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話題の研究 謎解き解説

赤道上の成層圏を吹く不思議な風の、崩壊現象の再現に成功【前編】

赤道域上空の下部成層圏では、不思議な風が吹いています。東風と西風がおよそ1年ごとに交代する風で、成層圏赤道準2年周期振動(Quasi-biennial Oscillation; QBO)と言います。

2015年から2016年に、そのQBOが崩壊する現象が観測史上初めて起きました。世界に先駆けて、スーパーコンピュータでその崩壊現象の再現に成功したのは、JAMSTEC、ハワイ大学、オックスフォード大学の研究者からなる国際研究チームでした。

成層圏赤道準2年周期振動(QBO)の崩壊イベントの再現に成功
―季節予報改良への新たな期待―

論文タイトル:First Successful Hindcasts of the 2016 Disruption of the Stratospheric Quasi-biennial Oscillation.

  • 赤道下部成層圏ではおよそ1年ごとに東風と西風が交代しているが、2015~2016年にかけて、観測史上初めて崩壊する現象が起きた。
  • 高分解能気候のモデル「JAGUAR」とスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を使い、そのQBO崩壊を再現することに成功した。
  • QBOは地球全体の気候に間接的に影響を与えるため、この成功は季節予測の精度向上に役立つと期待される。

この論文を「Geophysical Research Letters」に発表した、渡辺真吾分野長にお話を聞きます。

【目次】
赤道上の成層圏をふく不思議な風
世界の専門家を驚かせた、QBO崩壊現象
世界に先駆けて、QBO崩壊の再現に成功!

赤道上の成層圏をふく不思議な風

今回は成層圏の現象について研究されたとのことですが、そもそも渡辺分野長はどのように研究の道へ進まれたのですか?

父が科学雑誌『Newton』を創刊号から定期購読していて、小学生のころから眺めているうちに、地球の気候や環境問題に興味を持つようになりました。高校生の時に、その『Newton』で紹介されていた『グローバル気象学』(東京大学出版会 廣田勇 著)を地元の本屋で取り寄せて読みました。けれど、さっぱりわからなくて。「大学に行ったらこんな難しいことが分かるようになるんだ、すごいな」と思って九州大学理学部地球惑星科学科へ進学しました。成層圏にあると書かれていた地球サイズの高気圧・低気圧の話など、地上近くには無い大きなものに憧れたという面もあります。


写真1 シームレス環境予測研究分野 渡辺 真吾 分野長

今回研究されたQBOとは、どのような現象でしょうか。

QBOとは、赤道上空の下部成層圏にあたる高度18~30㎞(図1)で、およそ1年ごとに東風と西風が交代している現象(図2、動画)です。約2年という周期であることから、「成層圏赤道準2年周期振動」(Quasi-biennial Oscillation; QBO)といいます。


図1 大気の鉛直構造

図2 東風と西風が交代するQBO

動画 成層圏赤道準2年周期振動のイメージ(IPRC Hawaii)

地球規模の風というと貿易風など一方向に吹くイメージがあるのですが、QBOは方向が変わるのですね?

はい。東風も西風も、高いところに現れて次第に下へ降りてきて、高度18㎞ぐらいで消えます(図3)。東風(西風)が降りてくるにつれて、上層では西風(東風)が形成されます。風速は、ピークで東風は秒速約30m、西風は秒速約20mです。


図3 上から降りてきて、高度18㎞あたりで消滅するQBO

不思議な現象ですね。

赤道上空で風が吹いていることに人々が初めて気づいたのは、1883年にインドネシアのクラカトア火山(写真2)が歴史的な大噴火をしたときです。火山灰の塊が成層圏にまで噴き上げられ、西向きに地球を一周しました。これをきっかけに、赤道域の成層圏に東風が吹いていることがわかり、この風は「クラカトア東風」と呼ばれるようになりました。


写真2 今も噴煙を上げるクラカトア火山。インドネシア語ではクラカタウと呼ぶ。
(撮影日:2011年12月20日 撮影者:大気海洋相互作用研究分野 米山 邦夫分野長)

ところが1908年に、ドイツ人のフォン・ベルソンがアフリカのビクトリア湖近くで気球を使って風の観測をしたところ、赤道域の成層圏は西風だったのです。これは「ベルソン西風」と呼ばれるようになりました。

赤道成層圏の風は、東風か西風か。その謎が解明されたのは、高層の大気観測が充実した1960年代に入ってからです。観測データから、東風と西風は交代することが突き止められました。

QBOは、どのように発生するのでしょうか。

QBOの西風と東風は上空から引きずり降ろされるように時間とともに下降しますが、引きずりおろすような作用をしているのは、対流圏から上がってくる大気重力波や赤道波などの大気波動です。そもそも大気の中にある様々な流れの中から様々なメカニズムを通じて様々な大気波動が生まれ、もともとの場所から伝わった先へと運動量を運ぶ役割を果たします。そうした大気重力波や赤道波などが持っている運動量が、QBOに渡されるというメカニズムによって、風が下へ下へ降りてくると考えられます。

QBOを知ることは、どのようなことにつながるのですか?

QBOそのものは赤道域の現象ですが、その影響は間接的に地球全体に広がると考えられています。

例えば、QBOにともなう循環は、上部対流圏や対流圏界面の温度に影響を与えます。すると、大気の安定度が変わって雲のたち方が変わり、熱帯域で発生する巨大雲群であるマッデン・ジュリアン振動(MJO、写真3、図4)の発達にも大きな影響を与えます。さらに、MJOは様々なメカニズムを通じて、中緯度にも影響を及ぼします。


写真3 MJOの巨大雲群
(撮影日:2011年12月19日 撮影者:大気海洋相互作用研究分野 米山 邦夫分野長)

図4 2011年12月19日の衛星画像。左端のインド洋上にある雲の塊が、写真3の雲の塊にあたると思われる。
(画像:高知大学提供)

また、QBOが東風だと、成層圏で温度が突然上昇する「成層圏突然昇温」が生じやすくなります。この突然昇温は北半球の冬季に起きる現象ですが、北極振動や北大西洋振動に影響を及ぼし、そしてアジアやヨーロッパの気候に影響を与えます。QBOは日本の気候にも影響を与える可能性が指摘されています。

QBOの影響は、地球全域に広がるのですね。

その通りです。一方で、QBOは周期に変動があるもののおよそ2年半もの間、赤道下部成層圏の状態を大ざっぱに予測できます。そこで、季節予測の精度を向上させる重要な要素として、一部の気象予報センターがQBOを組み込んだ予測に取り組んでいます。