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2016年 9月 6日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

マントル深部由来の玄武岩に炭酸塩の痕跡を発見
―地球表層とマントルの物質循環モデルに新説―

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」)地球内部物質循環研究分野の羽生毅主任研究員は、米国のコロンビア大学ラモント・ドハティ地球観測研究所と共同で、南太平洋クック-オーストラル諸島とインド洋コモロ諸島(図1)の海洋島火山(※1)の陸上から採取した火山岩に含まれるオリビン(※2)の微量成分組成を測定した結果、火山岩のマグマ源は炭酸塩化されたマントル物質であったことを突き止めました。

これらの海洋島火山のマグマは下部マントルから上昇してきた物質が融解してできたもので、未だ解明されていないマントル深部物質の化学組成やマントルの進化史についての情報を得ることができます。これまで、主に地球表層に存在する炭酸塩成分が海洋地殻の沈み込みに伴って上部マントルまで運ばれることは知られていましたが、今回さらに下部マントルまで運搬され炭酸塩化したマントル物質として貯蔵されている証拠を初めて示しました。

この成果は、数十億年間続いてきた地球表層からマントルに至る物質循環モデルの再考を迫ると同時に、炭酸塩の主要な成分である炭素のマントル循環モデルにも新たな知見を与える非常に重要な研究成果であるといえます。

本研究成果は、英国科学誌「Nature」電子版に9月6日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:Key new pieces of the HIMU puzzle from olivines and diamond inclusions
著者:Yaakov Weiss1, Cornelia Class1, Steven L. Goldstein1,2, Takeshi Hanyu3
1. コロンビア大学ラモント・ドハティ地球観測研究所、2.コロンビア大学地球環境科学科、 3. JAMSTEC地球内部物質循環研究分野

2.背景

現在の地球は深さ2900km以深の主として鉄でできたコア、それより上部は岩石でできたマントルと地殻で構成されています。地表を覆う地殻は玄武岩質の海洋地殻と花崗岩質の大陸地殻でできています。一方、マントルは主としてかんらん岩質の岩石から構成されていますが、地殻物質がマントルに沈み込むことにより様々な化学組成や鉱物種を持つ部分がマントルに存在すること(不均質)の証拠が示されています。初期地球においては均質で、しかも対流によって攪拌されているはずのマントルの中で、どのように組成的に不均質なマントルが形成されたのか、そのメカニズムと進化史を解き明かすことは地球科学の第一級の課題です。

特に玄武岩質(高圧ではエクロジャイト;※3)の海洋地殻は数十億年間続く沈み込みによりマントルの10%近くの体積を占めるはずであり、マントルの組成的不均質の最大要因となっているはずですが、マントルに沈み込んだ海洋地殻がどのような運命をたどるのか、すなわちそのままの化学組成を保ったままマントル深部まで沈み込み存在しているのか、あるいは沈み込む過程でまわりのかんらん岩と反応して肥沃なかんらん岩(※4)として存在するのかは、地球内部進化の基本的問題でありながらよく分かっていませんでした(図2上図)。

マントル深部物質は直接手にすることができませんが、海洋島火山ではマントル深部から上昇してきたマントルプルームが運んできた物質が融解してマグマを作っているため、その火山岩の研究からマントル深部の化学組成の情報を得ることができます。これまでにも海洋島の火山岩の化学組成から、そのマグマ源物質がエクロジャイトなのか肥沃なかんらん岩なのかについて多くの論争がありました。例えば、火山岩中のオリビンのニッケルやマンガンといった微量元素の濃度を用いて、そのマグマ源物質がエクロジャイトかかんらん岩かを区別するという議論がありました。しかし、これらの元素濃度はオリビンが形成された時の温度圧力条件によっても変化してしまうことが分かり、かんらん岩とエクロジャイトを区別する決め手とはなりませんでした。

3.成果

本研究では、南太平洋クック-オーストラル諸島とインド洋コモロ諸島の海洋島火山を研究対象としました(図1)。これらの海洋島火山のマグマ源には、沈み込んだ海洋地殻の影響が強く見られるHIMU(※5)と呼ばれる成分が含まれていることが分かっています。これらのHIMU火山岩に含まれるオリビンの化学組成を、微量元素の精密分析に最適化した電子線マイクロアナライザーを用いて分析しました。特に、従来行われてきたニッケル、マンガン、カルシウムに加えて、今回新たにアルミニウムの濃度測定を行いました。その結果、他の海洋島火山岩や大洋中央海嶺玄武岩のオリビンの組成と比較して、カルシウムとアルミニウムの濃度に明瞭な違いがあることを見出しました(図3)。これらの元素の濃度を調べることにより、オリビンが結晶化する時の温度や圧力条件に依存することなく、マグマ源物質がエクロジャイトか肥沃なかんらん岩であったかを区別することができます。相対的に高いカルシウム濃度と低いアルミニウム濃度は、HIMU火山岩のマグマ源がエクロジャイトではなかったことを示しています。同時に、これまで考えられてきたようなかんらん岩と沈み込んだ海洋地殻の単純な反応で生じる肥沃なかんらん岩も、HIMU火山岩のマグマ源とはなり得ないことが分かりました。

