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論文「地球を巡る水の除湿機: 熱帯沿岸降水帯」がAGUのResearch Spotlightに選ばれました

荻野慎也主任研究員(大気海洋相互作用研究分野)らの論文「地球を巡る水の除湿機:熱帯沿岸降水帯」がAGU(米国地球物理学連合)のResearch Spotlightに選ばれ、機関誌Eosに取り上げられました。Research SpotlightはAGUの学術誌全14誌から毎月7本程度が選ばれる注目論文です。論文の内容は、JAMSTECが拠点機関の1つとして推進する国際プロジェクト Years of the Maritime Continent(YMC、海大陸研究強化年)のターゲットである沿岸降水の重要性を強く主張するものです。

Eos誌(オンライン版): https://eos.org/

論文の紹介記事:
Rethinking How Water Circulates Between the Oceans and Land
https://eos.org/research-spotlights/rethinking-how-water-circulates-between-the-oceans-and-land

紹介された論文:
Ogino, S.-Y., Yamanaka, M. D., Mori, S., & Matsumoto, J. (2017). Tropical coastal dehydrator in global atmospheric water circulation. Geophysical Research Letters, 44, 11,636–11,643. https://doi.org/10.1002/2017GL075760

論文「地球を巡る水の除湿機:熱帯沿岸降水帯」の概要

背景
水は地上から蒸発して大気中で雲や雨となって地上に戻り、地球環境を形成する上で様々な働きをしています。特に、熱帯で盛んに雲ができる過程で出る熱は、地球上の大気の流れを駆動する熱源です。水の動きを把握することは気候とその変動を理解し予測するために不可欠です。“地球上の水の動き”を“水循環”と呼びます。これまでの不十分な雨の観測に基づく研究では、全地球を海と陸の2つの領域に分け、この2つの領域の間の水の循環を次のように考えてきました。雨より蒸発の多い海から、蒸発より雨の多い陸へ水蒸気が運ばれる。陸からは主として河川を通して水が海に戻る。これにより水のバランスが保たれている。

しかし、近年の我々の地上・海上観測から、熱帯でも特にインドネシア「海大陸」(図1)の島々の海岸線で、昼夜の海陸風(昼は海から陸へ、夜は陸から海へ吹く風)に伴って集中的に雨が降っていることが、次第に明らかになってきました。さらに衛星観測データを用いた我々の先行研究(Ogino et al., 2016)から、全熱帯のおよそ1/3の雨は海と陸の境界である沿岸域(海岸線を挟んで数100kmの領域)に降っていることが明らかになりました。この多量の雨を抜きにして水の循環を語ることはできません。

成果
今回我々は気象庁の1981~2010年の30年間の全球雨量分布データを改めて解析し、沿岸で降る雨を考慮に入れて全地球的な水の循環を考え直しました。その結果わかったことは、熱帯の沿岸降水が水蒸気を取り除く除湿機の働きをしている、ということでした。つまり、海で蒸発した水は陸に向かって運ばれますが、まずその半分が雨として沿岸の狭い領域に落ちるのです。内陸の広い領域にまで運ばれるのは残りの半分ほどです。従って、現実の地球を巡る水の流れをより正しく表した新しい描像として、我々は外海・沿岸・内陸の3領域モデルを提案しました(図2)。この描像から、特に沿岸域が多い海大陸域で、降雨や大気の加熱が集中して起きていることが説明できます。

沿岸部に集中して除湿が起こるということは、海水面の上昇・下降や大陸移動に伴う海岸線の長さや場所、形状の変化により、大気の加熱される場所が変わるということです。これは海岸線の変動が水循環を介して気候を変える可能性を持つということです。将来地球温暖化で海水面が上昇することも、雨の分布を変えるのです。さらに、沿岸域の雨の働きを調べてみると、水の循環だけでなく様々な分野に関わる新しい知見も得られました。例えば、海水の塩分や栄養塩の分布を考える上で淡水の供給量を考慮する必要がありますが、本研究では、沿岸降水による淡水の供給が、これまで主な供給源と考えられてきた河川からの流出に匹敵するものであることを示しました。

熱帯の沿岸域になぜ雨が集中するのか?これはまだ完全には明らかになっていない大きな謎です。先に述べましたように、我々は昼夜の海陸風がこの謎を解く大きなカギだと考えています。しかしそれだけでは、熱帯内の場所による違いや、日本にも影響を与える年々の変動を正確に説明することはできません。そのメカニズムを明らかにするため我々の研究グループは赤道インドネシアのスマトラ島西岸の海岸線を挟んだ海と陸の両方で、気象・海洋観測をまさに今、行なっています(図3)。観測について詳しくは、JAMSTEC“YMC”のホームページをご参照ください。

<参考文献>
Ogino, S.-Y., M. D. Yamanaka, S. Mori, and J. Matsumoto (2016), How much is the precipitation amount over the tropical coastal region?, J. Clim., 29(3), 1231–1236. http://journals.ametsoc.org/doi/10.1175/JCLI-D-15-0484.1

図1: TRMM衛星による年間降水量分布。沿岸部に雨が集中していることがわかる。丸で囲った領域は海大陸と呼ばれる。太平洋とインド洋を繋ぐ赤道上に位置し、大小1万以上の島々とそれを取り囲む暖かい海で構成されている。青四角で囲った領域はYMC集中観測サイト(本文参照)。

図2:海で蒸発した水のおよそ半分は沿岸の狭い範囲で「除湿」され海に戻る。内陸にまで達するのは残りの半分である。図はJAMSTEC諸橋葉子氏による。

図3:YMC観測の様子。
(左)研究船みらいでの降雨レーダー観測(JAMSTEC勝俣昌己氏提供 「今週の一枚」参照
(右)陸上拠点ベンクルでのレーダー観測で捉えられた沿岸降水(JAMSTEC森修一氏提供)