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プレスリリース

2017年 1月 27日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人名古屋大学

地球全体の大気汚染物質排出量の長期変動をデータ同化により世界で初めて推定
―中国では激しい変動、インドでは大きく増加。PM2.5予測精度向上に期待―

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)地球表層物質循環研究分野の宮崎和幸主任研究員らは、NASA、名古屋大学などと共同で、衛星観測情報と統計数理手法であるデータ同化(※1)を用いて、代表的な大気汚染物質である窒素酸化物(※2)の排出量が地球全体で近年大きく変動していることを明らかにしました。

窒素酸化物は地表から排出され、大気中では化学反応により消失するため、大気中での濃度変動が激しく、濃度観測から排出源を推定することは容易ではありません。従来の推定手法では消失の効果を適切に考慮しておらず、推定結果の信頼性に問題を抱えていました。JAMSTECではデータ同化を用いて、さまざまな大気中物質の衛星観測と化学輸送モデルCHASER(※3)による計算結果を照らし合わせることで、消失の効果を詳しく考慮した上で排出量を推定するシステムを開発しました。

開発したシステムを用いて計算を行った結果、2005-2014年の10年間で平均すると、窒素酸化物の排出量は、インド(+29%)、中東(+20%)では大きく増加し、また、アメリカ(-38%)、西ヨーロッパ(-9%)、日本(東京・大阪周辺で-30〜-50%)では大きく減少したことがわかりました。先進国では2010年までに大きく減少しており、これは排出規制とリーマン・ショック後の景気後退の影響を受けたことが考えられます。中国では2005年から2011年までに30%以上増加しましたが、2011年以降は3大都市(北京、上海、広州市)を中心に国全体としても減少に転じており、従来の推定手法とは異なる結果が多く見られます。

本研究により地域毎に異なる排出量の長期変動が明らかとなり、この情報を利用することで、窒素酸化物だけでなくその生成物であるオゾンの変動を高精度に再現することに成功しました。オゾンは消失が比較的に少なくその分布には窒素酸化物の変動情報が蓄積され明瞭に現れるため、これらの検証を通して従来の推定手法による結果と比較して窒素酸化物排出量の不確実性を大幅に軽減したことを確認できました。また、世界で初めて地球全体について一貫した方法で排出量を推定することに成功し、その結果、2014年における排出量はインドとヨーロッパ全体で同程度であるといった新たな知見が得られました。

この成果は、先進国における排出規制が効果的であったかを確認するだけでなく、途上国の状況把握と規制に向けた議論に役立ちます。窒素酸化物は光化学オキシダント、PM2.5、温室効果気体の存在量に影響するため、本成果は健康・農業・温暖化関連政策やPM2.5予測の精度向上にも役立ちます。また、世界各地の排出量データを提供することで、国際的枠組みである気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の議論に役立つことが期待できます。

本研究は、文部科学省の委託事業「宇宙航空科学技術推進委託費(キロメートル級分解能を備えた新世代大気汚染観測衛星データの科学・政策利用研究:オゾン・PM2.5問題解決へ向けて)」により実施されたものです。

本成果は、欧州地球科学連合の専門誌「Atmospheric Chemistry and Physics」に1月27日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:Decadal changes in global surface NOx emissions from multi-constituent satellite data assimilation
著者:宮崎和幸1,2、Henk Eskes3、須藤健悟4,1、Klaas Folkert Boersma3、Kevin Bowman2、金谷有剛1
1. JAMSTEC、2. NASAジェット推進研究所、3. オランダ王立気象研究所、4. 名古屋大学大学院環境学研究科

