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福島第一原子力発電所事故一ヶ月後における
セシウム-134, -137の西部北太平洋における拡散状況について

 海洋研究開発機構は、放射線医学総合研究所、気象研究所、金沢大学と協力して、2011年3月11日に発生した福島第一原子力発電所(FNPP)事故一ヶ月後における人工放射性核種セシウム-134, -137の西部北太平洋における拡散状況について調査した。調査は海洋地球研究船「みらい」のMR11-03航海(2011年4月14日横浜港発-5月5日横浜港着)を利用して行われた。航跡に沿って約1度毎に表層海水ポンプにより表層海水を採取した。観測定点K2 (北緯47度/東経160度)とS1(北緯30度/東経145度)では表層、亜表層の動物プランクトンを、多段式大型プランクトンネット(IONESS)で、懸濁粒子を現場ろ過器(LVP)で捕集した。得られた試料中のセシウム-134,-137放射能測定は、放射線医学総合研究所(海水試料)、気象研究所(動物プランクトン)、金沢大学(懸濁粒子)で行われた。さらに観測された西部北太平洋のセシウム分布を説明するために、FNPPから流出した汚染水の拡散状況については日本海予測可能性実験モデル2(JCOPE2)により、またFNPPから大気中へ放出された放射能が大気塵によって拡散する状況は非静力学領域大気数値モデルにより、数値シミュレーションを実施した。

 海水中のセシウム-137濃度は三陸沖で最も高く0.1-0.3 Bq kg-1であった(図1)。また北緯40以北のセシウム-137濃度平均値(0.028 Bq kg-1)は北緯35度以南のもの(0.013 Bq kg-1)よりも高かった。今回観測されたセシウム-137濃度平均値は0.048 Bq kg-1であった。この値は国が定める飲料水の暫定基準値(200 Bq kg-1)よりははるかに低い濃度ではあるものの、3月11日以前の日本周辺表層海水のセシウム-137濃度(約0.001 Bq kg-1)の約50倍に相当するものであった。またほぼ全ての地点で3月11日以前には検出されなかったセシウム-134が検出され、セシウム-134とセシウム-137の比(134/137)はほぼ1であり、FNPP排水口付近の(134/137)値と一致した。このことからFNPP事故一ヶ月後には西部北太平洋の広い範囲にFNPP由来の人工放射性核種が拡散していたことが明らかとなった。数値シミュレーションの結果、三陸沖の高い値は汚染水の拡散により説明可能であったが(図2)、北緯40度以北のセシウム濃度は説明できなかった(図2)。大気塵拡散のシミュレーションの結果、FNPP放出の人工放射性核種が大気塵としてK2を含む北緯40度以北へも輸送されていることが明らかになった(図3)。以上のことからFNPP事故一ヶ月後の西部北太平洋における人工放射性核種の拡散は、汚染水とともに汚染塵によるものであると推定された。

 一方、表層、亜表層の懸濁物、動物プランクトンのセシウム-137濃度は、それぞれ乾燥重量で5-40 Bq kg-1、10-60 Bq kg-1であった(図4)。全ての試料からセシウム-134が検出され、(134/137)もほぼ1であった。これらのことからFNPPから約1900km離れたK2, 950km離れたS1の懸濁物、動物プランクトンもFNPP事故一ヶ月後にはFNPP由来の人工放射性核種の影響を受けていた事が明らかとなった。動物プランクトンの場合、湿重量に換算すると2-4 Bq kg-1であった。この値は3月11日以前に報告された動物プランクトンの値(0.01-0.08 Bq kg-1)より二桁高いものであった。ただし国の定める肉/魚の暫定基準値500Bq kg-1に比べるとはるかに低いものであった。

 詳細はGeochemical JournalのExpress Letter Paper*として掲載予定である。

*Honda, M. C., Aono, T., Aoyama, M., Hamajima, Y., Kawakami, H., Kitamura, M., Masumoto, Y., Miyazawa, Y., Takigawa, M., and Saino, T. Dispersion of artificial caesium-134 and -137 in the western North Pacific one month after the Fukushima accident. Accepted by Geochemical Journal..

図1 西部北太平洋表層海水のセシウム-137濃度の水平分布
(原図はHonda et al., accepted by GJ)

図2 汚染水によるセシウム-137拡散状況シミュレーション結果(4月14日〜4月26日の平均値)
(Honda et al., accepted by GJ)

図3 大気塵によるセシウム-137拡散状況シミュレーション結果(3月11日から4月1日までの積算値)
(Honda et al., accepted by GJ)

図4 K2, S1の動物プランクトン、懸濁物のセシウム-137濃度測定値
(データはHonda et al., accepted by GJ)