一方、HIMU火山岩は、カーボナタイトやキンバーライト(※6)と呼ばれる主として古い大陸上に噴出する火山岩とよく似た微量元素組成や同位体比の特徴を示します。これらの火山岩は二酸化炭素をはじめとした揮発性元素に非常に富んでおり、地殻物質の沈み込みに伴って炭酸塩が大陸下に運ばれ、大陸下のマントルと反応したものがマグマ源になっていると考えられています(図2下図)。HIMU火山岩は海洋域に主に見られますが、カーボナタイトやキンバーライトと同じようなマグマ源から生じたと考えると、カルシウムとアルミニウム濃度の関係もうまく説明することができます。すなわち、海水との反応で炭酸塩化した海洋地殻が大陸下に沈み込み、その海洋地殻が融解してできた炭酸塩メルトがかんらん岩質マントルと反応し、肥沃で炭酸塩に富むかんらん岩が生じます。この物質の一部はさらにマントル深部に沈降してマントル深部に貯蔵され、マントルプルームにより再度上昇してクック-オーストラル諸島やコモロ諸島の海洋島火山のマグマ源となったとするモデルを提唱しました。

4.今後の展望

これまで論争になってきたマントルの不均質を構成する物質がエクロジャイトなのか肥沃なかんらん岩なのかについて、後者であることに決着をつけた一方、肥沃なかんらん岩がどのような物理化学プロセスを経てマントル深部へ持ち込まれ、マントル対流の中で攪拌されることなく存在し続けたのか、マントルの組成的不均質に関する根本的な理解に向けて今後研究を進めていく必要があります。また本研究により、マントル物質循環に地球表層から沈み込んだ炭酸塩が重要な役割を持つことが示されました。炭素は地球表層では二酸化炭素の形で存在し、地球表層から地殻の間の物質循環については研究が進められていますが、マントルまで含めた炭素の物質循環についてはよく分かっていません。研究グループでは、海洋島の火山岩の持つ揮発性成分(二酸化炭素、水、ハロゲン)の研究をすでに始めています。この研究によりマントル物質が保持している揮発性成分の量とその起源を解明していく予定です。

※1 海洋島火山
地球上に存在する三種類のタイプの火山の一つ。大洋中央海嶺火山や島弧火山はプレート境界上に発生するのに対し、海洋島火山はプレートとは無関係に存在する。地震波トモグラフィーによると海洋島火山の下には高温の領域がマントル深部まで続いている場合が多く、マントル深部から発生した高温の上昇流(マントルプルーム)によりマグマ生成が起こっている。

※2 オリビン
玄武岩にしばしば見られる斑晶鉱物で、玄武岩質マグマが冷却するときに比較的早い段階で晶出する。特に海洋島の玄武岩には数ミリメートルサイズのオリビンが含まれていることがよくある。左下の写真はオリビン(うす緑色の鉱物)と単斜輝石(濃褐色の鉱物)を含む玄武岩。右下図は1~3mmのオリビンを分離したもの。

図1

※3 エクロジャイトとかんらん岩
エクロジャイトは、単斜輝石とざくろ石を主に含む玄武岩の高圧相にあたる岩石。かんらん岩は、最上部マントルではオリビン、単斜輝石、斜方輝石といった鉱物を主に含むマントルの主要構成岩石。共に高圧になると構成鉱物が変化するが、鉱物種やその比率及び化学組成は両者で常に異なる。

※4 肥沃なかんらん岩
メルト(マグマ)に濃集しやすい元素に富んだかんらん岩のこと。ふつうのかんらん岩はメルトに濃集しやすい元素に乏しいが、このような元素に富んだ物質(今の場合は沈み込んだ海洋地殻)と反応することにより、これらの元素に富んだかんらん岩が生ずる。

※5 HIMU(ハイミュー)火山岩
HIMUは High-μの略。μ値とは238U/204Pb比のことで、岩石中の204Pb(鉛)に対して放射性元素である238U(ウラン)が多いほど鉛の同位体比206Pb/204Pbが高くなることから、206Pb/204Pbの高い火山岩をHIMU火山岩と呼ぶ。マグマ源に沈み込んだ海洋地殻物質が含まれるとμ値が高くなるとされる。

※6 カーボナタイト、キンバーライト
キンバーライトは玄武岩と比較してケイ素に乏しく、揮発性成分に富んだ火山岩。捕獲岩としてダイヤモンドを含むことで知られ、古い大陸上にのみ出現する。カーボナタイトはキンバーライトと比較してさらにケイ素に乏しく、主成分として炭酸塩を含む。カーボナタイトも主に大陸上に出現するが、数例海洋島にも見つかっている。カーボナタイト、キンバーライトとも炭酸塩に富んだマントル物質をマグマ源としているとされる。

図1

図1 南太平洋クック-オーストラル諸島とインド洋コモロ諸島。
これらの諸島の海洋島火山では、マントル深部から上昇してきたマントルプルームが融解することでマグマが生成された。これらの海洋島の陸上部分から火山岩を採取し研究を行った。

図2

図2 沈み込んだ海洋地殻の状態に関する従来のモデル(上図)と本研究で提案するモデル。
従来のモデルでは、沈み込んだ海洋地殻がそのままの組成を保ったままエクロジャイト及びその高圧相として存在しているとするモデル(上図左側)と、まわりのかんらん岩質マントルと反応して肥沃なかんらん岩及びその高圧相として存在しているとするモデル(上図右側)で論争があった。本研究では、肥沃化されたかんらん岩モデルを支持する一方、これまでのモデルとは異なり炭酸塩を含む海洋地殻から生じた炭酸塩メルトが周りのかんらん岩を肥沃化し、それがさらにマントルに沈降して海洋島火山のマグマ源となっているとするモデルを提唱した。

図3

図3 オリビンのアルミニウムとカルシウム濃度を示した図。HIMU火山岩は、大洋中央海嶺火山岩や他の海洋島火山岩と比較して、カルシウムに富みアルミニウムに乏しい特徴的なオリビンの組成を示すことが明らかになった。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球内部物質循環研究分野 主任研究員 羽生 毅
(報道担当)
広報部 報道課長 野口 剛
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