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プレスリリース

2018年 1月 26日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

海面水温データで南インド洋の十年規模変動が予測可能に
~アフリカ南部の防災や農業、感染症分野へ応用の可能性~

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という)アプリケーションラボの森岡優志研究員らは、海面水温の衛星観測が始まった1982年から2015年までの間、観測された海面水温に気候モデルの海面水温を近づけて予測を開始することで、南インド洋、特にアガラス反転流域において、海面水温の十年規模変動を約十年先まで予測可能であることを明らかにしました。

南インド洋の海面水温は季節や年ごとに変動するだけでなく、十年から二十年ほどの周期でゆっくりと変動します(以下「十年規模変動」という)。この海面水温変動は、同時に海面気圧など大気の変動を伴うため、南インド洋からアフリカ南部に運ばれる水蒸気量を変えて、アフリカ南部の降水量に十年規模変動をもたらすことが報告されています。アフリカ南部の降水量変動は、河川の流量や農作物の収量だけでなく、マラリアなどの感染症の発生率にも影響を与えることが知られています。アフリカ南部のように海で囲まれた大陸の気候変動を予測するためには、海面水温の変動を予測することが欠かせません。

十年規模変動の予測は、アフリカ南部の例のように防災や、食、健康など様々な分野で中長期的な気候変動対策に活用されるため、重要な研究テーマとなっています。これまで大気や海洋、海氷など複数の観測データを気候モデルに近づけて十年規模変動を予測する研究が行われてきました。しかし、これらの観測データは十分に揃っていないため、長期に渡って十年規模変動の予測を調べることができません。今回の成果は、観測された海面水温のみを用いて南インド洋の十年規模変動を予測することができるので、海面水温の観測が比較的多い北半球では、1980年代より過去に遡って十年規模変動の予測可能性を調べる研究に応用することができます。

本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科学研究費助成事業JP15K17768並びに国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)と独立行政法人国際協力機構(JICA)が連携して推進する地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)「南部アフリカにおける気候予測をもとにした感染症流行の早期警戒システムの構築」の支援を受けて実施されました。本研究の成果は、「Scientific Reports」に1月26日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:Decadal climate predictability in the southern Indian Ocean captured by SINTEX-F2 using a simple SST-nudging scheme
著者:森岡優志1、土井威志1、スワディヒン・クマル・べヘラ1
1. JAMSTECアプリケーションラボ

2.研究の背景

南インド洋の海面水温は季節や年ごとに変動するだけでなく、十年から二十年ほどの周期でゆっくりと変動します。この十年規模変動は、南インド洋の海洋循環の変動によって生じる、または、南大西洋の海面水温に見られる十年規模変動が東向きに流れる南極周極流に沿って東に移動して生じることが報告されています(図1)。この海面水温変動は、同時に海面気圧など大気の変動を伴うため、南インド洋からアフリカ南部へ運ばれる水蒸気量を変えて、アフリカ南部の降水量に十年規模変動をもたらすことが知られています(図1)。

南インド洋を含む世界の海面水温に見られる十年規模変動の予測可能性について調べた研究は数多くありますが、その多くは大気中の温室効果ガスの変化に起因するものと報告しています。一方で、南インド洋で海洋の変動に起因する十年規模変動の予測可能性を調べた研究は今のところありません。

JAMSTECのアプリケーションラボでは、2005年よりヨーロッパの研究機関と協力して、世界の気候変動を数ヶ月以上前から予測する「季節予測システムSINTEX-F()」を開発してきました。このシステムでは、モデルの海面水温を観測された海面水温に近づけて予測を開始しており、経年的な気候変動現象であるエルニーニョ・南方振動現象やインド洋ダイポール現象の予測に成功してきました。また、南インド洋に見られる気候変動現象である、インド洋亜熱帯ダイポール現象やニンガルーニーニョ現象などの予測可能性を明らかにしてきました。

こうした研究成果を活かして、アフリカ南部の気候変動を数ヶ月前から予測し、河川の流量や農作物の収量の予測など様々な分野に応用するSATREPSプロジェクトが2009年から現在まで行われています。最近の研究成果によると、熱帯太平洋や南インド洋の気候変動現象によってもたらされる南アフリカの降水量や気温の変動は、その数ヶ月後に生じるマラリアの発生率にも影響を及ぼす可能性も示唆されています(平成29年5月30日既報)。そこで本研究では、季節予測システムに使われている大気海洋結合モデルSINTEX-F1を改良した大気海洋海氷結合モデルSINTEX-F2を用いて、十年先まで予測期間を延長し、衛星観測が始まった1982年から2015年までに南インド洋の海面水温で見られた十年規模変動の予測可能性について調べました。

3.主な研究成果

南インド洋の海面水温に見られる十年規模変動の振幅は、観測データの解析からマダガスカルの南東部、オーストラリアの北西部、南アフリカの南部から東に向かって流れるアガラス反転流域など、主に3つの海域で大きいことがわかりました(図2左)。

