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話題の研究 謎解き解説

「かいこうMk-Ⅳ」が、水深5,500mの海底に広がるコバルトリッチクラストをとらえた!

島国である日本は、資源のほとんどを輸入に頼ってきました。しかし世界第6位の面積を持つ日本の排他的経済水域の海底には、熱水鉱床、コバルトリッチクラスト、レアアース泥などの資源が眠っています。いま、内閣府主導のもとで、そうした資源開発に関わる技術を開発して民間企業への技術移転を目指す「海のジパング計画」が進められています。その中でJAMSTECは、コバルトリッチクラストの有望海山である「拓洋第5海山」の調査を行いました。今回紹介する研究は、こちらです。

5,500mを超える大水深に広がるコバルトリッチクラストを確認
~コバルトリッチクラストの成因解明に大きな前進~(2016年2月9日発表)

  • 無人探査機「かいこうMk-Ⅳ」を使って巨大海山「拓洋第5海山」を調査した。
  • 水深5,500mで、予想に反してコバルトリッチクラストの広がりを確認し、試料採取に成功した。

コバルトリッチクラストって、なに? 「かいこうMk-Ⅳ」って、どんなもの? この調査は何につながるの? 今回は、次世代海洋資源調査技術研究開発プロジェクトチームの鈴木勝彦ユニットリーダーと飯島耕一技術主任、そして「かいこうMk-Ⅳ」のオペレーションをした若松誉運航長に聞きます。

鈴木さん、飯島さん、こんにちは! コバルトリッチクラストの調査をされたそうですが、お二人はどんな役割なのでしょうか。

鈴木:私たちは「次世代海洋資源調査技術研究開発プロジェクトチーム」で、海底資源の成因を研究しています。私はユニットリーダーとして、研究全体の目的から計画、関係者との調整など、サイエンスの全体的なハンドリングをしました。
飯島:私は研究航海で全体の指揮を執る首席研究者として、調査研究の具体的な計画、調整、データの取りまとめなどをしました。


写真1 右 鈴木ユニットリーダー 左 飯島技術主任

様々な金属元素が濃集するコバルトリッチクラスト

コバルトリッチクラストとは、何ですか?

鈴木:海山の斜面や頂上の岩盤を、マンガン・鉄の酸化物を主成分にレアメタルを含む物質が覆っていることがあります。それを一般にマンガンクラストと呼びます。その中でも特にコバルトを1%以上含むものを、「コバルトリッチクラスト」(コバルトを豊富に含む外殻)と呼びます(図1)。黒色や黒褐色で、一見すると石炭に似ています。厚さは数㎜~20㎝で、表面はデコボコです。コバルトリッチクラストには、マンガンを主成分に、産業を支えるベースメタルと呼ばれる銅、レアメタルであるニッケル、コバルト、チタン、テルル、貴金属である白金などが濃集しています。特に白金は陸上に匹敵するかそれ以上の品位(濃度)です。


図1 コバルトリッチクラストのイメージ

鈴木:世界6位の面積を持つ日本周辺の海の底は、コバルトリッチクラストに含まれる金属元素のもととなる熱水活動が盛んで、世界でもまれな場所です。加えて、太平洋側には古いプレートに伴う古い海山があり、比較的厚いコバルトリッチクラストが成長していると期待されます(図2)。日本は小さな島国ですが、海に目を向ければ、コバルトリッチクラストなど海底資源に恵まれているのです。


図2 現在わかっているコバルトリッチクラストの海域(赤色)

日本が海底資源に恵まれているとは、びっくりです。

鈴木:ところが、コバルトリッチクラストを数千mの海底から採掘して利用するには、現在の技術では莫大なコストがかかります。

飯島:そこでカギを握るのが、広大な海底からコバルトリッチクラストがとれそうな「有望海域の絞り込み」です。しかし、そもそもコバルトリッチクラストはなぞが多く成因もわかっていません。

成因というのは?

