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プレスリリース

2020年 11月 7日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

北極海の海氷減少と気温上昇に及ぼす暖かい河川水の影響を世界で初めて解明
~河川の高温化が温暖化を増幅させていることも明らかに~

1. 発表のポイント

北極海に流入する暖かい河川水が海氷減少や海水温・気温上昇に及ぼす影響を初めて定量的に明らかにした。
河川水による熱流入が北極海の海氷厚を地域的に最大10%以上減少させることを明らかにした。
河川水による熱流入が北極温暖化増幅の原因の一つであることを明らかにした。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永是、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門北極環境変動総合研究センターの朴昊澤(パク ホーテク)主任研究員、渡邉英嗣副主任研究員らの国際共同研究グループは、近年進行する地球温暖化に伴って北極海に流入する暖かい河川水が海氷減少や海水温・気温上昇に及ぼす影響を初めて定量的に明らかにしました。

北極海への河川水の流量と水温から求められる河川熱流入量は、沿岸の海氷が解け始める初夏(7月)に最大となります。東シベリアのレナ川では、温暖化前の1960年代の8月に12-13℃であった河川水温が最近では20℃近くまで上昇し、大量の河川水熱が北極海に流入しており、従来から推察された海氷減少への河川水熱の影響が最近ではより顕著になったと考えられています。しかしながら、初夏に流入した河川水の多くは海氷の下に潜って海洋表層水と混合するため、河川水に起因する熱の広がりを船舶や衛星で観測することが困難でした。また河川水の流量と水温の現場観測はアクセスの難しさなどから主要な河川に限られるため、北極域の広範囲を網羅する河川熱流入量の推定はこれまでされていませんでした。そこで本研究では、新たに河川水温の計算を組み込んだ陸面過程モデルCHANGE(※1)を用いて、北極域における河川熱流入量の変化を広範囲かつ定量的に評価し、そのデータを海氷海洋結合モデルCOCO(※2)の境界条件として与える数値実験を行いました。

1980年から2015年までの過去36年間を対象とした解析の結果、北極海の海氷が地域的に最大10%以上薄くなるだけの寄与を河川熱流入が持っていることを世界で初めて定量的に示しました。(図1)このプロセスには、北極海に流入した暖かい河川水が海氷底面を融かすのに加えて、アイスアルベドフィードバック(※3)の効果も含まれます。さらに、海氷縁が後退した後に暖められた海面から大気に放出される顕熱・潜熱エネルギーが増加し、それらが夏季の海上気温を過去36年間で0.1℃上昇させたことも定量的に評価しました。(図2図3図4)これらの解析結果は、「気温上昇に加えて河川水の熱が加わることで北極海の海氷がさらに後退し、海洋−大気間の熱交換が活発化することでさらに気温が上昇する」という新たに提唱するフィードバックプロセスが北極温暖化増幅の一部を担っていることを意味します。

今後、本研究グループでは海氷縁後退に伴って増加する海面からの蒸発が大気循環を介して陸域への降水・降雪にもたらすインパクトや、北極海に流入する河川水が物質循環及び生態系に及ぼす影響など、北極域の水循環や炭素循環をより包括的に明らかにしていく予定です。

本研究は、科学研究費助成事業(基盤研究:JP26340018、JP17H01870)、北極域研究推進プロジェクト(ArCS:JPMXD1300000000)、北極域研究加速プロジェクト(ArCS II:JPMXD1420318865)において実施しました。

本成果は、米科学誌「Science Advances」に11月7日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:
Increasing riverine heat influx triggers Arctic sea-ice decline and oceanic and atmospheric warming
著者:
朴 昊澤1,6、渡邉英嗣1、Y. Kim2、I. Polyakov3、大島和弘4、X. Zhang3、J. S. Kimball2、D. Yang5
1. JAMSTEC地球環境部門北極環境変動総合研究センター、2. モンタナ大学 森林保全学部、3. アラスカ大学ファアバンクス校国際北極研究センター、4. 青森大学ソフトウェア情報学部、5. カナダ環境・気候変動省、6.名古屋大学宇宙地球環境研究所

3. 背景

北極域は気候変動の影響が顕著に現れる地域として知られています。北極海では今年も衛星観測史上2番目に少ない海氷面積(355万平方キロメートル)を記録するなど海氷が急速に減少しており(2020年9月23日既報、国立極地研究所)、陸域でも永久凍土の衰退や積雪の増加などが起きています。海洋への河川水の流入量は北極海だけで地球全体の約10%にも相当します。北極海に流入する河川水の量は、地球温暖化に伴う降水・降雪量の増加や永久凍土衰退による土壌の湿潤化によって、過去70年間増加傾向を示しています。本研究グループではこれまでにも、東シベリアにおける積雪量の増加が永久凍土の昇温に寄与していたこと(2014年10月20日既報)、北極域の気温上昇と積雪増加の影響で河川の結氷期間が短くなってきたこと(2016年2月25日既報)などを明らかにしてきました。北極海に流入する河川水は大量の淡水供給によって、地球規模の海流・生態系・炭素循環にも影響を及ぼしますが、水温の観測データが極めて少ないこともあり、海氷融解への影響はあまり研究されていませんでした。既存の気候モデルでも河川熱は考慮されていません。近年になって20℃近くの暖かい河川水が海氷縁を後退させる様子が衛星観測で捉えられことから、河川熱流入と海氷減少の関係が一部の海域で認識され始めた段階です。

4. 成果

環北極域を対象とした陸面過程モデルCHANGE(※1)で河川水の流量と水温を過去36年分(1980−2015年)計算し、その結果を海氷海洋結合モデルCOCO(※2)に境界条件として与え、JAMSTECのスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」で年々変動実験を行うことで、北極海環境に対する河川熱流入のインパクトを調べました。