また、6-10年後に予測されたモデルの海面水温と観測された海面水温を比較すると、アガラス反転流域において予測精度が高いことが明らかになりました(図2右)。特に、1990年代後半から2000年代前半に見られる海面水温の上昇(温暖期、図3左)や2000年代後半に見られる海面水温の低下(寒冷期、図3右)をモデルがよく捉えています。

先行研究では、南インド洋の海面水温に見られる十年規模変動は南大西洋からゆっくりと東に移動することが報告されています(図1)。これに伴い、海面気圧の変動もゆっくり東へ移動することも示唆されています。

1994年から1998年まで再解析されたもの(観測データとモデルをもとに再現されたもの)の海面気圧の平年差を見ると、南アフリカの南側で海面気圧が高くなっています(図4左上)。その後、1999年から2003年にはインド洋の南西部でさらに海面気圧が高くなり(図4左下)、ゆっくりと東へ移動していることが分かります。

同様に、1994年から10年先まで予測したモデルの結果をみると(図4右)、南アフリカの南側からインド洋の南西部に向かって平年よりも高い海面気圧が東に移動する様子がよく捉えられています(図4右上と右下)。

4.今後の課題と展望

本研究では、気候モデルの海面水温を観測された海面水温に近づけて予測を開始することで、南インド洋の海面水温に見られる十年規模変動を予測できることを明らかにしました。また、南インド洋の温暖期や寒冷期について解析を行った結果、海面水温の変動に伴って海面気圧の変動が東進する様子などをモデルでよく捉えることができました。

南インド洋の十年規模変動は、アフリカ南部の降水量に見られる十年規模変動と強く関係しているため、海面水温の予測を通して、アフリカ南部の降水量予測に貢献することができます。こうした予測情報は、アフリカ南部の河川の流量や農作物の収量だけでなく、マラリアなどの感染症の発生率の予測など様々な分野で中長期的な気候変動対策に活用されることが期待されます。

十年規模変動を予測する研究はこれまで、大気や海洋、海氷など複数の観測データを用いて行われてきました。しかし、本研究で、観測された海面水温のみを用いて十年規模変動を予測できることが確認されたことで、海面水温の観測が比較的多い北半球では、さらに過去に遡って十年規模変動の予測可能性を調べることができます。こうした研究を通して、十年規模変動の理解を深め、予測精度をさらに向上させることで、他の地域の気候変動対策にも貢献することが期待されます。

※季節予測システムSINTEX-F
2005年にヨーロッパの研究機関と共同開発した大気海洋結合モデルSINTEX-F1を用いて、世界の大気海洋の季節状態の異常を数ヶ月以上前に予測するシステムであり、予測情報を毎月公開しているhttp://www.jamstec.go.jp/frcgc/research/d1/iod/seasonal/outlook.html。本研究では、SINTEX-F1モデルを改良した大気海洋海氷結合モデルSINTEX-F2を用いて、十年規模変動の予測実験を行った。

図1

図1 アフリカ南部で降水量の長期変動をもたらす南インド洋の十年規模変動の模式図。

図2

図2(左)8年平均した海面水温の標準偏差(単位は°C)。1982年から2015年までの観測データ(OISST)を用いた。濃い赤の海域は、海面水温の十年規模変動が大きいことを示す。(右)6-10年後に予測されたモデルの海面水温と観測された海面水温の相関係数(単位はなし)。濃い赤の海域は、モデルの予測精度が高いことを示す。黒い四角は、モデルの予測精度が高いアガラス反転流域(東経40-60度、南緯50-40度)を表す。

図3

図3(左)インド洋南西部(図2の黒い四角)で平均した海面水温の平年差の時系列(単位は°C)。黒線が観測データ、赤線が1994年から10年先まで予測したモデルの結果を示す。赤の点線は、モデルの不確実性を考慮するためにモデルの初期条件をわずかに変えた12個の予測結果を、赤の太線は12個の予測結果の平均値を表す。1990年代後半から2000年代前半に見られた温暖期がモデルで捉えられている。(右)左図と同様に、1999年から10年先まで予測したモデルの結果を示す。2000年代前半の温暖期から2000年代後半の寒冷期への移行がモデルでよく捉えられている。

図4

図4(左)再解析(ERA-Interim)より得られた海面気圧の平年差(単位はhPa)。再解析は、大気の観測データと大気モデルを使って再現された過去の大気場を表します。上が1994-1998年の平均値、下が1999-2003年の平均値を表す。黒い四角はアガラス反転流域(図2の黒い四角)に対応する。(右)左図と同様に、1994年から10年先までモデルで予測された海面気圧の平年差(単位はhPa)。上が1994-1998年の平均値、下が1999-2003年の平均値を表す。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
アプリケーションラボ
研究員 森岡 優志
(報道担当)
広報部 報道課長 野口 剛
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