鈴木:コバルトリッチクラストが成長する条件には、長い年月にわたって変動が少なく安定した岩石があり、上から落ちてくる沈降粒子(堆積物の供給)が少なく、酸素を多く含む海水が流れ酸化しやすい環境が必要であるとわかっています。そうした環境で、周囲の海水から様々な元素を濃集しながらゆっくり成長してできると考えられています。しかし、いつどこで、何をきっかけに成長し始めるのか成因はよくわかっていません。

飯島:コバルトリッチクラストの有望海域の絞り込み技術の開発には、まず、成因を解明し、存在する環境条件を把握することが必須だと考えました。そこで我々が目を付けたのが、「拓洋第5海山」です。

拓洋第5海山とは、どんな海山でしょうか。

飯島:南鳥島の南西約150㎞に位置する海山です(図3)。大きさは、直径約150㎞、最大水深約5,500m、最浅水深約810m。石灰岩と玄武岩からなります。平頂部は神奈川県ほどの広さがあり、高さもふもとから見ると富士山より500mほど高い非常に大きな海山です。2009年に東京大学の浦辺徹郎教授(当時)が無人探査機「ハイパードルフィン」を用いた調査を初めて行い、これまでに水深3,000mの斜面から平頂部を覆うコバルトリッチクラストを報告しました。しかし、水深3,000m以深は情報が無く、調査が求められてきました。


図3 拓洋第5海山の位置

なぜ、水深3,000m以深は情報が無かったのですか?

飯島:水圧は水深が10m深くなるごとに1気圧の割合で高くなります。水深3,000mといえば1㎝3に300気圧。これは人差し指に四方八方から300㎏の力がかかる状態に相当します。こうした深いほど高くなる水圧に耐えられる探査機や潜水調査船を建造するとき、一つの境となる水圧仕様が、水深3,000mです。水深3,000mの先のさらに強大な水圧がのしかかる大深度で、硬い岩石を海底から掘り出しその重量物を船まで運ぶ手段が、これまでそもそも無かったのです。

それを可能にしたのが、2015年から本格始動したばかりの大深度無人探査機「かいこうMk-Ⅳ(マークフォー)」です。運航長の若松誉さんに聞いてみましょう。

パワフルな大深度無人探査機「かいこうMk-Ⅳ」

若松さん、こんにちは! 運航長って、どんなお仕事をするのですか?

若松:こんにちは。運航長は、乗船される研究者の研究目的を理解し、その目的達成のために母船乗組員と連携して、決まった航海日程と限られた潜航時間の中でどの作業をどんな順番で行えば一番効率良く研究者の目的を達成できるかを考え提案します。実際の潜航調査では指揮を執ります。


写真2 若松運航長

運航長は、調査の要なのですね。「かいこうMk-Ⅳ」は、どんな探査機ですか?

若松:こちらです(写真3)。


写真3 かいこうMk-Ⅳ(長さ約3m×幅約2m×高さ約2.6m 重さ約6トン)

若松:「かいこうMk-Ⅳ」は水深7,000mまで潜航し、調査や岩石の採取等の重作業を行うことができます。最大300kgまでの調査機材が搭載可能です。2本のマニピュレータ(ロボットアーム)は以前の電動方式より強い油圧駆動方式で、握力は450㎏。それぞれ250kgまでの物を持ち上げられます。また、大光量のライトで深海の暗黒を照らし、高解像度カメラで鮮明な映像を撮影します。機動性と作業性は世界トップクラスです。

「かいこうMk-IV」はケーブルで繋がれたランチャーと合体した状態で潜航し、目的の水深に到達するとランチャーから切り離されて探査を始めます。こうすることで、母船の動揺や、海流ならびに船とランチャーをつなぐ長いケーブル重量の影響を受けず、動きやすくなります。作業が終われば再び合体します(図4)。


図4 ランチャーと合体して潜航し、目的の水深に到着すると分離する「かいこうMk-Ⅳ」

どのようにオペレーションするのですか?

若松:船上のコントロールルーム(写真4)から、「かいこうMk-Ⅳ」本体を操縦する「ビークルパイロット」、マニピュレータで作業をする「マニピュレータパイロット」、ランチャーと本体がつながったケーブルを出したり巻いたりする「ランチャーパイロット」が遠隔操縦をします。運航長は3人の状況を見ながら、上手く連携して確実に作業をこなすための指示を出します。たとえば「あそこに移動して、右のマニピュレータで岩石を採って」「障害物を乗り越えるから、ランチャーのケーブルを巻いて」などと言います。


写真4 コントロールルーム内の様子

今回はどんな調査をしたのですか?

