トップページ > プレスリリース > 詳細

プレスリリース

2018年 7月 13日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

最新鋭研究船「かいめい」による初のフルデプス調査報告
~伊豆・小笠原海溝域における「超深海」の海水の特徴を明らかに~

1. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という)深海・地殻内生物圏研究分野の川口慎介研究員、海底資源研究開発センターの眞壁明子特任技術副主任、海洋生命理工学研究開発センターの横川太一研究員らは、国立研究開発法人水産研究・教育機構および気象庁と共同で、海底広域研究船「かいめい」による伊豆・小笠原海溝域の海洋観測を実施しました。「かいめい」は、全海洋底に到達可能(=フルデプス対応)なCTD多連採水装置(図1)を標準搭載しています。本研究ではこのフルデプス採水装置を活用し、南北に長い伊豆・小笠原海溝を網羅する13の観測点を設定し、海洋表層から海底直上までの海水特性の鉛直分布調査を3航海にわたって実施しました(図2)。

海水の特徴を示す一般的な指標である温度・塩分・溶存酸素・各種栄養塩(硝酸・リン酸・ケイ酸)を精密に分析した結果、伊豆・小笠原海溝域では水深7,000mから海底に至るまでの「超深海」の領域で、これら成分が均一に分布していることが判明しました(図3)。

一方で、メタン・マンガン・全有機物量といった成分は、超深海において一様ではない分布を示しました。特にメタンの炭素同位体組成は、伊豆・小笠原海溝内の南北・東西・深浅で明瞭に異なる空間分布を示しました(図3)。これらの結果からは、伊豆・小笠原海溝内の斜面において堆積物の再懸濁が起こり、再懸濁に伴って放出された成分が反時計回りの海溝内海流に運ばれながら変質していることが推測されます。海溝斜面堆積物の再懸濁は、伊豆・小笠原海溝域での過去の調査や、他の海溝域における水塊微生物や海溝軸堆積物の調査からも示唆されており、整合的な結果が得られたと言えます。

本成果は、これまで超深海を観測するために特別な装置が必要だったところ、「かいめい」にCTD多連採水装置が標準搭載され、深海から超深海までを連続的に整合性の高い観測結果が取得できるようになったことから得られたものであり、「超深海・海溝生命圏(※1)」の解明など今後の進展が期待されます。

本成果は、欧州地球科学連合(EGU)が主催する科学誌「Ocean Science」に7月13日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:Hadal water biogeochemistry over the Izu-Ogasawara Trench observed with a full-depth CTD-CMS
著者名:川口慎介1 2 3 # *、眞壁明子2 3 #、児玉武稔 4、松井洋平2 3、吉川千里2 5、小野越郎6 $、脇田昌英7、布浦拓郎3 8、内田 裕6、横川太一3 8 *

所属:1. JAMSTEC 深海・地殻内生物圏研究分野、2. JAMSTEC 海底資源研究開発センター、3. JAMSTEC次世代海洋資源調査技術研究開発プロジェクトチーム、4.国立研究開発法人水産研究・教育機構日本海区水産研究所、5. JAMSTEC 生物地球化学研究分野、 6.JAMSTEC 地球環境観測研究開発センター、7. JAMSTEC むつ研究所、8. JAMSTEC 海洋生命理工学研究開発センター、$現所属・気象庁、#同等の貢献、*コレスポンディングオーサー

2.背景

地球を包む海水の特徴を把握することは、海洋学の根幹です。CTD多連採水装置は、現代海洋学の確立・発展において最も重要な役割を果たしてきた調査機器です。CTD多連採水装置を用いることで、海水の基本的特徴である塩分(実際は電気伝導度、Conductivity)、温度(Temperature)、水深(Depth)の3成分を連続的に測定すると同時に、指定する水深で海水を採取し船上・陸上の実験室で各種組成を分析できます。CTD多連採水装置は、多種多様な海洋調査研究において不可欠な観測機器として、世界中の研究機関に配備されています。海水の特徴把握を目的とした国際計画WOCE/CLIVAR/GO-SHIP/GEOTRACES(※2)では、大洋を縦断・横断する観測線を設定し、海水の塩分・温度・酸素あるいは栄養塩や微量元素など、多様な成分について正確に把握する調査を進めています。

