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プレスリリース

2017年 1月 27日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人琉球大学
国立大学法人東京海洋大学

有孔虫の炭酸カルシウム殻形成は水素イオン排出がカギ
~海洋酸性化に対する予想外の耐性~

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という)海洋生物多様性研究分野の豊福高志主任研究員、数理科学・先端技術研究分野の山本美希研究員らは、オランダ王立海洋研究所、琉球大学、東京海洋大学と共同で、海水のpH(※1)分布を顕微鏡下で可視化する手法を開発しました。そして、この手法を用いることで、有孔虫という1mmに満たない海洋の単細胞生物の一種が、環境のpHによらず水素イオンを排出することで、炭酸カルシウムの殻を形成していることを突き止めました。また、海洋酸性化(※2)を模した実験条件においても同様の現象を伴って殻形成が観察されました。世界的に環境影響評価の指標として有効に利用されてきた有孔虫においては、海洋酸性化に対しての応答が注目されていますが、一定の耐性のある種類の存在、及びそのメカニズムの一端が明らかになりました。

有孔虫は海水から炭素とカルシウムを吸収して、炭酸カルシウムを生産していますが、その詳細なメカニズムは明らかになっていませんでした。今回、有孔虫の周りのpH分布を顕微鏡下で時系列的に可視化したところ、殻の形成に伴ってpHがみるみるうちに低下することが観察され、画像を解析した結果、有孔虫が殻形成に伴って水素イオンを排出することで、殻形成部位をアルカリ性に保ち、炭酸カルシウム形成を促進していることがわかりました。また、pH条件を平均的な海水よりも低下させても同様の結果になりました。一方、薬剤を用いて、水素イオンの排出を阻害したところ、殻形成が停止しました。以上の結果から、水素イオンの排出が殻形成のカギであることを突き止めました。

水産資源上重要な、カキやアコヤ貝なども炭酸カルシウムの殻があり、海洋酸性化の影響が懸念されます。今回の手法は、現在起きている海洋酸性化に対して、海洋生物がどのように影響を被るのかを検討する上で役立ちます。

また本研究の一部はJSPS科研費JP22684027、JP25247085の助成を受けて実施されたものです。

本成果は、英科学誌「Nature Communications」電子版に1月27日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル: Proton pumping accompanies calcification in foraminifera
著者名:豊福高志1,, 松尾(山本)美希2, Lennart Jan de Nooijer3, 長井裕季子1, 河田佐知子1, 藤田和彦4, Gert-Jan Reichart3,5, 野牧秀隆6, 土屋正史1, 阪口秀2, 北里洋7

所属:1.JAMSTEC海洋生物多様性研究分野、2. JAMSTEC数理科学・先端技術研究分野、3. オランダ王立海洋研究所、4. 琉球大学理学部物質地球科学科、5. オランダユトレヒト大学理学部地球科学科、6. JAMSTEC生物地球化学研究分野、7. 東京海洋大学

2.背景

石灰質有孔虫は海洋に生息する単細胞生物で、炭酸カルシウムを主成分とする殻を形成します。わずか1mmにもみたない小さな生物ですが、海洋での分布範囲は極めて広い上にバイオマスも非常に大きく、年間14億トンもの炭酸カルシウムを生産すると考えられています。これは、海洋における全炭酸カルシウム生産量の実に20%を占めることから、有孔虫は海のカルシウムや炭素の循環を考える上で重要な生物であるといえます。また、有孔虫は殻を作る際に環境に応じて周囲の海水の微量元素、同位体を反映して取り込み、その化石が地層中に保存されるため、地球科学分野では過去の環境情報を得るための重要な材料となっています。しかし、この殻が形成される「石灰化過程」については、材料となるカルシウムと炭素をどのように取り込み、炭酸カルシウムを生産しているか依然としてわかってない部分が多く、解明が待たれています。そこでJAMSTECを中心とした研究チームでは、石灰化過程に必要な炭素の取り込みを支配する、環境のpHを顕微鏡下で可視化する実験システムを構築し、殻形成メカニズムの解明を目的に観察を行いました。

3.成果

殻形成中の顕微鏡画像を解析した結果、石灰化が始まると有孔虫周辺のpHは低下し、周囲の低pH状態は石灰化が終わるまで続きました。これは有孔虫から水素イオンが排出されていることを示しています。本研究では、pH条件を8.0から6.8までに変えながら、10回の観察を繰り返しましたが、いずれの条件でも殻形成時にpHの低下が認められ、正常に殻形成が行われました。有孔虫から放出されている水素イオンの量を実験画像から定量すると、その量は環境のpHではなく、形成される殻の大きさによって変化することがわかりました。殻形成時に細胞内部ではpHが9以上に高まっているという過去の研究結果と合わせて考えると、今回の結果から有孔虫は水素イオンを細胞外に排出することで石灰化部位のpHを高めていると推測されました。さらに、水素イオンの排出が本当に殻形成を促進させているか確かめるため、水素イオンを運び出す酵素の働きを阻害する薬剤を添加したところ、pHの低下は見られず、有孔虫は殻形成を停止しました。以上の結果から、有孔虫は水素イオンの排出によって炭酸カルシウムの殻を形成していると結論づけました。

