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話題の研究 謎解き解説

海洋大循環に重要な南極底層水の体積が減少

【目次】
重い海水の生成が駆動力となる海洋大循環
アデリー/ジョージ五世ランド沖の深層を世界で初めて観測したDeep NINJA
南極底層水の急速な減少
解析はうまくいかない、でもプレッシャーはめいっぱい!

南極底層水の急速な減少

観測データの解析から、どのように南極底層水の減少がわかったのですか?

南極底層水はいろいろな指標で定義されてきましたが、最近では密度(正確には中立密度)が1.0283g/㎤よりも大きな海水とすることが一般的です(図5)。今回の研究でもこれに従いました。


図5 密度1.0283g/㎤以上の海水が、南極底層水

Deep NINJAの観測データを調べたところ、密度の値1.0283g/㎤の深さ、すなわち南極底層水の上端の深さは1年あたり約57mも深くなっており、南極底層水の厚みが急速に減少していることがわかりました(図6)。1990年頃から2012年までの約20年間の減少のペースは1年あたり約12mであったので、アデリー/ジョージ五世ランド沖の深層に分布する南極底層水の体積の減少ペースはこれまで言われていたペースの4~5倍になっていることを意味します。

図6 南極底層水の上端の密度面の深さの変化。左は歴史的データ、右は「みらい」とDeep NINJAの観測データの解析結果。左の灰色部分はDeep NINJAの観測期間を示す。

アデリー/ジョージ五世ランド沖でデータ解析の基準とした地点の水深は約4,300mなので、南極底層水の厚みはおよそ800mです。その中で南極底層水の厚みが1年あたり57m減っていくというのは、驚異的なスピードです。とても信じることができず、観測データを補正方法から見直して何度も解析をやり直しました。こればかりを2,3ヶ月はやっていたでしょうか。けれどどうやっても同様の値が出てくるのです。どうも正しそうだと思い、今度はこの結果を裏付ける他の材料を探し始めました。その末にたどり着いたのが、海面水位でした。

海面水位が、南極底層水の減少とどう絡むのですか?

海水は温かいほど密度が低くなって膨張し、体積が大きくなります。南極底層水の厚みが減少するということは、その上の海水、すなわち南極底層水よりも密度の低い海水の割合が大きくなるということです。ならば、海水の体積が大きくなって海面水位が高くなっているはずです。

そこで海面水位の変化を計算してみると、南極底層水の減少に伴う水深1,900~4,000mまでの密度低下による影響で、海面は1年あたり5.0㎜上昇、誤差を考えると1.9~8.1㎜上昇したと考えられました(図7)。

5.0㎜/年が、今回の観測データが示した海面上昇の大きさですね。

その通りです。一方、海面高度計が搭載されている人工衛星による観測データを入手して調べると、2010年から2015年にかけてのアデリー/ジョージ五世ランド沖の海面上昇の大きさは1年あたり5.8㎜でした。続いて、なぜ上昇したのか5.8㎜の内訳を調べました。もし海水が増えることで海面が上昇したならば、それに伴い重力も大きくなるはずです。重力観測衛星の観測によれば、海水の増加により海面が1年あたり2.0㎜上昇していることがわかっています。また、公開されているアルゴフロートなどの観測データを解析した結果、5.8㎜のうち0.5㎜は、海面から1,900mまでの深さの密度変化による海面上昇だとわかりました。そうすると、“5.8-2.0-0.5”で、3.3㎜が、水深1,900m以深の密度変化による海面水位の上昇と算出されます。この値は、先に私が示した5.0㎜と近く、誤差の範囲に入っています。

図7 海面上昇の内訳

南極底層水が1年あたり57m減少というにわかに信じられない結果が、海面水位という、今回の解析に使ったものとは全く異なるデータによって裏付けられました。

なぜ、南極底層水の急速な減少が起きたのでしょうか。

2010年2月に起きた、メルツ氷河舌の崩壊による影響だと考えます。メルツ氷河舌とは、以前、大陸からアデリー/ジョージ五世ランド沖に突き出ていた氷河です(図8)。長さ約100㎞、幅約50㎞のとても大きなものでした。

図8 メルツ氷河舌の崩壊

南極大陸の周辺は寒いので、冬には海氷ができます。ふつう海氷は、ある程度厚くなると大気と海を隔たる断熱材となり、大気側がどんどん冷やされてもその影響は海には及びません。一方、崩壊前のメルツ氷河舌は東から流れてくる海氷をブロックしていたので、その西側には海氷の流れ込まない海域が広がっていました(図9左)。この海域では、寒さで海氷が作られてもそれが十分に成長する前に季節風や海流によって次々に北西や西に運ばれるため、メルツ氷河舌の西側には冬でも海面が露出して海がひたすら冷やされる海域が広がっていました。そのためここでは常に海氷が作られ、これに伴い低温で高塩分の重い海水も作られ沈みこんでいました。こうした海域はポリニヤと呼ばれ、“海氷の生産工場”とも表現されます。メルツ氷河舌の西側のポリニヤでその沈み込んだ重い海水は海底のくぼ地にたまり、あふれると大陸斜面をおちてさらに深層へ流れていき、最終的には南極底層水になります。

ところが2010年2月、メルツ氷河舌が折れてしまいました。これにより環境が一変して、海氷や密度の高い水を効果的に作ることができなくなり、南極底層水として供給される水が急速に減少したのだと思います(図9右)。

図9 メルツ氷河舌崩壊の前後

南極底層水がこのまま減り続けると、将来地球はどうなるのでしょうか。

このペースで減り続ければ、単純計算で16年後には南極底層水がなくなります。ですが、それは起きないと私は思います。Deep NINJAはメルツ氷河舌崩壊直後の、いわばスタートダッシュのような状態を観測したのだと思います。もう少したてば減少のペースは落ちるでしょう。

南極底層水の減少は海洋大循環や気候システム、物質循環に影響を及ぼすと考えられますが、将来がどうなるのか具体的に予測するのは、現状では難しいです。