まず陸面過程モデルCHANGEで計算した河川熱流入量(1980−2015年平均で年間94.4×1018 J:図1a)は、太平洋や大西洋から北極海に流入する海洋熱輸送量の7%に相当し、過去36年間に増加傾向を示していました。この河川熱流入を海氷海洋結合モデルCOCOに与えた実験では、与えない実験に比べて、北極海の海氷量が1980−2015年の平均で63立方キロメートル少なくなっていました(図1a)。これは厚さ1メートルの海氷を6.4万平方キロメートル(日本国土面積の17%に相当)融かすだけのインパクトを河川熱流入がもたらしたことを意味します。海域別では、シベリア側のラプテフ海で影響が大きく、年平均した海氷厚の10%以上が河川熱によって減少していました(図1b)。

海氷縁が後退した後に流入する河川熱は海水温をより上昇させます(図2)。これにはアルベドフィードバック(※3)の効果も加わります。河川熱を与えた実験では、海面での太陽光の吸収量が年間60.6×1018 J増加しました(図3)。これは河川熱流入量(94.4×1018 J)の64%に相当します。暖められた海面からはより多くの顕熱・潜熱が放出されて大気を加熱します。また海洋に蓄えられた熱は秋の結氷を遅らせます。この一連のプロセスに関して、詳細な熱収支計算を行うことで、河川熱が海氷を直接融かすのに加えて、海洋や大気の温暖化にも影響していることが定量的に明らかになりました。本研究での見積もりでは、河川熱流入が過去36年間で0.11℃の海上気温上昇に寄与するという結果が得られました(図4)。この値は1979年から2008年までに北極海沿岸の気象観測所で観測された気温上昇(1.92℃)の約6%に相当します。

このように、陸面過程モデルと海氷海洋結合モデルを組み合わせた数値実験結果を解析することで、河川熱流入が海氷減少要因の一つであることや、海水温や海上気温の上昇を介して北極温暖化増幅を強める働きをしていたことが明らかになりました。

5. 今後の展望

今年の夏、東シベリアでは熱波の影響によって観測史上最高気温38℃を記録する異常気象が起きました。地球温暖化に伴って、将来的に北極域では今夏のような異常気温イベントの頻度が増え、平均気温もさらに上昇すると予測されています。その結果、北極海に流入する河川水の熱量がさらに増加し、海氷融解及び気候に及ぼす影響がさらに大きくなると考えられます。海面からの蒸発量の増加によって大気が湿潤化し、陸域への降水・降雪量が増加することも予想されます。本研究グループでは今後、河川熱を介した北極水循環の包括的な理解を目指していきます。また本研究で使用したモデルをベースとして、河川水や沿岸浸食によって北極海に供給される様々な物質が生態系や炭素循環に及ぼす影響なども評価していく予定です。

【補足説明】

※1
陸面過程モデルCHANGE
陸域の大気−植生−土壌のシステム間で行われる水、熱、及び二酸化炭素の循環を物理法則や経験式に基づいて計算するモデル。本研究で用いたCHANGEモデルは、熱収支、植生の生態・生理的プロセス、光合成、及び水循環プロセスを統合することによって、プロセス、また要素の変化によって生じる陸域システム内の相互作用及びフィードバックを定量的に評価可能にする特徴を持っている。
※2
海氷海洋結合モデルCOCO
海氷の厚さ・海流・海水温などを物理法則や経験式に基づいて計算するツールの一つ。COCOモデルは東京大学気候システム研究センター(現・大気海洋研究所)で開発され、JAMSTECと共同で改良が進められてきた。本研究では、JAMSTECのスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」の計算機資源を利用し、河川水流入の条件を変えながら1979年から2015年までを対象とした年々変動実験を多く実施した。
※3
アイスアルベドフィードバック
「地球上の雪氷面積が小さくなると、太陽光に対する反射率(アルベド)が低下するために、より多くの熱を吸収することで陸や海が暖められ、雪氷面積がさらに小さくなる」 という正のフィードバックのこと。地球の気候変動を支配する重要なメカニズムの一つとして考えられている。本研究では、「河川熱流入によって北極海の海氷縁が後退することで、海面への太陽光吸収量が増加し、さらなる海氷融解や海水温上昇が促進される」といったプロセスが示された。
図1

図1 (a)北極域における主要な河川流域と北極海への河川熱流入量(Qrh、茶色)。また河川熱に起因する海氷減少量(融解に必要な熱量に換算:AIV、灰色)。いずれも1980-2015年平均値。(b)河川熱流入を考慮しない実験結果に対する、河川熱流入を与えた実験の海氷厚減少幅の割合(%)。こちらも1980-2015年平均値。

図2

図2 河川熱に起因する海水温の上昇幅(℃)。横軸はラプテフ海の東経127度に沿った南北ライン(北緯72-80度)、縦軸は水深(0-70m)を示す。1980年代(1981−1990年、左図)と近年(2006−2015年、中央図)の差(右図)から、河川水の熱流入によって海水温が近年より上昇していることが示された。

図3

図3 河川熱流入によって変化する北極の大気―海氷―海洋熱収支の模式図。河川熱流入にアイスアルベドフィードバックが加わり、海氷融解や海水温上昇が促進される。海洋貯熱量の増加に伴って大気への顕熱・潜熱放出量も増加し、気温上昇ももたらす。

図4

図4 河川水の熱流入に起因する夏(6−9月)の気温上昇。点線は1980−2015年間のトレンドを表す。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球環境部門 北極環境変動総合研究センター 北極環境・気候研究グループ
主任研究員 朴 昊澤(パク ホーテク)
(報道担当)
海洋科学技術戦略部 広報課
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