新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行により、各国がロックダウン等の行動制限を課すことで、2020年の二酸化炭素(CO2)等温室効果ガスや人為起源エアロゾル(大気中に浮遊する微粒子)等の排出量は、前年比で産業革命以降最も大きく減少しています。
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永是)環境変動予測研究センターの河宮未知生センター長、大垣内るみ特任研究員、阿部学副主任研究員と、気象庁気象研究所の大島長主任研究官、神代剛研究官、出牛真主任研究官ら、世界16カ国の気候モデル研究者を含む国際研究チームは世界各国の最新の気候モデルを持ち寄り、モデル相互比較計画(略称CovidMIP)を立ち上げることで、新型コロナウイルス感染症の流行による温室効果ガスや人為起源エアロゾル等の排出量減少が地球温暖化の進行に与える影響を評価しました。
その結果、国際研究チームにより、2020~2021年の2年間のみ温室効果ガスや人為起源エアロゾル等の排出量が減少しても、2020~2024年の地上気温や降水量にはほとんど影響しないことが示されました。この結果は、コロナ禍による一時的な排出量減少が地球温暖化の進行に与える影響は限定的であることを示しています。
このように、新型コロナウイルス感染症の流行という予期せぬ突然の出来事に対し、世界の研究者が迅速に協力し国際的な枠組みでのモデル相互比較計画を立ち上げ、信頼性の高い影響評価を実施できたことは大きな成果と言えます。この国際的なネットワークを生かして、極端現象、森林や海の二酸化炭素吸収、大気循環等の残された課題にも協力して取り組んでいくことが期待されます。
本研究は文部科学省統合的気候モデル高度化研究プログラム(JPMXD0717935715, JPMXD0717935561)、JSPS科研費(JP18H03363, JP18H05292, JP19K12312, JP20K04070)、(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20202003, JPMEERF20205001)、北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)(JPMXD1420318865)の助成を受けたものです。本成果はGeophysical Research Letters誌に4月29日付け(日本時間)で掲載されました。
パリ協定で定められた目標である、世界平均の気温上昇を産業革命前に比較して1.5℃や2℃以下に抑えるためには、脱炭素社会の構築が不可欠です。
各国における地球温暖化対策に加えて、2020年初頭から世界に広まった、新型コロナウイルス感染症流行による各国の行動制限の影響により、CO2等の温室効果ガスや人為起源エアロゾルの排出量は、産業革命以降かつてない減少をみせました。CO2について言えば、世界全体で年平均7%ほどの排出量減少につながっていると言われており、1年でこれだけの減少は、いわゆる2009年の「リーマンショック」による影響を上回っています(図1)。この温室効果ガスや人為起源エアロゾル等の排出量の減少が、気候や地球温暖化にどのような影響があるのか、先行研究では、地球全体の平均を求める簡単な数値シミュレーションで見積もられていましたが、気温の世界分布等をより現実的に再現することが出来る、最新の気候モデルを用いたシミュレーション結果はまだありませんでした。そこで、第6期結合モデル相互比較計画(CMIP6)の枠組を活用して国際研究チームによるモデル相互比較計画(略称CovidMIP)が立ち上がり、海洋研究開発機構の研究チームが開発した地球システムモデルMIROC-ES2Lや気象研究所が開発した地球システムモデルMRI-ESM2.0を含む、世界各国の12のモデルによって多数のシミュレーションを行い、排出量の減少が気候変動にどのような影響を及ぼすかを定量的に調べました。
MIROC-ES2Lを用いたシミュレーションには海洋研究開発機構の「地球シミュレータ」を使用しました。統計的に確かな情報を得るため、少しずつ条件を変えたシミュレーションを30回行うなど計算には、国内有数のスーパーコンピュータである「地球シミュレータ」を用いても、約1カ月の時間を要しました。またMRI-ESM2.0を用いたシミュレーションでは、気象研究所が所有するスーパーコンピュータシステムを使用して、同様に多数の計算を実施しました。
2020年、2021年の2年間のみ温室効果ガスや人為起源エアロゾル等の排出量が減少し、その後元に戻るとした将来シナリオのシミュレーション結果によると、2020年、2021年には、特に南アジア、東アジア域での大気中エアロゾルの減少により、エアロゾル等により遮られずに地表に到達する日射量が増大することが示されました。しかしながら、地上気温や降水量には、有意な影響は認められませんでした(図2)。世界平均の地上気温や降水量についても、同様に有意な影響は認められませんでした。これらの結果から、一時的な排出量減少が地球温暖化に与える影響は限定的であることを示しています。
本研究では、一時的な排出量減少に気候システムがどのように応答するかの初期結果を示しました。しかしながら、地域的、月単位など短期的な影響や極端現象、地球の炭素循環、大気循環等への影響の評価には、今後の詳細な解析が必要です。また、新型コロナウイルス感染症終息後、社会の取る経済シナリオを様々に想定したシミュレーションも行っています。今後、これらの結果を解析することによって、30年後の気候にどのように影響があるのか、将来予測へのこの度の感染症流行とその後のシナリオの気候影響の理解を進めることができます。海洋研究開発機構では、2021年度からスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」が最新のものにアップデートされ、シミュレーション能力が向上することから、さらに詳しいシミュレーションや解析を進められると期待されます。気象研究所では、引き続き、数値シミュレーション技術を向上させ、国際的な研究プロジェクトへも積極的に参加し、将来の気候変動予測の高度化に努めてまいります。
また、多大な労力を要する気候モデルによる計算結果を比較的短期間に世界各国から持ち寄り解析できたこと自体も大きな成果と言えるでしょう。本研究の計算結果は、今回の国際研究チーム参加機関を含み、世界中の研究者に入手可能になっています。各機関独自のデータ解析結果や新たな実験デザインについて情報交換を行うなどの活動を通じ、本研究で形成された国際的な枠組み及びモデル計算結果は、地域的な大気環境から地球規模の気候変動までの幅広い研究を推進する上で重要な基盤になることが期待されます。こうした活動を通してできたネットワークを生かし、上記のような問題にも世界の研究者が協力して取り組んでいくことも期待されます。
図1:CO2の排出量の年々変化。縦軸の単位は一年に排出される炭素の重さギガトン(Global Carbon Project 2020のデータ(Friedlingstein et al., 2020, https://doi.org/10.5194/essd-12-3269-2020)より作図)。1850年以降、CO2の排出量は少々の一時的な下落もありつつ増加を続けてきた(図では過去60年分のデータを示す)。2020年(オレンジマーク)、新型コロナウイルス感染症の流行により、産業革命以降で例をみない減少になった。
図2:世界の12モデルのシミュレーション結果。新型コロナウイルス感染症の流行による温室効果ガスや人為起源エアロゾル等の排出量の減少がある場合とない場合の東アジア・南アジア域での年平均の地上気温変化(左)と降水量変化(右)。各色の実線が各モデルのアンサンブルシミュレーションの平均、シェードはそのばらつき(±標準偏差)を示している。左端の縦線は2020年の各モデルのばらつきを示している。黒破線の0線から各モデルのシェードが外れておらず、排出量減少の影響は有意にはみられないということを示している。