今回、物理学者と生命地球科学者が中心となって、協働することで有孔虫の殻形成メカニズムの研究戦略を検討し、研究を進めたものです。数理モデルの予想に基づき、そのモデルを検証するために観測実験をデザインした研究手順は、通常の研究手順とは逆のアプローチであり、その結果卓越した研究成果が生まれたものと言えます。

4.今後の展望

今回の手法は有孔虫だけでなく、広く海洋生物の殻形成メカニズムを検討する上で役立つと考えられます。特に、人間活動由来の二酸化炭素増加に伴う海洋酸性化が、これらの石灰化生物にどのような影響を及ぼすのかは世界的にも喫緊の課題として注目されています。また、今回観察に用いた種類では低いpH条件においても殻形成過程への影響は限定的でした。なぜ酸性化しても炭酸カルシウム形成への影響が少ないのかは不思議な事です。この点について異なる環境下での石灰化過程をさらに詳しく研究することで、将来の海洋酸性化環境への適応を予測する上で役立つと考えられます。今後は各分野の専門家と議論の上、カキや、アコヤガイなどの二枚貝やサンゴなどの水産資源的に重要な生物に、海洋酸性化が与える影響を評価するためにこの手法を応用する可能性を探りたいと考えています。

※1 pH:水素イオン指数 (potential of hydrogen)。pHの値が小さいほど水素イオンの濃度が高く酸性、大きいほど水素イオンの濃度が低くアルカリ性を示す。今回の研究では、石灰化に伴い有孔虫が水素イオンを排出するため、周囲の水素イオン濃度が高まりpHが低下した。

※2 海洋酸性化:人間活動に由来する二酸化炭素排出量は年間30ギガトン以上であり、その3割は海洋に溶解していると考えられる。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書によれば、海洋のpHが現在の8.1程度から、2100年には7.6〜7.9程度まで低下すると予測されており、徐々にではあるが確実に海洋はより酸性側へ変化している。もし海洋酸性化が進んだ場合、有孔虫などの石灰化生物の成長が阻害されるおそれが指摘されている。有孔虫は海洋の主要な炭酸塩生産者であるので、その生産量の変化は海洋全体の物質循環に影響を与える可能性があり、その影響の評価が必要とされている。また、有孔虫を始めとする目に見えない生物の増減は、食物網を通してより大型の魚や哺乳類などにも影響が及び、特に我が国においては食卓に直結する問題ともいえる。そのため、世界的な環境問題として注目を集めはじめている。

※3 示準化石・示相化石:地層が堆積した時代や環境を示す鍵となる化石のこと。地層は過去の海洋底で堆積したものだが、何時代に堆積したとかどんな環境だったかを推定するために、地層に含まれる化石を活用する。有孔虫は殻の形態進化速度が速く、また、量が多いために地層中から数多くみつかることから、地層中に示準化石・示相化石として良く用いられている。

図1

図1. 左: 殻形成時の有孔虫が水素イオンを放出し、有孔虫周辺のpHが同心円状に低下している様子を示す。今回の研究では画像解析を行い、pHを定量した。スケールバーは50µm。
右: 左図点線位置でのpH分布を一次元分布として抜き出したもの。赤い点線は回帰曲線を示す。

図2

図2.有孔虫:主に海洋に生息する単細胞生物。地質学の分野では、炭酸カルシウムの殻を持つ石灰質有孔虫は地層中に化石として保存されるので示準化石・示相化石(※3)として過去の環境情報を得るために重要な材料と考えられている。

図3

図3. 今回の成果を示す模式図。I. 有孔虫は石灰化の場から酵素の働きで水素イオンを排出する。石灰化の場の水素イオン濃度が下がるため、pHが上昇する。II.水素イオンが環境に排出される。環境の水素イオン濃度が上がるため、pHが低下する。水素イオンは海水中の重炭酸イオンと反応し、二酸化炭素を生成する。III.二酸化炭素は重炭酸イオンよりも細胞質を透過しやすいので、炭素の取り込みに有利に働く。IV. 石灰化の場ではpHが高いため、取り込まれた二酸化炭素から炭酸イオンが生成される。これが、別に取り込まれたカルシウムイオンと反応し、炭酸カルシウムが形成される。


有孔虫の炭酸カルシウム殻形成は水素イオン排出がカギ
~海洋酸性化に対する予想外の耐性~
(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構 海洋生物多様性研究分野
主任研究員 豊福 高志
国立大学法人琉球大学 理学部 物質地球科学科
教授 藤田 和彦
国立大学法人東京海洋大学
特任教授 北里 洋
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
広報部 報道課長 野口 剛
国立大学法人琉球大学
理学部 総務係 山城
国立大学法人東京海洋大学
総務部総務課広報室 北出、小熊
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