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 コラム地球温暖化がインド洋ダイポールモード現象に及ぼす影響

近年、世界各国で異常気象が頻発し、社会経済に甚大な被害を与えています。この異常気象の母胎となっているのが、より時空間スケールの大きい気候変動現象です(数千キロメートル規模の現象が数ヶ月-数年間続く)。インド洋熱帯域の気候変動現象であるインド洋ダイポールモード現象が、地球温暖化に伴い、将来どのように変化するかを予想した研究が、Nature Geoscienceの2013年11月28日号に掲載され、その表紙を飾りました。ここでは、その内容を簡単に紹介したいと思います。

タイトル: Projected response of the Indian Ocean Dipole to greenhouse warming
著者:Wenju Cai1,2, Xiao-Tong Zheng2,3, Evan Weller1, Mat Collins4, Tim Cowan1, Matthieu Lengaigne5, Weidong Yu6 and Toshio Yamagata7
1CSIRO Marine and Atmospheric Research, Aspendale, Victoria, Australia, 2Physical Oceanography Laboratory, Qingdao Collaborative Innovation Center of Marine Science and Technology, Ocean University of China, Qingdao, China, 3Key Laboratory of Ocean-Atmosphere Interaction and Climate in Universities of Shangdong, Ocean University of China, Qingdao, China, 4College of Engineering Mathematics and Physical Sciences, Harrison Building, Streatham Campus, University of Exeter, Exeter, UK, 5Laboratoire d’Océanographie et du Climat: Expérimentation et Approaches Numériques (LOCEAN), IRD/UPMC/CNRS/MNHN, Paris, France, 6First Institute of Oceanology, State Ocean Administration, Qingdao, China, 7Application Laboratory, JAMSTEC, Japan.

インド洋ダイポールモード現象とは?

インド洋ダイポールモード現象 注1は、インド洋熱帯域に数年に一度発生し、世界各地に異常気象を引き起こす気候変動現象です。1999年に地球環境フロンティア研究センター(FRCGC)の気候変動予測研究プログラムの山形プログラムディレクター(当時)、サジ研究員(当時)らが発見しました(Saji et al. 1999, Nature)。その名称は、海面水温、外向き長波放射(地表面や雲からの赤外線のエネルギー量で降水量等とも関係が深い)、海面高度偏差(偏差とは平均場からのズレ)などがインド洋の東西で双曲(ダイポール)パターンを示すことから名づけられました。正のイベントは、赤道インド洋南東における負の海面水温偏差と西赤道インド洋における正の海面水温偏差で特徴づけられます(図1左,逆のイベントは負のイベントと定義されています:図1右)。

図1:赤色は海表面水温が平年より暖かく、青色は平年よりも冷たいことを示す。白影はインド洋ダイポールモードが発生しているときに対流活動が強化していることを表し、矢印は海上風向の偏差を表す。左図が正のダイポールモード現象、右図が負のダイポールモード現象が発達している様子。

注1: インド洋ダイポールモード現象の詳しい解説は以下のURLを参照して下さい。
http://www.jamstec.go.jp/frcgc/research/d1/iod/iod/about_iod.html

インド洋ダイポールモード現象が世界各地の異常気象を引き起こす!

インド洋ダイポールモード現象は、世界各国の異常気象の原因となり、社会・経済に大きな影響を及ぼします注2。正のイベントが発生すると、通常は東インド洋で活発な対流活動が西方へ移動し、東アフリカでは豪雨を、インドネシアでは厳しい干ばつと山火事を引き起こします(図1左)。1994年の日本の酷暑や、2006年のケニア大洪水、オーストラリア東部の旱魃、ボルネオ域の山火事被害の原因になったと考えられています。また、正のイベントに伴い東アフリカの降雨量が増大し、マラリア媒介蚊の異常発生したために、1990年代に東アフリカ高地で大規模なマラリア再流行が起こったと考えられています(Hashizume et al. 2012, Sci. Rep.)。また、2006、2007、2008年と三年続いて発生した正のイベントによりオーストラリア東南部は平年よりも異常に乾燥し、2009年に発生したオーストラリア史上最悪の山火事は多くの死者を出しました。この災害は「黒い土曜日(ブラックサタデー)注3」と呼ばれています。その他、台風発生との関連も指摘されています。例えば、フィリピンを襲った2013年の猛烈な台風30号は、フィリピン東側の海域を含む西太平洋赤道域での高い海水温と活発な対流活動が発生原因の一つだと考えられています(コラム参照)。2013年北半球の夏から秋にかけて、太平洋は弱いラニーニャ現象、インド洋は弱い負のインド洋ダイポールモード現象が発生しており、その二つが複合的に影響を与え、フィリピンやインドネシア海洋大陸での対流活動を平年より強化させていた可能性があります。

