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プレスリリース

2019年 12月 16日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
公益財団法人笹川平和財団 海洋政策研究所

オープンデータから明らかになった、日本沿岸域での海洋酸性化

1. 発表のポイント

公共用水域の現場pHデータを用いて適切な統計処理をした結果、日本沿岸域では有意と認められる酸性化傾向(0.0014/年~0.0024/年)があることを示した。
また、外洋域とは異なり、沿岸域は場所によって酸性化、アルカリ化、中立の箇所が混在している可能性を示した。
海洋酸性化の実態把握は急務であり、より信頼性の高いデータによって沿岸域における海洋酸性化の現状把握が求められる。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是)アプリケーションラボの石津美穂特任研究員、宮澤泰正ラボ所長代理及び公益財団法人笹川平和財団海洋政策研究所(所長 角南 篤)所属の 角田智彦主任研究員の共同研究チームは、国立研究開発法人水産研究・教育機構国際水産資源研究所の協力のもと、これまで把握することが難しかった日本沿岸域での海洋酸性化の状況を、環境省がデータを収集し公開している公共用水域の現場pHデータ(図1)を使ってはじめて明らかにしました。

公共用水域のpHデータ計測は各自治体によって水質を監視する目的で実施されており、計測精度を考えると、海洋酸性化の把握には一見して不向きであるようにみえます。本研究は、このpHデータに適切な統計処理を施すことで、日本沿岸域では全体的な傾向として、有意と認められる酸性化傾向(0.0014/年~0.0024/年)があることを示しました(図2)。また、この傾向には海域毎にばらつきがあり、計測地点のうち、70~75%が酸性化、25~30%がアルカリ化傾向を示しました(図3)。

沿岸域における海洋酸性化については、十分な観測データが無いためにこれまでその実態は不明でした。世界的にみて、公共用水域計測のように全国の沿岸域を網羅し、海洋酸性化が注目される前の1970年代以前から継続されている事業は例がなく、貴重なデータであるといえます。本研究は、オープンデータとして公開されている公共用水域計測データから注意深くばらつきの少ないデータをとりだし、比較的信頼性の低い個々のデータそのものではなく集めたデータ全体の統計的な特徴を把握することによって、未知の実態を明らかにすることに成功しました。

本研究は、笹川平和財団海洋政策研究所において進められている「温暖化・海洋酸性化の研究と対策」事業の一環として実施されました。

本成果は Biogeosciences誌に12月16日付け(日本時間)で掲載される予定です。
題名:Long-term trends in pH in Japanese coastal waters
著者名:石津 美穂1、 宮澤 泰正1、角田 智彦2、小埜 恒夫3

所属:
1 国立研究開発法人海洋研究開発機構
2 公益財団法人笹川平和財団 海洋政策研究所
3 国立研究開発法人水産研究・教育機構 国際水産資源研究所

3. 背景

人間社会が排出する二酸化炭素は、温室効果により地球温暖化をもたらすとともに、海水中に溶け込むことで、海洋酸性化を進行させています。このような海洋における地球温暖化や海洋酸性化は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書及びIPCC海洋・雪氷特別報告書にて、海洋酸性化について極域生態系やサンゴ礁といった海洋生態系に相当のリスクをもたらすと記される等、早急な対応が必要となっています。海洋における地球温暖化と海洋酸性化の具体的影響については、例えば、日本周辺海域の造礁サンゴは、南からの海水温上昇に追われて生息域が北上しつつありますが、低水温海域から進行する海洋酸性化が次第に南下するため、海水温上昇と海洋酸性化のはさみうちににあって、30年から40年後には生息適域がなくなるともいわれています。また、今後数10年で何らかの具体的な対策を行わなければ、さらに酸性化は進み、特に石灰化生物には骨格の生成が抑制されるため深刻な影響が及ぶとされています。海洋酸性化の実態把握は急務であり、現在、そのための取り組みが世界的に進められています。