しかし、水深7,000mを超える「超深海」の領域については、CTD多連採水装置を用いた観測成果の報告は皆無でした。これは、CTD多連採水装置そのものの耐圧性能および装置を超深海まで降ろすだけのケーブルラインがともに整備されている調査船が少ないためです。このため従来の超深海の観測は、ワイヤーにCTDセンサあるいは採水器を直付けして独立して稼働する、あるいはROV(無人探査機)を用いるなど、現代海洋学では一般に用いられていない特別な方法で実施されてきました。つまり、海洋調査において信頼度の最も高いCTD多連採水装置を使えないことで、CTDセンシングと採水が同時に行われない、採水数が少なく空間解像度や観測値の確からしさに疑問が残る、海洋調査で標準化された分析手法を利用していない、観測点の時空間解像度が低いなど、一般的な海洋観測で実現している「観測の質」が担保されていませんでした。

海底広域研究船「かいめい」は2016年に運用を開始した最新鋭の研究船です。「かいめい」には、CTDセンサ、12リットルのX型ニスキン採水器を利用する36連採水装置およびフルデプスCTD採水観測を実現する12,000m長の繊維ケーブルが配備されています。本研究では「かいめい」による3航海(13観測点)に、東北海洋生態系調査研究船「新青丸」による1航海(3観測点)を加えた計4航海で、伊豆・小笠原海溝域を中心に、超深海領域を含む海溝軸部の5点を含む16観測点においてCTD多連採水装置による鉛直観測を実施し、採取した海水の分析を通じて水塊の海洋学的・生物地球化学的な特徴を明らかにしました。

3.成果

海水の最も基礎的な特徴である海水密度(塩分と温度から算出)をWOCE水準の精密さで調べた結果、伊豆・小笠原海溝の水深7,000m以深で密度が均一になっていることが判明しました。一般に深海と超深海を分ける水深として6,000mあるいは6,500mが採用されていますが、本研究で明らかにした海水特性から、伊豆・小笠原海溝域における深海-超深海境界が水深7,000mにあると再定義できます。

溶存酸素、各種栄養塩(硝酸塩・リン酸塩・ケイ酸塩・アンモニア)の濃度、硝酸の窒素・酸素安定同位体組成、亜酸化窒素の濃度および窒素・酸素安定同位体組成、ならびに無機炭素の放射性炭素含率についても精密に分析しました。これらの成分は、水塊中での生物代謝によって変動しうるもので、生物活動の指標となります。分析の結果、伊豆・小笠原海溝域周辺の「深海」領域において、本研究の分析値は既報値と分析誤差の範囲で一致しており、本研究における「観測の質」が担保されていることが確認できました。さらに伊豆・小笠原海溝域の「超深海」の領域では、これら成分が(海水密度と同様に)均一に分布していることが判明しました。これは海溝域の超深海領域に期待される「超深海・海溝生命圏」の活動が、これら主たる生元素化学組成の精密分析をもってしても検出できない程に微弱であることを示しています。

一方で、メタン・マンガン・全有機物量といった海底堆積物に豊富に含まれる成分では、深海-超深海において一様ではない分布を示しました。特にメタンの炭素同位体組成は、伊豆・小笠原海溝内の南北・東西・深浅で明瞭に異なる空間分布を示しました。これらの結果から、伊豆・小笠原海溝内の斜面において堆積物の再懸濁が起こり、再懸濁に伴って放出された成分が反時計回りの海溝内海流に運ばれながら変質していることが推測されます。海溝斜面堆積物の再懸濁は、伊豆・小笠原海溝域での過去の調査や、他の海溝域の超深海領域における水塊の微生物群集組成や海溝軸堆積物の調査からも示唆されており、整合的な結果が得られたと言えます。

さらに本研究では安定同位体ラベル船上培養法を用いアンモニア酸化活性を調査し、分析手法的に有意な代謝活性が認められないことを確認しました。極限環境生態学の分野で推定されている生命維持レベルの代謝量と、放射性炭素同位体を用いて算出した溶存酸素消費速度およびアンモニア酸化活性を比較することで、超深海水塊の微生物群集の全代謝エネルギー生産に対しアンモニア酸化の寄与は16%未満であることが示唆されました。この結果は、アンモニアをエネルギー源とする微生物群集組成によって特徴づけられる「超深海・海溝生命圏」(2015年2月24日既報)の全容解明に重要な知見を示すものです。