飯島:尾根に沿って水深1,150~5,500mの6地点に潜航して(図5)、コバルトリッチクラストがどこにどんな状態であるのか観察し、試料採取を行いました。


図5 潜航地点

水深5500mの海底でコバルトリッチクラストを発見

調査の結果はいかがでしたか?

飯島:潜航調査を開始して最初の2日間は水深1,450mと1,150mで予想通りにコバルトリッチクラストを確認し、観察と試料採取を行いました。驚いたのが、3日目です。潜航地点は、水深5,500m。潜航前の予想では、コバルトリッチクラストは深いほど減る、だから水深5,500mではコバルトリッチクラストは存在しないだろうと。ところが、「かいこうMk-Ⅳ」が海山の斜面に近づいていくと、目の前のモニターいっぱいに、コバルトリッチクラストが映しだされたのです(写真5)。


写真5 水深5500mのコバルトリッチクラスト

飯島:その瞬間は、もう言葉を失うというか。周りにいた研究者も「おおー…」という感じでした。この深さに広がっていたのは予想外でした。さらに、別の日に調査した水深4,500mでも、コバルトリッチクラストの広がりを確認しました(写真6)。


写真6 水深4,500mのコバルトリッチクラスト

鈴木:陸上支援組の私は、飯島さんから毎日届くメールでこの発見を知りました(映像は大容量で、船から陸上に送れない)。すごく興奮して、妄想がどんどん膨らみました。そして飯島さんの下船後に受け取った映像が、妄想をはるかに超える光景で、本当に驚きました。「かいこうMk-Ⅳ」のカメラが映し出すどこを見ても一面がコバルトリッチクラスト。もう、びっくりぽん。全く予想外でした。

研究者の皆さんが驚くほどの広がりだったのですね。どうやって試料を採取したのですか?

若松:潜航前の作戦は、コバルトリッチクラストにロータリーカッター(刃の直径300㎜)で切れ目を入れて、そこに振動たがねを入れて振動させ、マニピュレータでガコっと掘り出す作戦でした。ところが、いざロータリーカッターでコバルトリッチクラストに切れ目を入れ始めると、砂や土が巻き上がり、カメラの視界が悪くて作業を中断せざるを得ない状況となってしまいました(映像1)。さらに、砂や土が落ち着くまでに30~60分もかかってしまいました。


映像1 ロータリーカッターの回転方向は本体から外に向けていたが、巻き起こる砂や土の量が多く視界が悪くなった。

若松:そこで、ロータリーカッターと振動たがねの作戦をあきらめ、コバルトリッチクラストの端や隙間を探して、そこにマニピュレータの爪を差し込んでバキッと割って採る作戦に変更しました。すると今度は、マニピュレータがつかんだ部分がつぶれてしまったのです。それこそコバルトリッチクラストではない、やわらかい岩石なのかと思うほど。

岩石がつぶれた!? どういうことですか?

若松:実は、7,000m級無人探査機「かいこう7000Ⅱ」を使った以前の潜航調査では、コバルトリッチクラストを“力いっぱい”マニピュレータで握らないとすべって掴めませんでした。だから今回マニピュレータパイロットにも最初は「力いっぱい握って」と指示を出していました。でも、握力450㎏のパワフルなMk-Ⅳでつかむと今度は強すぎた。そこでマニピュレータの力を「はさむ程度に」したところ、形を保った状態の採取に成功したのです(映像2)。


映像2 コバルトリッチクラストの採取に成功!

上手に取れていますね!採れた試料を見たいです!

飯島:こちらです(写真7)。


写真7 採取した試料 左:水深5,500m 右:水深4,500m

飯島:下の茶色い部分は基盤岩で、上の黒い部分が今回我々を興奮させたコバルトリッチクラストです。厚みは3~8㎝でした。

水深によりレアメタルの品位(濃度)に差はあるのでしょうか。

飯島:コバルトと白金の含有量は水深が浅いほど多く、深いほど少なくなります。反対に、深いほど含有量が多くなる元素もあります。ただし、それらはあくまでこれまで試料が採取されていた水深3,000mまでの知見です。そこからさらに2,000m深い今回のような大深度で含有量がどう変わるのかは、今のところ誰にもわかっていません。今回採取した試料の分析結果が出るのが楽しみです。

他にはどんなことがわかるのですか?