4. 成果

解析は、環境省がデータの収集・整備を行って公開している「環境数値データベース」公共用水域水質年間値データファイルのうち、1978年から2009年までの沿岸海域での現場pHデータを使い実施しました(図1)。図2は、時系列データがそろった計測データ1481点のうち、生物的変動や地理的変化等の影響により変動が大きく生じていると考えられるpHデータを取り除き、最もトレンド検出に影響が少ないと判断された計測データ289点におけるトレンドの頻度分布(ヒストグラム)を示しています。図2のヒストグラムから、pHトレンドの分布は正規分布になっていますが、負のトレンド方向(酸性化を示す方向)に中心がずれており、全体的な傾向としては、ばらつきがあるものの過去20年における日本周辺の沿岸域は、外洋と同じ程度の海洋酸性化が生じていることを表しています。我々のデータの全体のpHトレンドの平均値は、現場pHの極小値に対しては1年あたり0.0014減少、現場pHの極大値に対しては1年あたり0.0024減少の酸性化傾向が算出されましたが、外洋域での海洋酸性化計測で示されている0.0018~0.0024のトレンド値と同程度であることがわかりました。ヒストグラム(図2)では、測定誤差及びデータ精度の粗さから必ずしも1つ1つの測点におけるpHトレンド値の信頼性が高いとは言えません。しかし、全体の70~75%が酸性化、25~ 30%がアルカリ化傾向を示し、1つ1つのトレンドの有意性を調べても著しく酸性化、アルカリ化傾向を示すものは残っており、沿岸でのpHの値は、外洋域とは異なり、場所によって酸性化、アルカリ化、中立の箇所が混在している可能性が考えられます。また計算されたpHトレンドを、酸性化、アルカリ化で分けその分布域を確認すると、一概に特定の海域が酸性化傾向やアルカリ化傾向を示すということはなく、近距離の海域であっても必ずしも同じも傾向を示しているわけではないことも明らかとなりました(図3)。

5. 今後の展望

本研究は、海洋汚染の監視を目的とした公共用水域のpHデータを活用し、はじめて日本沿岸域全域を網羅するデータによって日本周辺の沿岸域でも海洋酸性化が進んでいることを明らかにしました。これらのデータ計測は、海洋汚染の監視目的のため、±0.07の測定精度で実施されています。一方、外洋域での海洋酸性化を調べるために求められている計測精度は±0.0001です。しかしながら本研究では、公共用水域pHデータに対して、海洋酸性化が注目される以前から計測されていること、また日本周辺の沿岸域を網羅しているというメリットに注目して、ばらつきのある値を含む計測データをできるだけ取り除き、集まったデータ全体が示すトレンドの統計的な特徴を検証することで結果をまとめました。

現在国際的に実施されている海洋酸性化観測に適用されているpH測定基準を実現するには、高価な測定器や高いレベルの計測技術が要求されていますが、海洋汚染監視を目的にする公共用水域の計測では異なる基準が適用されています。今回、測定精度の粗い計測データを使用した解析を行いましたが、今後、公共用水域の観測網を活かし、外洋域と同じ推奨精度で公共用水域の計測できる箇所が少しでも増えれば、より信頼性の高いデータによって沿岸域における海洋酸性化の現況把握をすることができるようになります。また、酸性化、アルカリ化が生じている場所の違いを詳しく調べることは、酸性化の生物影響把握や、酸性化の進行を抑えるための施策検証にとっても重要です。さらに、沿岸を含めた高解像の酸性化予測モデルの精度検証のためにも、信頼性の高いデータが必要になってくると考えられます。

[用語解説・注]

※現場pH: pH は、水素イオン指数といわれ、水素イオンの濃度を示す物理量。酸性化の指標を表す。水温によってpHは変化するが、ここで使用した現場pHとは、現場水温におけるpHの値を示す。 本研究で使用された現場pHは国立環境研究所の環境数値データベースから取得した。
データベースでは、現場pHの年間極小値、および年間極大値が公開されているため、それら2つを使用した。
公共用水域水質年間値データ:https://www.nies.go.jp/igreen/md_down.html

図1

図1 本解析に使用された1481点の公共用水のモニタリングポイントのうち、生物活動等による変動の影響が小さいと判断されたトレンドをもつ289点の観測点(赤)を示す。

図2

図2 計測点289点の現場pHデータのトレンドに対するヒストグラム。(a) 現場pHの極小値に対するヒストグラム。(b) 現場pHの極大値に対するヒストグラム。図中にpHトレンドに対する平均値と標準偏差を示す。

図3

図3 酸性化とアルカリ化のpHトレンドが検出された領域とトレンド分布。(a)現場pHの極小値に対する酸性化を示した地点 (b) 現場pHの極小値に対するアルカリ化を示した地点。 (c) 現場pHの極大値に対する酸性化を示した地点。 (d) 現場pHの極大値に対するアルカリ化を示した地点。

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
アプリケーションラボ 特任研究員 石津 美穂
公益財団法人笹川平和財団海洋政策研究所
主任研究員 角田 智彦
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
海洋科学技術戦略部 広報課
公益財団法人笹川平和財団
メディアリレーション課
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