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プレスリリース

2017年 2月 2日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人京都大学
国立大学法人東北大学

地球のアセノスフェアは二酸化炭素によって部分的に溶けている
~プレートテクトニクスの根幹に関わる論争決着に大きな前進~

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦)海底資源研究開発センターの町田嗣樹特任技術研究員は、国立大学法人京都大学(総長 山極 壽一)大学院人間・環境学研究科の小木曽哲教授および国立大学法人東北大学(総長 里見 進)東北アジア研究センターの平野直人准教授と共同で、日本海溝沖の北西太平洋に存在するプチスポット(※1)と呼ばれる火山で活動したマグマの生成条件を明らかにするために高温高圧溶融実験を行った結果、プチスポットのマグマが、プレート直下のアセノスフェア(※2)に由来することを明らかにしました。

過去の研究により、プチスポットマグマには二酸化炭素が重量比で10%程度と、日本列島などで活動する他の火山のマグマに比べてはるかに大量に含まれていることが明らかになっていました。加えて今回の実験によって、プチスポットマグマがアセノスフェアに由来することを示したことにより、アセノスフェアでは二酸化炭素の存在によってマントルかんらん岩の融点が低下し、二酸化炭素に富むマグマが生成されていることが確かめられました。つまりプチスポットは、地球内部のアセノスフェアが部分的に溶けていることの物的証拠と言えます。

プレートテクトニクスの理論に基づくと、プレートは直下の柔らかい層であるアセノスフェアの上を滑るように移動し、地球深部に沈み込むなどして地球表層で発生する地震・火山活動や造山運動などの原因となっています。つまりアセノスフェアはプレートテクトニクスの根幹を担っており、表層が活発に活動し大陸が存在する太陽系唯一の惑星である地球を特徴づけるものと言えます。そのアセノスフェアが柔らかい理由は、部分的に溶けていることが原因であるとする説と、溶けてはいないとする説が提唱されており、プレートテクトニクス理論が確立された頃から論争が続いていました。今回の成果は、前者のアセノスフェア部分溶融説を強く支持するものであり、地球のプレート運動、さらにはプレート運動によって引き起こされるマントル対流の仕組みを根本的に理解するための重要な条件となります。

本研究は、MEXT科研費JP20740293、JSPS科研費JP23740379, JP24654180、および東レ科学技術研究助成11-5208の助成を受けて実施されたものです。

なお、本成果は、英科学誌「Nature Communications」に2月2日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:Petit-spot as definitive evidence for partial melting in the asthenosphere caused by CO2
著者:町田嗣樹1、2、小木曽哲3、平野直人4
1. 海洋研究開発機構 海底資源研究開発センター
2. 東京大学大学院工学系研究科 エネルギー・資源フロンティアセンター
3. 京都大学大学院人間・環境学研究科 相関環境学専攻
4. 東北大学 東北アジア研究センター

2.背景

地球の最表層は硬い岩石から構成されており、十数枚の板(プレート)に分かれていると考えられています。プレート直下のアセノスフェアが柔らかい理由について、プレートテクトニクス理論成立初期は、アセノスフェアが部分的に溶けていることが原因であるとするアセノスフェア部分溶融説が有力視されていました。しかし、微量な水が存在するだけで溶けなくてもマントルかんらん岩は柔らかくなるといった非溶融説が複数提唱され、それらが有力視されるようになりました。その後、二酸化炭素を含むマントルかんらん岩の高温高圧溶融実験や地球物理学的解析によって、アセノスフェアに二酸化炭素を大量に含むマグマが存在している可能性が提唱されましたが、そのことを示す物的証拠はありませんでした。

一方、日本近海で発見されたプチスポットの形成モデルによると、プチスポットマグマの上昇はプレート沈み込みに伴うプレートの屈曲に深く関わっており、マグマの供給源はプレートの下のアセノスフェアだろうと予想されました。さらに、プチスポットマグマには二酸化炭素が大量に含まれていることが明らかになりました。そこで本研究では、二酸化炭素に富むプチスポットマグマが実際にはどこで生成されたのかを決定するために、複数相飽和実験(※3)と呼ばれる高温高圧溶融実験を行いました。

3.成果

複数相飽和実験では、マグマの材料となる岩石の種類と、その岩石と反応せず化学的に安定に共存していた時のマグマの温度と圧力(マグマの最終平衡温度圧力)を調べることができます。本研究では、これまでの研究航海により北西太平洋の2つのプチスポット(図1)から得られた玄武岩と呼ばれる溶岩のうち、地下で作られた直後のマグマ(初生マグマ)の組成に最も近いと考えられる試料(図2)をそれぞれ1つずつ選び、その化学組成分析の結果から初生マグマの化学組成を推定しました。そして、各元素の酸化物、水酸化物、および炭酸塩の試薬を混合して初生マグマ組成を再現した実験出発物質を準備し(図3)、ピストンシリンダー型高温高圧発生装置(図4)を用いてのべ57回の溶融実験を行いました。

