメタンの自然起源放出は湿地が最大の放出源と推定されています。ゆえに、気候変動の影響を顕著に受ける北極域において、水循環変動の正確な把握が長らく求められてきました。

北極海の淡水収支の構成要素としては、北極海へ流入する大河川が最も大きな割合を占めます(図1)。シベリアにあるレナ川は、河川からの淡水流入の約5分の1を占め、流域面積は日本の国土の約6.6倍と北極域で2番目に大きな河川です。また、ダムなどの人為的な影響が少ないため自然起源の変動を捉えやすく、研究対象に適しています。JAMSTECでは1998年から現在に至るまでレナ川流域において水文気候観測やモデル研究開発を実施し、北極海への淡水流入に関わる水循環研究を行ってきました。その淡水流入や水循環変動に対して重要な因子となるのが、今回研究した陸水貯留量(※1図2)です。

地上観測ではごく限られた場所での情報しか得られないため、極域全体で陸水貯留量を把握するには人工衛星が用いられます。2002年にドイツと米国が共同で打ち上げた重力観測衛星「GRACE」(※2図3)は陸水貯留量の変動に伴うわずかな重力場の変化を精密に観測することができ、研究グループでは今回、この重力データを用いて北極域の陸水貯留量を独自に求め、その変動傾向について分析を行いました。

3.成果

2002年4月から2015年8月までの陸水貯留量データを分析した結果、北極海沿岸のツンドラ域で、GRACEによる観測が始まった2002年以降、1年当たり水の高さで6mm以上の乾燥化が生じていたことがわかりました(図4)。同地域では6月〜8月の夏季平均の気温が1年あたり0.36°C上昇しており、この気温上昇が蒸発散量を増加させ、乾燥化を引き起こしていると考えられます。

また、月ごとの陸水貯留量の経時変化を見ると、9月の陸水貯留量と3月の陸水貯留量に高い相関関係があることが分かりました(図5)。これは、秋に土壌水分として蓄えられた陸水が、冬期にはそのまま雪の下で凍結保存され、春先に再び融解して陸水として表れることを示しています。さらに、レナ川の年間流出量と陸水貯留量は11月から翌年5月にかけて特に高い相関が見られます(図6)。レナ川では1999年以降毎年のように洪水が発生し近隣住民に被害を与えていますが、本研究で明らかになった相関性を利用すれば、11月時点の陸水貯留量データから翌年の河川流出量をおおまかに予測できる可能性があります。

このように、本研究では人工衛星による重力観測データを用いてシベリア・ツンドラ域の陸水貯留量変動を明らかにし、近年の同地域の乾燥化とそのメカニズムを明らかにしました。

4.今後の展望

本成果は北極域の水循環研究に新たな知見を加えるとともに、地球規模の炭素動態の理解や河川を通した水・物質循環の理解に貢献するものです。また、陸水貯留量を利用した河川流出量の予測を通じて洪水対策への応用が期待されるほか、地球温暖化など全球規模の気候変動解明にも繋がるものと考えられます。

研究グループでは今後、より詳細にツンドラ域の乾燥化を分析するほか、湿地や湖沼、植生の影響についても評価していきます。また、衛星重力観測をメタン放出推定をはじめとする気候変動研究へ応用するための、さらなる研究と技術開発を行っていく予定です。

※1 陸水貯留量:湿地、湖沼、土壌水分、地下水、ならびに積雪等の陸に存在する水の量。雨や雪として地面に降った降水から蒸発散分や河川等への流出分を差し引いたものを指す。

※2 重力観測衛星(GRACE:Gravity Recovery and Climate Experiment): 2002年にアメリカ航空宇宙局(NASA)とドイツ航空宇宙センター(DLR)が共同で打ち上げた人工衛星。2機1組の双子衛星で、2機の衛星の位置や速度の変化から地球のわずかな重力場の変化を精密に観測することができる。重力は質量によって決定されるため、地球上の質量分布やその時間変化の把握に役立ち、地球の水循環や海水準変動などへの研究応用が期待される。

図1

図1 北極海への陸域からの淡水供給の概略。北極海へ淡水供給を行う主要な河川は、エニセイ川、レナ川、オビ川、ならびにマッケンジー川の4河川で、全体の約75%を占めている。レナ川は、北極域で2番目に多い淡水供給源であり、全体の約5分の1を占めている(図中の数字は河川からの年間淡水流入量を示す。Serreze et al,2006とLewis et al. 2012より作成)。 

図2

図2 陸水貯留量の概略。湿地、湖沼、土壌水分、地下水、ならびに積雪等の陸に存在する水を総称して陸水貯留量と呼ぶ。雨や雪として地面に降った降水は、その一部は植物や湿地や湖沼、あるいは雪の表面からの蒸発散として大気に戻る。この降水から蒸発散を引いた量が有効降水量となる。有効降水量は、さらにその一部が河川や地下水として流れていき消失する。有効降水量が流出して消失せずに残ったものが陸水貯留量である。

図3

図3 GRACEによる陸水貯留量変動計測の概略図。GRACEは2機1組の双子衛星で、双方に高精度な測距装置を搭載し、衛星間の距離の変化を計測している。衛星間距離は、地球の重力の強弱に応じて、時々刻々と変化する。なぜなら、衛星は、重力の強い領域に近づくほど加速し、離れるほど減速するからである。GRACEは、この原理を利用し、衛星間距離の変化を同じ領域で繰り返し観測することによって重力の時間変化を計測し、様々な計算処理を施すことで陸水貯留量変動が導出される。

図4

図4 ツンドラ域の乾燥化の概要。北極海沿岸のツンドラ域で、2002年以降、年間6mm以上の乾燥化が生じている。その地域を詳しく見ると、6月〜8月の夏季平均の気温上昇が1年あたり0.36°C生じ、それに伴って蒸発散量が増加し、その蒸発散量の増加が乾燥化を引き起こしていることが分かる。

図5

図5 月別陸水貯留量の経時変化。陸水貯留量の9月と翌年3月の値の相関を取ることによって、9月の陸水貯留量が大きければ、3月の陸水貯留量も大きくなっていることが分かる。これは、秋の陸水貯留量が冬期間雪の下で保存されていることを示している。

図6

図6 レナ川の洪水継続日数の経年変化ならびに年間河川流出量と月別陸水貯留量の相関係数の季節変化。レナ川の洪水継続日数は1999年以降増加傾向にあり、近年は毎年のように洪水が発生していることが分かる。レナ川の年間流出量と月別陸水貯留量を比較してみると、夏から秋にかけて相関が高くなり、地面が凍結する11月から雪解けの始まる5月まで有意に相関が高くなっている。これは、年間河川流出量と前年11月から当年5月までの月別陸水貯留量との正の相関があり、陸水貯留量と年間河川流出量が線形であることを示している。この結果から、前年11月時点の陸水貯留量データを用いて、翌年の洪水や河川流出量の予測可能性が示唆される。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球表層物質循環研究分野 主任技術研究員 鈴木 和良
(報道担当)
広報部 報道課長 野口 剛
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