4.今後の展望

本研究で採水した試料について、化学分析と同様に微生物生態解析も鋭意進めています。本研究で明らかにした物理・化学環境とともに、微生物生態(微生物生物量・代謝活性量、群集構造等)を多面的に解析し、超深海・海溝生命圏における生態系構造の解明を目指しています。

「かいめい」のCTD多連採水装置によって、地球海洋全深度の海洋学的観測が可能になりました。これは世界の海洋学が抱えてきた「不可能」を「可能」にする大きな進歩です。「かいめい」によって、本邦を取り巻く日本海溝や琉球海溝をはじめとする海溝域、さらには第3のプレート境界と呼ばれるトランスフォーム断裂帯(※3)に形成される非海溝型超深海領域の調査を進めることができます。多様な超深海領域の調査を積み重ねることにより、超深海生命圏を規定するのは「海溝という地質学的要因」なのか、それとも「超深海という海洋学的要因」なのかという疑問に回答を出すことが期待されます。

JAMSTECと水産研究・教育機構は包括連携協定を締結しており、この枠組みのもと、今後も海洋および水産に関する科学技術の向上を進めていきます。

[用語解説]

※1 超深海・海溝生命圏:超深海水中に存在する、通常の深海水中とは明瞭に異なる微生物生命圏のこと。マリアナ海溝チャレンジャー海淵の水塊に独自の海溝生命圏が存在することを2015年にJAMSTECを中心とした研究チームが世界で初めて明らかにした(2015年2月24日既報)。

※2 WOCE、CLIVAR、GO-SHIP、GEOTRACES: WOCE(World Ocean Circulation Experiment):世界海洋循環実験計画。1990-2003年にかけて、WCRP(世界気候研究プログラム)のもとで実施された海洋研究計画。全球規模での海洋循環像の把握、気候変動予測に必要な海洋予測モデルの開発、データの統合手法の開発を目的とした。
CLIVAR(Climate Variability and Predictability Project):気候の変動性および予測可能性研究計画。気候変動の調査、1か月から10年の時間スケールにおける気候変動予測可能性および人類の活動に起因する気候システムへの影響を研究することを目的とした研究計画。
GO-SHIP;船舶による高精度観測を行い、アルゴフロートでは測定不可能な海洋深層(2,000m以深で全海洋堆積の40%以上に及ぶ)も含めた全海洋の熱、真水、炭素等の循環や海洋生態系の変化を捉えることを目的とした国際的な気候観測システム。
GEOTRACES:海洋の微量元素・同位体による生物地球化学研究。海洋の主要な微量元素および同位体の分布をコントロールするプロセスとフラックス量を明らかにし、地球環境の変化と関係を定量的に解明することを目的とした国際研究プロジェクト。

※3 トランスフォーム断裂帯:すれ違い型のプレート境界であるトランスフォーム断層の断層群のこと。巨大な断裂帯では中央部の水深が超深海領域に到達するため、非海溝型の超深海領域として、海溝型超深海領域とは異なる知見が得られると期待される。国際海嶺研究計画InterRidgeでは重点研究対象としてワーキンググループを組織し研究を進めている。

図1

図1.海底広域研究船「かいめい」とCTD多連採水装置 「かいめい」は最先端の調査機器を装備し、採取した試料を新鮮な状態で分析・解析できる洋上ラボ機能も有する。
(詳細:http://www.jamstec.go.jp/j/about/equipment/ships/kaimei.html

図2

図2.(a)伊豆・小笠原海溝周辺の海底地形図と(b-g)海溝の東西断面図。(a)で記されている赤線は北から順にそれぞれ(b-g)に対応。(b-g)で記されている破線はCTD多連採水装置による調査を行った地点および深度。

図3

図3.採水試料測定値の鉛直プロファイル。海溝軸からの東西位置および緯度によって、印の形と色を分類している。密度の鉛直勾配から定義した深海―超深海境界(水深7,000m)を破線で示している。各パネルの下部に記されている太横線は分析誤差(1σ)を表しているが、誤差が印より小さい場合は記されていない。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
深海・地殻内生物圏研究分野 研究員 川口 慎介
(報道担当)
広報部 報道課長 野口 剛
お問い合わせフォーム