2.背景

代表的な大気汚染物質である窒素酸化物の排出量を軽減するために、自動車排出ガス規制が先進国を中心に適用されるなど対策が進められています。先進国を中心に一部の地域では、地上での濃度モニタリングから排出規制の効果が確認されています。しかし、地上モニタリングが設置されている地域は限られており、排出量の空間分布や長期的な変化を知るには十分ではありません。途上国では交通量の増加に加えて火力発電所や工場の新設が深刻な大気汚染を引き起こしています。これらの地域では信頼できるモニタリングは少なく、排出量を推定することが難しい状況が続いています。工場の活動、交通量、森林火災などの情報から排出量を算出する取り組みもありますが、利用する情報の信頼性に問題がある場合が多くあります。このように、先進国・途上国ともに排出量を正確に把握できていませんでした。

2000年代前半からアメリカ宇宙航空局(NASA)と欧州宇宙機関(ESA)が人工衛星を用いた窒素酸化物と関連物質の大気中濃度の観測を開始しており、これまでに地球全体について10年以上の観測データが蓄積されています。これら濃度の観測データをもとにして排出量を推定するために多くの研究が進められてきましたが、窒素酸化物は地表で排出され大気中では化学反応によって消失するため、信頼できる排出量の推定値を得るためには消失の効果を考慮することが重要です。しかしながら、従来の手法では、さまざまな観測情報と照らし合わせながら消失の効果を取り入れて排出量を推定することは実現していませんでした。

3.成果

JAMSTECでは、アンサンブル予報(※4)を用いたデータ同化と呼ばれる高度な統計数理手法をもとにして、詳細な大気プロセスを考慮した化学輸送モデルCHASERと衛星観測による情報を用いて、窒素酸化物の排出量を推定する解析システムを独自に開発してきました。本システムを用いることで、窒素酸化物を消失させる化学反応に含まれる物質(オゾンや一酸化炭素など)の観測情報を排出量の推定に利用することが可能となりました。本研究では、6つの人工衛星搭載センサ(OMI、GOME-2、SCIAMACHY、MLS、MOPITT、TES)による4つの化学種(二酸化窒素、オゾン、硝酸、一酸化炭素)の観測情報を利用しました。これらの観測情報と化学輸送モデルによる計算結果とを照らし合わせながら、窒素酸化物の大気中での輸送と消失の効果を考慮し、全ての濃度観測ともっとも良く整合する排出量を推定することに試みました(図1)。本システムで用いた推定手法は、窒素酸化物の濃度観測のみに基づく従来の推定手法とは大きく異なります(図2)。このような複雑な推定はこれまでに例がなく、先端的な統計数理手法であるアンサンブル予報を用いたデータ同化を適用することでJAMSTECの研究チームが世界で初めて実現しました。

本システムにより、大型計算機を用いて地球全体を300kmスケールに分割して窒素酸化物の排出量の変動を推定しました。2005-2014年の10年間についての推定結果(図3および図4)、および、この期間の増加率および減少率が大きな都市・地域を調べた結果(表1)から、以下に示す窒素酸化物排出量の変動が明らかとなりました。