注2: 海洋研究開発機構ではSINTEX-F1季節予測システムを開発し、インド洋ダイポールモード現象の発生予測を行い、2006年から世界に情報を提供しています。
http://www.jamstec.go.jp/frcgc/research/d1/iod/seasonal/outlook.html

注3:乾燥した草木と猛暑により、ビクトリア州内の森林や草地で2009年2月7日に火災が発生、173人が死亡、多数の住宅が焼失し、被災者は2,000人を超えました。

地球温暖化によってインド洋の平均場はどう変化するのか?

地球温暖化に伴い、北半球の秋(インド洋ダイポールモード現象がピークに達する季節)に、インド洋西部の海面水温はインド洋東部の海面水温よりもより上昇する可能性が高くなります。1900年代以降の観測データや最先端の気候モデルによる地球温暖化シミュレーションの結果を解析すると、インド洋ダイポールモード指数DMI注4が上昇トレンドを持っていることが確認できます。つまり、インド洋の平均場(9-11月の平均的な大気海洋の状態)は、正のインド洋ダイポールモード現象が常に発生しているような状態に変化していきます。近年、正のダイポールモード現象が頻発しているように見えるのは、地球温暖化により平均場そのものが変化していることによる可能性があります。

注4:インド洋ダイポールモード現象の強さを表す指標(°C)。インド洋熱帯域西部(50E-70E, 10S-10N)とインド洋熱帯域東部(90E-110E,10S-0N)の海表面水温偏差の差で定義される。偏差とは平年値からの差。関連データはhttp://www.jamstec.go.jp/frcgc/research/d1/iod/iod/dipole_mode_index.htmlからダウンロードできる。

地球温暖化に伴いインド洋ダイポールモード現象自体はどのように変化していくか?

地球温暖化に伴いインド洋の平均場は正のダイポールモード現象が常に起きている状況に変わっていきますが、この平均場からの「ずれ」として見た場合にはインド洋ダイポールモード現象自体はどのように変化していくのでしょうか?複数の最先端気候モデルによる地球温暖化シミュレーションの結果を解析したところ、ほとんどのモデルで、次のような傾向を確認できました。

1.
平均場からのずれとして見た場合のインド洋ダイポールモード現象の発生数や振幅については有意な変化は見られない。
2.
インド洋ダイポールモード現象は一般的に正イベントの方が負のイベントより強い傾向にあるが、その正負非対称性が小さくなる。

更に詳しく解析すると、インド洋ダイポールモード現象にとって重要ないくつかの物理プロセスにも有意な変化が認められました。平均場の温度躍層が熱帯インド洋で浅くなることで、海表面水温と温度躍層間の熱交換が活発化する傾向にあります(SST-Thermocline feedbackの強化)。また、地球温暖化に伴い大気安定度が増すことで、海表面水温の東西勾配と東西風の関係が弱まる傾向になります(Zonal wind-Zonal SST gradient feedbackの弱化)。

これらの結果はあくまで気候モデルの実験結果を基本場の長期変化と経年的な変動に分離して得られたものであり、その解釈には注意する必要があります。永年的な正のダイポールモードが発生しやすくなると解釈することもできます。古気候学の分野では数百万年前の温暖化した地球には永年エルニーニョが発生していた可能性が指摘されています。インド洋ダイポールモード現象は、数種類の大気海洋結合作用が複合的に影響することで発達・衰退するだけでなく、太平洋からも強く影響を受けるため、非常に複雑な気候変動現象と言えます。最先端の気候モデルでも、各物理プロセスの相対的な強さやその相互バランスの再現性には不確実性があります。今後は、インド洋ダイポールモード現象の長期変調の理解を更に深め、その理解に基づき気候モデルを改良し、将来予測の不確実性を低減する必要があります。

アプリケーションラボ 土井 威志