トップページ > プレスリリース > 詳細

プレスリリース

2018年 9月3日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
八戸工業大学
株式会社不動テトラ

深海域における海中構造物の長期展開の第一歩
―「深海域におけるコンクリートの経年劣化の評価研究」の本格開始―

1. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦)は、八戸工業大学及び株式会社不動テトラとともに、今後益々増加すると考えられる深海域へのコンクリート構造物の設置ニーズを踏まえ、「世界最大深度における海中コンクリート試験」を開始しました。

地上や浅海域と異なり、深海域に設置されたコンクリート構造物は、高圧低温環境下に晒され、さらには海水の化学組成に起因するカルシウムの溶脱によって経年的な劣化が急速に進むことが懸念されます。深海域にコンクリート試料を運搬するには高度な技術が必要とされる一方で、3,000m以深におけるコンクリートの曝露試験は世界的にも未だ行われておらず、経年劣化速度を予想するための実測データや数理モデルが全く存在しないのが現状です。

そこで本試験では、深海曳航調査システム「ディープ・トウ」を用いて水深3,515mの海底にプラットホームを設置し、そこに有人潜水調査船「しんかい6500」によって深海域にコンクリート供試体を設置しました。今後、深海底に曝露させたコンクリート供試体を定期的に回収し、力学試験や構造・化学組成分析を実施し、深海環境におけるコンクリートの経年劣化度合いを調査します。

最終的に得られた知見は、深海底におけるインフラ構造物の建設や観測機器の設置を安全に施工するために必須な情報として、有効活用されることが期待されます。

2.背景:深海域におけるコンクリート構造物の必要性

現在、日本は国内で利用されるエネルギー資源や鉱物資源の調達を海外に大きく依存しています。しかし、日本の国土は広大な海洋を有しており、エネルギー開発を想定する海域は沿岸から浅海域、さらにはレアアースやメタンハイドレートといった希少資源が多く採掘される深海域へと拡大しています。そのため、エネルギー自給率の向上に向け、海洋の有効活用は国の重要政策の一つとして掲げられており、深海域における安定的で経済性の高い資源開発技術の確立が急務となっています。

深海中での構造物の建設、観測機器の設置には、安価で高い強度を長期的に発揮することが期待できるコンクリートの使用が見込まれますが、温度、圧力、pH環境等によりカルシウムが未飽和になる炭酸塩補償深度()以深では、主成分であるカルシウムがコンクリートの表面から溶脱し、劣化が助長されると考えられます。加えて、深海域で高い水圧に曝されたコンクリートは脆性化し、圧縮強度が低下する可能性もあります。今後、深海域での海洋開発を進めるにあたり、複合的に生じるコンクリートの経年劣化を適切に評価することが重要な課題となっています。

3.研究の内容

本研究の目的は、南海トラフ北縁部の水深3,515mにコンクリート供試体を設置し、経年的な化学/物理変化を実験的に明らかにすることで、今後の海洋開発の指標となる基礎データの蓄積を図ることです。当該水深における水圧は35MPaであり、一般的なコンクリートの一軸圧縮強度(25-30MPa)より大きな値です。水温は単調減少し、海底では1.5度でした(図1)。太平洋における炭酸塩補償深度はおよそ3,000m以深ですが、本研究における曝露環境は、コンクリート表面からのカルシウムの溶脱が想定される深度となっています。

海底面から一定の高さでコンクリート供試体を固定し、安定的に試験が実施できるよう、ステンレス製のプラットホーム(図2)が製作され、曝露試験はその上面で実施しています。深海域へのプラットホームの設置とプラットホームへの供試体の運搬には、海洋研究開発機構が保有する深海曳航調査システム「ディープ・トウ」と有人潜水調査船「しんかい6500」(図3)を用い、コンクリートの円筒供試体は6個を1組としてプラスチック容器に梱包し(図4)、6組、合計36個を海底に設置されたプラットホーム上に設置しました(図56)。海中に曝露された供試体を、今後、1年ごとに1組ずつ回収し、海洋研究開発機構と八戸工業大学が共同で力学試験、化学試験を実施して、不動テトラとともに解析結果の取りまとめを行う予定です。

なお、プラットホームと供試体の設置を行った作業内容の詳細については、本日から下記URLにてクルーズサマリ(日本語/英語)、クルーズレポート(英語のみ)を公開しています。
http://www.godac.jamstec.go.jp/darwin/cruise/yokosuka/yk18-09/j

4.今後の展望

深海域に設置されたコンクリート供試体は、①高圧環境による構造の脆弱化、②カルシウムの溶脱や海洋水の内部浸透による化学組成の変化、③海洋微生物付着による材料の浸食など、物理-化学-生物作用が複雑に入り混じり、経年的に材料劣化が進むことが予想されます。

今後、コンクリート供試体を定期的に回収し、A)圧縮性、破壊強度を評価するための物理試験、B)化学組成の変化を調べるためのマイクロ電子線分析(EPMA)、C)電子顕微鏡や水銀圧入による内部ひび割れの観察を経て、経年的な材料の劣化状態を評価する予定です。

当該深度で実施されたコンクリート供試体の曝露試験は過去に例がなく、得られた試験結果は、将来、深海底にコンクリート構造物を構築するための貴重な基礎データとなります。経験則でなく、実データに基づいて蓄積される知見は、深海域への海底観測や資源掘削のための機器の展開を容易にし、海底開発を次の段階へ推し進める原動力になると期待されます。

なお、本共同研究は、八戸工業大学と海洋研究開発機構との間で平成27年9月24日に締結された包括連携協定の下で行われる研究であり、研究で得られたデータは、八戸工業大学で土木建築工学を学ぶ学生の研究に活用される計画です。深海域におけるコンクリートの質的変化の知見を蓄えた卒業生が、不動テトラ始め、八戸市に支社や営業所を構える土木建築業界で活躍していくことが期待されることからも、海洋開発に従事する人材の八戸市における育成と輩出といった地方の活性化に貢献するものです。

※ 炭酸塩補償深度
海中において炭酸塩化合物(主に炭酸カルシウム)が溶存せずに堆積・沈殿しうる最大の深度のこと。当該深度以深では炭酸塩が未飽和状態になるため、炭酸カルシウムがコンクリートから溶脱し、経年劣化が危惧される。

図1

図1 水深と水圧(左)、水温(右)の分布

図2

図2 コンクリート供試体を設置するためのプラットホーム(「ディープ・トウ」と連結され深海底に運搬された)

図3

図3 深海曳航調査システム「ディープ・トウ」(左)と有人潜水調査船「しんかい6500」(右)

図4

図4 プラスチック容器に梱包されたコンクリート供試体

図5

図5 「しんかい6500」により水深3,515mに運搬され,プラットホーム上に設置された供試体の様子(写真は3つ目のプラスチック容器を設置中の様子)

図6

図6 プラットホーム上で曝露が開始されたコンクリート供試体

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構 数理科学・先端技術研究分野
技術研究員 野村 瞬(のむら しゅん)
八戸工業大学工学部土木建築工学科
准教授 迫井 祐樹(さこい ゆうき)
株式会社不動テトラ地盤事業本部開発部
深田 久(ふかだ ひさし)
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構広報部報道課 報道課長 野口 剛
八戸工業大学社会連携学術推進室
株式会社不動テトラ管理本部CSR推進部
お問い合わせフォーム