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中国では、2005-2010年に排出量は急激に増加し、2011年以降は減少に転じました。2005-2014年で平均すると、大都市の多くでは大きく増加したのに対して(10年間の平均的な増加率は+30%以上)、3大都市(北京(-1%)、上海(-6%)、広州市(+5%))では減少もしくはわずかな増加にとどまりました。3大都市とその周辺では排出規制政策や最新環境対策技術の導入の効果があったことが考えられます。中国北西部では大きな増加(+110%)が続いていて、中国において産業活動地域が東から西へと広がりつつある状況が考えられます。2008年の北京オリンピック開催時に排出量が一時的に減少する様子もとらえることができました。
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日本では、東京とその近郊(-48%)と大阪とその近郊(-38%)で大きな減少がありました。2005-2010年の間に減少が大きく、従来の地上モニタリングおよび推定手法による情報とあわせて排出規制の効果を確認することができました。
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韓国では、ソウルとその周辺において長期的な減少傾向(-11%)がありました。
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アメリカでは、シカゴ(-52%)、ニューヨーク(-48%)、アトランタ(-47%)、ロサンゼルス(-46%)などの主要都市において、10年間で半減するほどの大幅な減少がありました。2010年までに大きな減少がありました。
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ヨーロッパでは、経済活動の中心である西ヨーロッパで、2010年までに大きく減少しました。大都市域に加えて、火力発電所が多く存在するスペイン北部(-45%)、イタリア・ポー平原(-52%)で大きな減少がありました。
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上記の結果から、先進国の多くの地域で、排出規制政策は2005-2010年の間に効果的であったこと、2008年に起こったリーマン・ショック後の景気後退の影響が排出量の変動に共通して見られることが考えられます。
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インドでは、火力発電所の新設が多く報告されている地域や経済発展が著しい新興地域で大幅な増加がありました(例えば、ライプール(+67%)やマドラス(+40%))。2014年には、インド全体からの排出量はヨーロッパ全体からの排出量と同程度になっていることがわかりました。
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中東の多くの地域では、2010年以降に大幅な増加がありました。2005-2014年で平均すると、クウェート(+47 %)、 カイロ(+29 %)、 テヘラン(+37 %)で大きな増加がありました。 一方、ドバイ(-6 %)ではわずかに減少する傾向にあり、中東内での経済活動や排出規制政策の違いを反映して地域差が大きい状況が明らかとなりました。
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その他の地域では、ブラジルのサンパウロおよびインドネシアのジャカルタで大幅な増加がありました(+30〜+40 %程度)。
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先進国・途上国ともに、これまでの環境政策で参照されている従来の推定には、国全体の排出量に対して最大で2倍程度の大きな不確実性があることがわかりました。

本研究により推定された排出量を利用して、窒素酸化物だけでなくその生成物であるオゾンの変動を多くの地域で高精度に再現することに成功しました。オゾンの直接的な排出は存在せず大気中での消失は比較的に少ないために、その分布には窒素酸化物の変動情報が明瞭に蓄積・反映されることとなり、これらの検証を通して従来の推定と比較して窒素酸化物排出量の不確実性を大幅に軽減したことを確認できました。

4.今後の展望

本研究による排出量データは、先進国でのこれまでの排出規制が成功したかどうかを判断するために利用できます。途上国については、近年の状況の把握と今後の排出規制の議論に役立ちます。窒素酸化物の排出は光化学オキシダントやPM2.5を生成し、人体や農作物に被害を及ぼします。本研究による情報は、健康や農業被害の軽減に向けた政策策定を行う上で、さらには、中国などで発生し日本へ飛来するPM2.5の分布を信頼性高く予測する上で役立つものと考えています。本成果は、世界で初めての試みとして排出量の地球全体の姿を明らかにすることで、国際的な連携のもとで取り組まれる気候変動に関する政府間パネル(IPCC)での議論にも役立つことが期待されます。

今後は、これからNASAおよびESAなどにより打ち上げが予定されている人工衛星により得られる詳細な観測情報を利用し、国内にある高性能なスーパーコンピュータ「京」およびその後継機として開発が進められているポスト「京」を用いて、さらに膨大な観測情報の処理と詳しい排出量の推定作業を進めていきます。今回の研究では、国・地域レベルでの排出量を推定しましたが、小規模都市、火力発電所、船舶、主要幹線道路など、個別の排出源を対象とすることで、効果的な排出規制に役立てていきたいと考えています。

※1 データ同化:数値モデルによるシミュレーション結果を実際の観測情報にもとづいて修正する手法。もっともらしい大気の状態を推定するために天気予報などにも利用される手法であり、本研究で適用したように観測された濃度の情報から排出量を推定することにも利用できる。