町田嗣樹特任技術研究員らが求めたプチスポットマグマの最終平衡温度圧力は、1280-1290 °Cおよび1.8-2.1 GPa(1GPaは1万気圧)であり(図5)、マグマと共存していた鉱物はかんらん石と斜方輝石であったことが判明しました。この圧力は地下約60 kmに相当しますが(図5)、周辺の太平洋プレートの厚さは約82 kmであることから、今回の結果はプチスポットのマグマが噴火前にプレート下部でマントルかんらん岩と共存(化学的に安定に)していたことを示します(図5および6)。かんらん石と斜方輝石はプレート下部を構成するマントルかんらん岩に含まれる代表的な鉱物です。ただし次に示すとおり、1280-1290 °Cという最終平衡温度が、プチスポットマグマがプレート下部ではなく、プレート直下のアセノスフェアに由来することの証拠です。

実験から求められた温度圧力条件でマグマが周囲の岩石と安定共存するためには、アセノスフェアから上昇してきて安定共存状態になるか、プレート下部がその場で溶けるかの2通りの可能性が考えられます(図5)。ここで、地下の温度勾配(図5の緑の直線および点線)を見ると、プレート下部に相当する1.8-2.0 GPaの深さのプレートの温度は、1000-1100 °Cであることが分かります。この温度は、二酸化炭素と水を含むマントルかんらん岩の融点(図5の赤の曲線)より高温であるため、熱源が無くても二酸化炭素と水があればプレート下部は溶けます。しかし、生成されるマグマの温度は1000-1100 °Cであり、プチスポットマグマの最終平衡温度よりは明らかに低温になってしまい矛盾します。プレート下部が溶けて1280-1290 °Cという最終平衡温度を達成するには何らかの熱源が必要ですが、プチスポットの下に深部から熱源となるような熱いマントルなどが上昇してきている証拠はありません。一方、プレート直下のアセノスフェアの温度は約1400 °C(図5)であるため、そこで生成されたマグマが上昇してくれば、上昇中に熱が奪われプレート下部で1280-1290 °Cになると考えられます。つまり、今回の実験によって得られた1280-1290 °Cという最終平衡温度は、アセノスフェアで生成される二酸化炭素に富むマグマの温度より少し低温であると言えます。

プチスポットは、プレート下部が溶けてできたマグマが噴火したのではありません。今回の実験と解析によって、図6に示すように、①アセノスフェアは二酸化炭素の存在によって部分的に溶けており、②そのマグマがプレートの屈曲に伴ってプレート下部に貫入し、周囲のマントルかんらん岩と化学的に安定に共存する状態(最終平衡)に達し、③その後噴火したものがプチスポットであることが分かりました。

4.今後の展望

一度否定されそうになったアセノスフェアが部分的に溶けているという仮説は、仮説ではなく確かな現象であることが実証されました。マントル内の二酸化炭素が柔らかいアセノスフェアを生み出し、プレート運動の潤滑剤の役割を持っているという事実は、今後プレート運動やマントル対流の仕組みを根本的に理解する上で重要な条件です。ただし、アセノスフェア内の二酸化炭素が何を起源としてどこからもたらされ、どのくらいの量が存在するのかは明らかではありません。かつて地球表層にあった炭酸塩がプレートの沈み込みによって地球深部にもたらされていることが最近明らかにされていますので(平成28年9月6日既報)、アセノスフェア内の二酸化炭素は地球深部の炭素循環と密接に関連しているかもしれません。研究グループでは、これまでに蓄積されたプチスポット溶岩の化学組成の詳細な解析と更なる岩石溶融実験によって、アセノスフェア内の二酸化炭素の起源と存在量を解明していく予定です。

※1 プチスポット

プチスポットとは、これまで3つの分類に分けられていた地球上の火山活動域(1.プレート発散境界である中央海嶺、2.プレート収束域である島弧、3.ホットスポットとよばれるマントル・プルーム上昇域)とは異なる地域に分布する、プレートの屈曲に伴ってマグマが噴火するタイプの新種の火山。他の3つのタイプの火山活動域に比べ非常に小さな火山が形成されることが特徴であり、プチスポット(「小さな点」を意味する造語)と呼ばれる。自然科学の国際学術誌「Science」に掲載された論文(Hirano et al., 2006)でその存在が発表(平成18年7月27日既報)された後、チリ沖、トンガ沖、スンダ海溝、グリーンランド沖などから次々と発見されており、世界中に存在する普遍的な火山活動であることが分かっている。

