海や地球環境に関する最新トピック

「しんかい6500」1000回潜航達成

しんかい6500の誕生

世界に誇る高い安全性と潜航力で、深海調査に世界をリードする

1980年代、未知の世界である深海に向け、各国は有人潜水船の開発を進めていた。米国の「シークリフ」、フランスの「ノチール」、そしてソ連(現ロシア)の「ミール」など、いずれもその目標水深は6,000m。6,000mの潜航能力があれば海洋のほぼ97%は探査できるというのがその理由だ。1970年代中頃から、わが国でも6,000m級の有人潜水調査船を建造する計画があった。しかし、一足飛びに6,000m級の有人潜水調査船を建造するには問題が多かったので、まずその第一歩として「しんかい2000」が建造され、1981年より運用開始した。「しんかい6500」は「しんかい2000」で得られたノウハウやチタン製耐圧殻の製造を始めとする技術の向上により、当初の目標であった6,000m級の有人潜水調査船として1990年に建造され運用開始した。水深6,500mでは約650気圧、これは指先に軽自動車1台が乗るほどの水圧である。それに耐える船体や浮力材、深海と海上をつなぐ水中通話機や条件の良い場所でも10mほどしか視程のない海底で障害物などを探査する目となる観測ソーナーなど、さまざまな先端技術が「しんかい6500」に結集された。

なぜ、“6,500m”をめざしたのか

1989年8月11日11時28分、三陸沖・日本海溝において「しんかい6500」は深度6,527mの記録を無事達成し、最大潜航深度潜航試験(建造後、建造メーカーによって実施された試験)を終了した。これは有人潜水調査船における世界最深の潜航深度※でもあり、この記録は未だ破られていない。日本初の6,000m級有人潜水船の開発が決まったとき、まず問題となったのがその最大潜航深度だ。当時の世界的な照準は6,000mであり、一般的な自然科学調査を目的とすれば十分な深さであった。しかし、日本は世界有数の地震国であり、深海調査においても巨大地震の解明が重要課題のひとつとなっていた。そのためにはプレートのぶつかり合う海溝域、特に太平洋プレートが折れ曲がる水深6,200〜6,300mの部分をぜひ調べる必要があり、議論の末、めざす深度は6,500mと決められた。その後「しんかい6500」は、1991年に日本海溝の6,366mの地点にプレートの沈み込みで生じたと思われる裂け目を世界で初めて確認。その能力をさっそく活かすこととなった。

素材にも宿る先端の技術

完成直後のチタン製耐圧殻
完成直後のチタン製耐圧殻

実際の建造では、まず深海の水圧から乗組員を保護する耐圧殻の製造が課題であった。素材は軽くて強く錆びにくいチタン合金を採用。「しんかい2000」建造時には叶わなかったチタン合金の加工が、ようやく国内で可能となったため実現した。耐圧殻の内径は「しんかい2000」より20cm小さい2.0m。内部空間そのものは狭くなったが、計器の小型化や主要装置の配置転換などにより、「しんかい2000」より広く感じられる仕上がりとなった。また、高い水圧下では少しのゆがみが殻の破壊につながるため、耐圧殻は可能な限り真球に近づけることが求められた。その精度は、直径のどこを測っても0.5mm(真球度1,004)の誤差しか許されないという厳しいものだ。 全体で25.8トンもある船体を浮かばせるための浮力材としては、シンタクティックホームが使用されている。ガラスマイクロバルーンという直径数十ミクロンの中空のガラス球(膜厚1〜2ミクロン)をエポキシ系樹脂で固めたものだが、100ミクロン程度の球のすき間に40ミクロン程度のさらに小さな球を埋め込むことで充填率を高め、より耐圧力は強く比重は小さくすることに成功した。

さらに進化を続ける「しんかい6500」

現在のマニピュレータ。
現在のマニピュレータ。

そのほか、海底でさまざまな作業を行う“腕”、マニピュレータも最新の方式を採用した。これは、マニピュレータでつかんだ力が操作者にも伝わるため、生卵やワイングラスなども割らずにそっとつかむことができた。潜水調査船に装備されるのは世界初のことだった。完成から約1年後には、海底で撮影したビデオ画像を音響で母船に伝送し、静止画像として見ることができる水中画像伝送システムも搭載された。それまではパイロットからの通話連絡だけを頼りにしていた母船での状況把握を、画像を見た多数の人間が共通してできるようになった画期的な出来事だった。その後、当時は画期的であったマニピュレータも1995年にさらに能力が高く、軽量で塩害にも強いチタン合金を使用した、メンテナンス性の良いものに換装。2003年には主蓄電池としてリチウムイオン電池を搭載。続く2004年には水中スチルカメラもデジタル化に対応するなど、日々進歩する科学技術に応じ「しんかい6500」もたゆみない進化を続けている。