鈴木:水深5,500m付近の映像には、コバルトリッチクラストの表面にもやもやと白い浮遊物が見て取れました(写真8)。微生物の研究者によると、カビではないかと。これまでの研究から、コバルトリッチクラストには多様な微生物が生息し、その微生物がつくった有機物が、コバルトリッチクラストが成長のきっかけである可能性が示唆されています。それが、このコバルトリッチクラスト上の白い浮遊物と関係するのかもしれません。具体的に微生物が何をするのかは、研究の途中です。


写真8 コバルトリッチクラスト表面の白い浮遊物

また、試料の表面を削って薄片にして顕微鏡観察したり、3mmの厚さの層にして分析したりすることで、コバルトリッチクラストの成長速度、含まれる物質、成長した時代に何が起きて成長にどう関わったのか、などさまざまなことが明らかになる予定です。

特に知りたいのが、どんな条件でクラストが成長し始めるのか。基盤岩がいくら古い時代のものでも、その表面でクラストが成長し始めなければ薄いままなので、何かクラストの成長を促すきっかけがあるはずです。それは海洋環境変化かもしれないし、海域によっても変わるかもしれない。そうした成因を、自分たちの手で解明したいと考えています。そして現在に至るまでの各プロセスを完全に追えるようにしたいのです。

飯島:こうした成因研究に役立てるため、今回は2種の装置を各潜航地点に設置してきました。

どんな装置ですか?

飯島:「電磁流速計」と、「微生物現場培養・化学吸着装置」です(写真9)。


写真9 潜航地点に設置した電磁流速計(左)と微生物現場培養・化学吸着装置(右)

飯島:「電磁流速計」は海流の方向と流速を計測します。コバルトリッチクラストが存在する現場環境の、基礎的な海洋物理データを集めます。

「微生物現場培養・化学吸着装置」は、海水と物質の関わりで何ができるかを調べるものです。フレーム格子にアクリル筒が複数組み込まれ、それら筒の両端にはフィルターがはってあり、海水が出入するようになっています。中にはそれぞれ、人工的につくった鉱物(鉄、マンガンなど)がパウダー状で入っています。鉱物と海水が触れると何がどう吸着・変化するのか、クラスト成長開始やクラスト成長過程を調べるものです。これら2種の装置は2016年秋に回収する予定です。

資源と技術を輸出できる未来へ

成因解明の先には、どんなことがあるのでしょうか

鈴木:コバルトリッチクラストの成因を解明できれば、コバルトリッチクラストが存在する環境条件を知る手掛かりとなります。そこから、有望海域の絞り込みをする技術開発を目指します。こうした技術の開発に取り組む機関は、海外でもありません。開発に成功すれば、たとえば「あの金属がほしい」と思った時に、「あの海域のこの水深に、目的の金属に関して高品位で厚いクラストがある」などと予測できるようになります。

海底資源を効率よく見つけられるようになるということですね。

鈴木:そして、海底資源の「探査手法」と「掘り出す」技術を開発してコストを下げられれば、海底資源に恵まれた日本は、もう一度「黄金の国ジパング」になれるかもしれません。しかし、だからと言って日本だけが豊かになればいいわけではありません。資源を輸出できる国になって、鉱物資源と一緒に探査技術も輸出すれば、多くの国がメリットを受けて、資源をめぐる争いが無くなるんじゃないでしょうか。それを、遠い将来では目指していきたいと思っています。

私も応援しています。鈴木さん、飯島さん、若松さん、ありがとうございました。

あとがき

今回は研究解説とはちょっと違い、コバルトリッチクラスト採取成功の現場についてお届けしました。今回採取したサンプルの分析結果を始め、今後の発展にドキドキハラハラしています。日本の海で、日本人が開発した技術を使って資源を採取し利用できれば、それは豊かで明るい未来につながると思います。

参考リンク:
鈴木センター長代理と飯島技術主任が所属する海底資源研究開発センター
日本の海洋資源調査を加速させる「海のジパング計画