※2 アセノスフェアとプレート(リソスフェア)

地殻の下のマントル内に存在する、地震波の伝わる速度が低下して柔らかい層のことをアセノスフェア(アセノ=弱い、スフェア=圏)という。アセノスフェアは、地下100 km前後から300 km前後まで。その上のプレート(地殻+マントル最上部)とは硬さという点で区別されており、プレートのことをリソスフェア(リソ=岩石の、スフェア=圏)という。

※3 複数相飽和実験

複数相飽和実験とは、マグマの材料となる岩石の種類と、その岩石と反応せず化学的に安定に共存していた時のマグマの温度と圧力(マグマの最終平衡温度圧力)を調べるための高温高圧実験。複数相飽和実験では初めに、地下で作られた直後、つまりマントルの岩石と化学的に安定(平衡)であったマグマ(初生マグマ)の化学組成を求める。次に、そのマグマを様々な温度圧力条件下に置いて、それぞれの条件でどのような鉱物(固相)が晶出するかを調べる。晶出した鉱物は、マグマ中で飽和(※4)して溶けきれなかったものであり、もし複数の鉱物が飽和する温度圧力条件(複数相飽和点という)が見つかった時、それが最終平衡温度圧力であり、観察された鉱物の組み合わせはマグマと安定共存していた周囲の岩石を示す。

※4 飽和

溶液において、溶質が溶ける限界まで溶けている状態のことを飽和という。例えば、お湯に大量の砂糖(溶質)を溶かし込んだ砂糖水(溶液)を用意し、それを冷ましていくと、そのうち溶けきれなくなった砂糖が結晶として晶出する。砂糖が溶けきれなくなった砂糖水は、砂糖に対して過飽和の状態である。複数相飽和実験では、マグマが溶液、晶出する鉱物が溶質である。

図1

図1:本研究で対象とした東北沖のプチスポット周辺の海底地形図(Machida et al. (2017) のFigure 1を改変)。aの赤い星は、bに示した火山のおおよその位置を示している。bの黄色い線は、試料を採取した際の観測測線を示す。YK05-06 6K Dive #877および#879は、深海潜水調査船支援母船「よこすか」のYK05-06航海で行われた、有人潜水調査船「しんかい6500」第877および879潜航。KR04-08 D07およびD08は、深海調査研究船「かいれい」のKR04-08航海で行われた、ドレッジによる試料採取地点番号。

図2

図2:高温高圧実験の対象とした、地下で作られた直後のマグマ(初生マグマ)の組成に最も近いと考えられる試料(a)と、その試料の採取時の様子(b;YK05-06航海、「しんかい6500」第879潜航)。

図3

図3:実験出発物質と作成時の様子。各元素の酸化物、水酸化物、および炭酸塩の試薬(粉末)をエタノールの中で混合して初生マグマ組成を再現した。

図4

図4:複数相飽和実験に用いたピストンシリンダー型高温高圧発生装置(京都大学所有)。

図5

図5:今回の実験から求められたプチスポットマグマの噴火前の最終平衡温度圧力条件と、マントルかんらん岩の融点および地下の温度勾配とを比較したグラフ(Machida et al. (2017) のFigure 4を改変・簡略化)。北西太平洋のプチスポット周辺のリソスフェア(プレート)に相当する圧力(厚さ82 km)を黄色で塗りつぶしている。
一般的にマントルかんらん岩の融点(温度)は、地下深くになり圧力が上昇するほど高くなる(黒い線)。二酸化炭素と水が加わると凝固点降下によって融点は低下する(赤い線)ので、リソスフェア下部からアセノスフェアにかけてのマントルかんらん岩は、熱源が無くても部分的に溶けてマグマが生成される。今回の実験から求められた温度圧力条件でプチスポットマグマが周囲の岩石と安定共存するためには、アセノスフェアから上昇してきて安定共存状態になる(ピンク色で示したケース)か、プレート下部がその場で溶ける(オレンジ色で示したケース)かの2通りの可能性がある。ただし、後者のために必要な熱源は存在しないので、アセノスフェアで生成された二酸化炭素に富むマグマが、リソスフェア下部に貫入して安定共存状態に達したと考えられる。

図6

図6:北西太平洋におけるプチスポット噴火モデル(Hirano et al. (2006) のFig. 3Cを、本研究の成果を踏まえて改変)。

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構 海底資源研究開発センター 資源成因グループ
特任技術研究員 町田 嗣樹
国立大学法人京都大学大学院人間・環境学研究科 相関環境学専攻
教授 小木曽 哲
国立大学法人東北大学 東北アジア研究センター
准教授 平野 直人
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
広報部 報道課長 野口 剛 
国立大学法人京都大学
企画・情報部広報課国際広報室
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