※2 窒素酸化物:主に一酸化窒素(NO)と二酸化窒素(NO2)を含む窒素の酸化物の総称で、NOxとも呼ばれる。代表的な大気汚染物質であり、光化学オキシダントやPM2.5を生成し人間の健康や農作物に悪影響をおよぼす。メタンなど温室効果気体の大気中での存在量にも影響し、気候変動にも重大な役割を果たす。その排出源は、自動車、工場、火力発電所など、人間活動に伴う起源に加えて、森林火災、土壌、雷活動など、自然の起源を含む。

※3 化学輸送モデルCHASER:地球全体で大気中物質の濃度の3次元分布や時間変化、およびその気候影響を計算・再現することを目的として、名古屋大学およびJAMSTECを中心に日本国内で開発されたシミュレーションモデル。与えられた排出量分布をもとに、風による大気輸送の効果と化学過程による生成・消失の効果を計算し、さまざまな大気中物質の濃度分布を再現する。

※4 アンサンブル予報:数値モデルを用いて複数のシミュレーションを実行して、シミュレーションのばらつき(不確実性)を表現する手法。

表1 2005-2014年の間に窒素酸化物排出量の増加率および減少率が大きな上位10都市および地域(括弧内は国名)。推定は300キロメートル四方スケールで行っており、表には解析領域内での代表的な都市名を示す。

増加率の大きな都市・地域 減少率の大きな都市・地域
中国北西部
(中国)
+110 % シカゴ
(アメリカ)
-50 ~ -60 %
ライプール
(インド)
+60 ~ +70 % フランス北東部
(フランス)
成都市
(中国)
+50 ~ +60 % ポー平原
(イタリア)
クウェート
(クウェート)
+40 ~ +50 % 東京
(日本)
-40 ~ -50 %
コルカタ
(インド)
ニューヨーク
(アメリカ)
武漢市
(中国)
アトランタ
(アメリカ)
サンパウロ
(ブラジル)
ロサンゼルス
(アメリカ)
チェンナイ
(インド)
スペイン北部
(スペイン)
テヘラン
(イラン)
+30 ~ +40 % ボストン
(アメリカ)
南京市
(中国)
大阪
(日本)
-30 ~ -40 %
図1

図1 本研究による窒素酸化物の排出量の推定手法を示した概念図。窒素酸化物は、自動車、工場、火力発電所など、人間活動に伴う起源に加えて、森林火災、土壌、雷活動など、自然起源の排出によって、地表から大気中へと排出される。大気中では、風によって運ばれ、その途中で化学反応によって消失する。大気中を漂いある程度の消失を受けた状態で、人工衛星によって濃度分布が計測される。濃度の観測情報と化学輸送モデルによる計算結果をデータ同化により照らし合わせて、輸送・消失の影響を取り入れながらもっともらしい排出量を推定することを実現した。

図2

図2 窒素酸化物排出量の推定手法の比較。アメリカおよびヨーロッパにおける2005-2014年の10年間における平均的な増減率(パーセント)を例に示す。(左)窒素酸化物の濃度観測を直接用いた評価結果、(右)データ同化によりさまざまな物質の濃度観測から排出量を推定した本研究での評価結果を示す。

図3

図3 世界の主要地域における窒素酸化物の排出総量の変動。2005年からの増減比率をパーセントで示す。括弧中の数字は2005-2014年の10年間における平均的な変動率を表す。

図4

図4 (上)2005年から2010年、(下)2011年から2014年で平均した世界各地における窒素酸化物の排出量の平均的な増減量。赤色は増加、青色は減少した地域を示し、色が濃いほど変動量が大きい。

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構 地球表層物質循環研究分野/地球環境観測研究開発センター
主任研究員 宮崎 和幸
国立研究開発法人海洋研究開発機構 地球表層物質循環研究分野
分野長代理 金谷 有剛
国立大学法人名古屋大学大学院環境学研究科 地球環境科学専攻 気候科学
准教授 須藤 健悟
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
広報部 報道課長 野口 剛
国立大学法人名古屋大学
総務部 広報渉外課課長補佐 大久保 淳
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